伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2014年12月20日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
小口幸人 氏
(弁護士、「桜丘法律事務所」所属)

●講師プロフィール
東京都町田市出身。大学卒業後、電機メーカーで営業職を務めた後、ロースクールに入学し司法試験に合格。東京の桜丘法律事務所で1年ほど弁護士をして、岩手県宮古市の宮古ひまわり基金法律事務所所長に就任。3年7ヶ月の間に1,000件以上の法律相談と、各種事件を受任。東日本大震災発生後は被災者支援活動に尽力。2013年11月より桜丘法律事務所に復帰。主な所属、役職として日本弁護士連合会 広報室嘱託、日本弁護士連合会 東日本大震災・原子力発電所事故等対策本部 本部員、日本弁護士連合会 災害復興支援委員会 幹事等々。

はじめに

 2011年の東日本大震災の際に、たまたま被災地に居合わせた小口幸人弁護士は、被災者支援に奔走することになります。震災が発生した当時「災害に関する法律を何一つ知らなかった」という弁護士3年目(当時)の小口先生が、震災後の被災地でどのように行動して、どのような成果をあげたのかについてお話しいただきました。

弁護士の少ない地域に飛び込む

 私が弁護士になったのは30歳のときでした。それまでサラリーマンで営業活動をしていて、成績は良かったのですが、自分の預金残高を増やすことばかりやっていていいのかな? と疑問に感じ、人のために何かをすべきだと考えました。当時の私は、人のためにやる仕事といえば医者か弁護士くらいしか思いつかなかったので、医者か弁護士か迷い、弁護士を目指すことにし、脱サラして法科大学院に入りました。
 司法試験に合格した後、私が入所先として選んだ法律事務所では、新人弁護士に一通りのトレーニングをほどこした後は過疎地に送り出し、2〜3年間過疎地で働くという方針をとっている所でした。私が送り出されたところは、岩手県宮古市。それまで何の縁もないところでした。

 岩手県宮古市は、本州で最も東に位置しています。ジグザグしたリアス式海岸に面しているため、東日本大震災の際には大きな津波被害を受けました。
 宮古市は岩手県で最も面積の大きな自治体ですが、宮古ひまわり基金法律事務所が開設された2004年当時、弁護士が2人しかいませんでした。単純計算をすると1人の弁護士で5万3千人以上のトラブルに対応しなくてはいけない状況でした。その後、司法制度改革の影響で弁護士が増えるなどし、私が宮古ひまわり基金法律事務所の後任として赴任するなどした結果、震災前の時点で弁護士は4人に増えていました。しかしそれでも弁護士1人あたりの人口は2万人超ですので、まだまだ大変でした。震災前私は、年間300件ほどの事件の相談を受けていました。事件の数も常に60件から100件程度は抱えていました。減らす方向でいろいろ工夫してもこの件数です。こんな状況ですからもちろん土日も休めません。そんな膨大な仕事に追われる中で、震災が起きました。

弁護士の使命は、人権を守ること

 2011年3月11日、私の事務所は大きく揺れました。しかし、実際に被害の大きさを知ったのは、3月14日ごろライフラインが回復しテレビを見た後でした。何人もの依頼者が亡くなられました。
 私は震災後、弁護士ではなく医者や消防士になっていればよかったと後悔しました。この状況では、弁護士など何の役にも立たないと感じたからです。でも冷静に考えると、この町で一番法律に詳しいのは私でした。それなら、自分の力を必要としてくれる人もいるはずだと考え、宮古市役所に足を運びました。すぐに市の危機管理課に呼ばれ、そこで市から様々な相談を受けるようになりました。当時の市役所は、大混乱に陥っていました。県や国の窓口に相談したくても、電話も満足に通じない状況でした。弁護士は必要とされていました。「人の役に立ちたい」という思いで弁護士になった私は、まさに今が「そのとき」だと感じました。

 大規模災害が発生すれば、人々の生活は根底から崩れ、人権や生存権が危機にさらされます。弁護士法の第1条には、弁護士の使命は「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」ことだと書いてあります。私はこの原点に立ち返りました。
 当時でも被災者を支援する法律はいろいろとありました。例えば、被災者生活再建支援法では、家を失った方が資金援助を受けられるようになっています。でもそういう法律があることを被災者はもちろん、役所の方も知りませんでした。そういう情報を直接伝えてあげることで、被災者の希望が生まれると思ったので、避難所で相談会を開こうと考えました。

 震災直後は、世間には自粛ムードがありました。避難所で相談活動を始めることについては、地元の弁護士会からも当初反対されました。しかし私は実際に避難所に足を運び、状況を見て、弁護士が必要とされていることを知っていたので、それを伝え避難所相談を強行することにしました。
 3月18日から避難所で法律相談を始めると、多くの被災者の方が相談にきました。一つひとつ対応していく様子を全国の弁護士に発信すると、全国各地の弁護士が動き出し、それぞれ各地の避難所に赴き、相談活動をするようになりました。全国には、私と同じように「被災地や被災者のために何かしたいのに何もできない」と無力感をもっている弁護士が多いと感じていました。私の最初の発信を受け、自分たちにもやれることがたくさんあるのだと感じてくれ、動いてくれたのだと感じています。 

弁護士には、法制度を改善していく役割もある

 その後も被災地では様々な活動をしました。例えば全国から来る弁護士や議員の視察の対応もしました。この対応も後の支援や法律の不備への対応につながっています。
 また、避難所で相談を受けていると被災者が困っていることは、だいたい同じようなことだと分かりました。そこでQ&A集の配付を提案し、これを受けて仲間がつくってくれた「岩手弁護士会NEWS」を配りました。この取り組みは非常に好評で、宮城や福島にも広がりました。今後の災害の備えとしてもこの教訓が活かされており、例えば静岡市では、常設の防災備品の中に弁護士会作成のQ&A集が備え置かれています。

 私が震災のときにやったことを後から考えると、二つのことだとわかりました。一つは、必要としている人に必要とされている制度を直接伝えること、もう一つは必要としている声を国や政府など制度立案者に届けること、この二つでした。実は、こういった活動が必要なことは日常でも同じです。必要な人に必要な情報が届いていないということは、日常的に起きています。震災のときには、平時の問題が現れると言われますが、被災者支援制度を被災者や被災自治体が知らないというのも、その一例に過ぎません。弁護士の業務自体が、必要としている人に必要な制度、権利義務を伝え、実現することだと言うこともできるでしょう。仮に、すべての住民が全部の法律を知っていたら、弁護士は必要ないのかもしれませんが、そうではないからこそ弁護士の役割がある、そういう側面があると思います。私はこの経験を通じて、「弁護士は重要な社会インフラの一つだ」と実感しました。
 
 弁護士にはもう一つ重要な役割があります。それは、被災者の声を国に届けて、法制度を改善していく努力をするということです。弁護士法1条2項にもそう書いてあります。例えば災害関連死の認定をめぐる問題や、高台移転をめぐる土地収用に関する法律などが、実態に即していないため、被災者が不利益を被るというようなことがありました。こういった問題は法律相談等では解決しません。制度を変える必要があります。制度を変えるためには、他の弁護士や弁護士会、日本弁護士連合会、そしてマスコミや議員と連携して活動する必要があります。これも弁護士の重要な役割の一つだと私は考えます。実際、こうした活動をすることで、いくつかの立法や法改正、制度化に携わることができました。

 こうした「困っている人にバイパスをつくる」とか「立法提言」といった活動は、震災時に限ったことではありません。私は、震災前は普通の弁護士だったので、今ある法律に沿って判断をする、その枠の中で考えることしかできていませんでした。でも、それに従っていたら結果として何の解決にもならないということがよくありました。見て見ぬ振りをして放置することもできますが、現状を変えたいのなら行動を起こすべきでしょう。
 諸外国では、弁護士が市民団体や社会活動家と連携し、共に計画を立案し、その計画の中で立法提言や裁判の役割を果たすことで、トータルで制度改善などを実現していく活動が行われています。こういった活動の中でこそ、本当の意味での民主主義が実現していくのだと私は感じています。これから法律家をめざすみなさんも、ぜひ参考にしていただけたらと思います。

 

  

※コメントは承認制です。
3・11東日本大震災と弁護士の役割
~被災地での経験を踏まえて~
小口幸人 氏
」 に1件のコメント

  1. ピースメーカー より:

    今回の小口幸人氏の記事が掲載されてから、この投稿をしている時点で6日経過しています。
    しかし、”twitter#maga9”を閲覧しても、誰も小口氏の事を話題にする人がいないのは何故なのでしょうか?
    やはり最近は、右も左も誰かを「敵」にして、「敵」の打倒に口角泡を飛ばす発言がもて囃されているのでしょうか?
    「自民党政治」「フクシマ」「沖縄」「原発」「米軍基地」「集団的自衛権」「従軍慰安婦」「歴史認識」「ネットウヨク」そして「ヘイトスピーチ」等々。
    以上を武器に、左側の人々の中の「運動家」は「敵」に闘いを挑み、その他の左側の人々は熱心に「運動家」を応援する、あるいは応援しなければならない状況なのではないでしょうか?

    では、400字は超えますが、僭越ながら私が小口氏をリスペクト致します。
    様々な「運動家」の跋扈を尻目に、小口氏は「岩手県」という、原発事故の被害は殆ど無いが、深刻な震災被害を受けた地域の人々の為に尽力されています。
    悲劇的な放射能被害を受けた「フクシマ」の県民と比べ、被害を受けたけど二の次、三の次にされた挙句、結局は多くの日本人から疎外されてしまう「岩手県」への復興活動に尽力し、そのプロセスを通じて災害対策の為の制度を変革させるように体制側に働きかける小口氏の言葉には、「敵」というものが存在しません。
    「敵」の存在が前提条件の自己主張が蔓延する中で、「みんなで協力し、より良くしていこう」というスタンスの小口氏の発言も実践も、私はただただ驚き、リスペクトする以外に術がありません。
    小口氏は例えば一人の救命救急センターの夜間当直医、一人の夜勤の介護職員、一人の保線技能職員、一人の保育士…、のような一人一人は目立たないけど、その役割を果たす人がいなければ、この日本社会が成り立たない人の一人だということは、日本国民の誰もが否定することのできないでしょう。
    そして淡々としていて、「敵」をつくらず、聞く者の感情を不用意に揺さぶったりしない、それでいて「何をすべきであり、それを成す為にどうすべきか?」という事を明確に発言できそうだと期待できる人物は、小口氏以外にはそう多くないでしょう。
    私たちは、小口氏のスタイルや発言から学ぶことが多いのではないのでしょうか?
    まずは、「連携」とは何か?
    小口氏の主張を通じて、第一にこれから考えていくべきではないでしょうか?
    最後に、万人に小口氏を紹介されたマガ9と「明日の法律家講座」のスタッフの皆様に、厚く御礼を申し上げます。

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