雨宮処凛がゆく!

 トンデモない条例案が可決されそうだ。 

 それは兵庫県小野市の条例案。

 生活保護や児童扶養手当の受給者がパチンコなどで浪費することを禁じ、市民がそれを見つけた場合、「速やかな情報提供を求める」という内容だ。

 もちろん、私自身も生活保護を受けている人がパチンコなどギャンブルにお金を使うことがいいことだとは思えない。しかし、それを見つけた市民に「情報提供を求める」というのは、どう考えても行き過ぎだと思うのだ。だいたい、そんな条例が可決されてしまったら、生活保護受給者は市のお墨付きの「監視の対象」だ。なぜ、まるで「罪人」のように一挙手一投足を見張られるような日々を過ごさなくてはいけないのだろうか。いつから「貧しいこと」「生活保護を受けていること」は「罪」になってしまったのか。この条例案には、貧困に対する凄まじい差別意識を感じる。大人がこのようなことをしていたら、子どもは「生活保護を受けている人は悪い人なんだ」と思うかもしれない。そのことが、生活保護家庭の子どもへのいじめなどにつながっていかないか、とにかく不安要素がありすぎる。

 そんな条例案の可決が現実味を帯びる少し前の3月14日、広島で中国人実習生による殺人事件が起きた。逮捕されたのは、カキ養殖業「川口水産」に雇われていた30歳の男性。従業員8人が襲われ、社長ら2人が亡くなったという痛ましい事件だ。詳しい背景などはまだまだ明らかにされていない。そしてどんな理由があろうとも、命の奪うという行為は決して許されるものではない。が、この一報を聞いた時に頭をかすめたのは、「またこんな事件が起きてしまったか・・・」という言葉だった。

 中国人実習生・研修生については、著書『「生きる」ために反撃するぞ!』(筑摩書房)で取材したことがある。そこで知った実態は、あまりにも悲惨なものだった。時給300円、強制貯金、トイレ一分罰金15円などという劣悪な待遇。07年には、アメリカ国務省の「人身売買報告書」で、日本における外国人研修・実習制度が「人身売買」として指摘されている。

 私がそんな実習生・研修生問題に興味を持ったのは、『中国人研修生殺人事件』(安田浩一 七つ森書館)がきっかけだった。06年、千葉の養豚場で発生した殺人事件の犯人として逮捕されたのが、26歳の中国人研修生。06年4月に来日し、事件はその4ヶ月後に起きる。

 では、「外国人研修・実習制度」とはなんなのか。もともとは日本の先進技術を途上国へ移転するということが目的とされている。実習・研修先として多いのは、農業、食品製造、繊維、金属など。が、実態は、人手不足に悩む農家や製造業が「安い労働力」として使っているだけというケースも少なくない。実際、千葉の研修生の受け入れ先は、農業協会から「パート感覚で雇うだけでいい」と言われていたという。国籍としては中国がダントツに多く、ベトナム、インドネシア、フィリピン、タイなどが続く。

 そんな研修生・実習生の待遇はというと、千葉の事件のケースでは、月の報酬6万5000円、残業時給450円、通帳と印鑑、パスポートまで取り上げられているのでどんなことがあろうとも逃げられないという状況だった。その上、来日するにあたって、貧農家庭出身の彼は自国の送り出し機関に支払う手数料や保証金などで数十年分の年収に相当するだろう100万円以上の借金をしている。そのお金は、家と畑地の使用権を売り、家の権利書まで担保にし、親戚、友人、金貸しも含めて借金をしてなんとかかき集めたものだった。そんな彼らにとってもっとも怖いのが「強制帰国」。研修期間中に強制帰国となってしまうと、莫大な借金だけが残るからである。しかし、彼はある日、強制帰国させられることになってしまう。車に押しこめられそうになったところでもみ合いとなり、農業協会の理事などを刺してしまったのだ。その後、男性は農薬の瓶を一気飲みして自殺を図るものの、中に入っていたのは殺菌剤で一命をとりとめたのだった。

 広島の会社での待遇がどんなものだったのか、そして事件につながるようなどんな出来事があったのか、詳しい背景はまだわからない。しかし、外国人研修生・実習生を巡っては千葉の事件だけでなく、数々の裁判も起こされ、問題となってきた。研修生・実習生が女性の場合は、レイプなどの深刻な事件も起きている。また、言葉が通じないまま危険な機械の操作をさせ、見よう見まねで作業をした結果、すべての指を切断してしまうというような痛ましい事故も起きている。

 しかし、一様に研修生・実習生の受け入れ先だけを批判できないという問題もある。「安い労働力」としてアジアの若者が必要とされる背景には、自らの「生き残り」のために人件費を浮かさなくては到底やっていけないという地方の中小企業や農家の悲鳴も聞こえてくるからだ。一体誰が悪いのか。考えれば考えるほど、壮大な話になってくる。地球規模の、壮大な「歪み」が浮かびあがってくる。

 ただひとつ言えるのは、この事業で儲ける中国の送り出し機関や日本の政府関係機関などがあり、既に利権構造ができあがっているということだ。

 そんな構造の中で、いつも被害を被るのは、弱い立場の個人である。もうこんな悲しい事件は二度と起きてほしくない。

 これ以上被害者も加害者も生み出さないために、外国人研修・実習制度は今一度、見直されるべきではないだろうか。

この週末、兵庫県宍粟市でいろいろお話ししてきました。

 

  

※コメントは承認制です。
第258回 広島の中国人実習生の事件。の巻」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    賛否両論が寄せられているという小野市の条例ですが、
    兵庫県弁護士会などは「違憲の疑いがある」として反対を表明しています。
    そもそも、その人が「生活保護受給者である」ことを、
    周囲の人たちが知っていること自体がおかしい、とも思えるのですが…。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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