前回の原稿で書いた通り、11月9日、厚生労働省は今年7月の生活保護受給者の数を発表した。で、その数字は予想通り「過去最多」、205万人であった。
言うまでもなく、このことはこの国に「貧困」が拡大していることを表している。しかし、「生活保護受給者が増える」=「悪」「何か怠けている人に税金が使われる」というイメージを持つ人も少なくないのではないだろうか。また、そういった報道がなされることも充分あり得る。ちなみに過去、暴力団による生活保護の不正受給が大きく報道されたことがあった。その結果進んだのは、福祉事務所での「水際作戦」だ。本当に困っている人までもが最後のセーフティネットから排除され、結果、北九州市では餓死事件まで起きたことは記憶に新しい。もちろん、不正受給はあってはならないことだ。しかし、それが報道によって殊更に強調されたことが、結果的には餓死事件に繋がってしまった側面は否定できないのではないだろうか。
ということで、厚労省発表があったこの日、「生活保護問題対策全国会議」は弁護士会館で「生活保護利用者史上『最多』を踏まえた勉強会的記者会見」を開催。メディアに対して「利用者数の増加ではなく貧困の拡大が問題である」という声明を発表し、勉強会&記者会見という前代未聞の企画を行ったのである。
で、もちろん私も駆けつけたわけだが、「勉強会的」というだけあって非常に勉強になった。まず、過去最多になったと言っても、保護率(生活保護利用者の人口比)は約1.6%、貧困率16%に対して10分の1の人しか保護が受けられていないこと、貯金などの資産要件を加味しても、本来受けられるべき人の3割程度しか受けられていないこと、海外と比較すると日本の保護率1.6%に対し、ドイツは9.7%、アメリカは13.05%であること、一方、「受けられるべき人がどれだけ受けているか」を示す捕捉率については、日本が18%なのに対し、スウェーデンは82%、ドイツで64.6%、アメリカでさえ59.1%、また、前回の原稿でも触れたように、全受給者の8割を高齢世帯、障害・傷病世帯が占めていることなどが弁護士さんや大学教授、「もやい」の稲葉剛さんなど説得力満載のメンツによって語られる。
問題となっているのは、今回の発表で「14%」だった「その他世帯」(いわゆる65歳以下の稼働年齢層)の増加だが、これについても興味深い話を聞いた。
まず、「その他世帯」の世帯主の7割を50歳以上が占めるということだ。50〜59歳で33.8%、60〜69歳で29.9%、70歳以上で10.4%。無年金者も少なくない上、現在の厳しい雇用情勢を考えると、50代以上での職探しは厳しいことは周知の通りだ。
ここで「なんで70歳以上の人まで『その他世帯』に入ってるの? 『高齢者世帯』じゃないの?」という疑問を持った人もいるかもしれない。私もこの日初めて知ったのだが、「高齢者世帯」とは「65歳以上の者のみで構成されているか、これらに18歳未満の者が加わった世帯」という定義なのだという。ということは、例えば「65歳の夫と64歳の妻」という世帯は「高齢者世帯」には含まれない。70代の親と失業中の50代息子、という世帯も含まれない。
また、「障害者世帯」の定義も狭い。「世帯主が障害者加算を受けているか、身体障害、知的障害等の心身上のため働けないものである世帯。ただし、精神病等の精神障害による場合については、障害者加算を受けている者のみとする」。
この日の会見では、10年間うつ病を煩い、最近まで生活保護を受けていた女性――仮にAさんとする――も発言したのだが、精神障害の3級の手帳を持っているその女性は障害者年金を貰っていないので、おそらく「障害者世帯」には含まれていないだろう、と話していた。
と、そんなことを加味して考えると、「その他世帯」=「すぐにでもバリバリ働ける現役の人たちばかり」というわけではないことが浮き彫りになってこないだろうか。
この日の会見には、Aさんの他に2人の当事者が登場したのだが、現在生活保護を受けているという56歳の男性の言葉がずっと耳に焼き付いている。
生活保護を受けて2年になるという男性は、仕事を探し続けているものの年齢が壁となり、この2年間で面接まで辿り着けたのはたった一回であることを話してくれた。しかも、面接で生活保護を受けていることを告白すると、「うちは人の金で飯食ってる人は雇えない」と犯罪者を見るような目で見られたのだという。
この男性は、25年間、百貨店で働いてきたのだという。しかし、父親が病気になり、介護のために退職。以来、運送業などで働くものの、給料の持ち逃げや未払いなどが重なり、母親も他界し、住んでいたところを出ることに。その時点で所持金は1万5000円。一時期は路上生活を経験したという男性は、「もう二度と路上では寝たくない」と言うと、声を詰まらせた。
50代の男性が泣いている姿を、私はこの日、生まれて初めて見た。しかも、「路上では寝たくない」と泣いているのだ。親の介護のために仕事を辞めるという決断をした人が、ボタンの掛け違えが重なるような出来事の中で、そうして路上生活に追い込まれていく。高齢化社会の中、親思いの心優しい人であればあるほど、誰にだって起こり得る話だ。現に今、そんな瀬戸際にいて誰にも助けを求められない人がこの国にどれほど存在するだろう。
思わず貰い泣きしそうになりながら、絶対に絶対に、こういう人をこんなことで泣かせてはいけない、と誓うように思った。だって、その人を放置する社会は、自分にどんなことが起きたって絶対に誰にもどこにもSOSを発せずに見殺しにされる社会だ。
この日、前述したAさんは、「自殺を一度も考えずに生活保護申請をした人は一人もいないのではないか」と語った。
会見で、弁護士さんの一人によって、生活保護の問題を解決するには、高齢者や障害者への年金の充実や最低賃金の引き上げ、雇用保険のウイングを広げることなど、あらゆる分野での制度の充実が不可欠であることが語られた。
そんなことを言うと、「財源はどうする」という突っ込みが入るだろう。しかし、今、205万人が、この制度によって命を繋いでいる。他にないのだから、「切れ」ということは「死ね」と同義だ。
最後に、「不正受給」の問題にも触れておきたい。09年度の不正受給世帯は1.54%。適正利用世帯は98.46%。生活保護費の額にすると不正受給は0.33%。マスコミでの「不正受給」報道などから、もっと多いと思っていた人は少なくないと思う。もちろん、不正受給は問題だが、たった1.5%の人のせいで205万人の生存権が切り崩されるようなことはあってはならない。
この日、Aさんは分厚い書類の束を持参して会見で見せた。自らが生活保護申請をしてから決定されるまでの、役所による審査の書類だ。当然ながら、生活保護は実は貯金があったり援助してくれる親族がいれば受けることはできない。そういうことを徹底的に調べられて、「本当に保護が必要」と判断された人だけが受けることができるのだ。
審査の書類は、79ページにわたっていた。そこには、Aさんが前働いていたところの給与明細やどこに勤めていて何をしていたのか、親族はどこにいるのかなど細かいことまで調べた結果が掲載されていた。
「よく、何も調べないで不正できるんじゃないかと思っている方がいるようですが、これだけのきちんとした調査がなされた上で決定されているんです。これだけの調査をされて不正をするというのは、普通に生きてきた人ができることではないんです」
Aさんは言った。
生活保護を受けるにあたっての調査の資料を初めて目にした私は、その分厚さにただただ驚いた。こんなに徹底的に調べてるんだ、と。裏を返せば、現在、それだけ調査されても「本当に何もない」と判断された人が205万人もいるということだ。貯金、援助してくれる家族、仕事、収入のあて。
何度か生活保護の申請などに同行して、私がもっともショックを受けたのは、残高が数円になった貯金通帳や、小銭しか入っていないお財布だった。そうして多くの人が、その時点で住む場所もなく、しばらく食事もしていない状態。私だったら、どんなに恐ろしくて辛くて気が狂いそうになるかと思う。
そうしてこの日、東日本大震災での被災がきっかけで新たに生活保護を受けた世帯が939世帯に上ることも報じられた。今後、被災者の受給は増えていく可能性は充分にある。
一人歩きしそうな「過去最多」という言葉の前に、ここに書いたようなことや一人一人の人生について、ほんの少しだけ、思いを馳せてほしいと思うのだ。
「不正受給」という言葉が広く認識されている一方で、
そもそも生活保護そのものの仕組みや受給者の状況などについて、
なんて私たちは無知なんだろう? と愕然とします。
「いつでも、自分の身にも起こるかもしれないこと」として、
一人ひとりがほんの少し想像力を働かせることができれば、
「SOSも言えないまま見殺しにされていく」社会には、決してならないはずなのですが…。