雨宮処凛がゆく!

 「パリの人たちにメッセージを」。
 フランスに住む日本人女性の方から、そんなメールが来たのは数日前のことだ。
 突然の凶行に見舞われたパリ。そこで暮らす人々に、一体どんなメッセージを送ればいいのだろう。
 悩んで悩んで、まだ書けないでいる。

 私にとってフランスとは、ある意味「憧れ」の国だ。それはパリジェンヌとかシャンゼリゼ通りが素敵、などといった憧れではまったくなく、そこに住む人々の権利意識や連帯の精神、そして時に100万人規模で起きるデモといった形で表出する「生きた民主主義」へのものである。

 また、フランスは友人、イェダりんが亡命先として選び、暮らす国でもある。「韓国での兵役拒否」という、おそらく日本だったら決して難民認定されないだろう理由で祖国を飛び出した彼を受け入れ、難民認定されるまでの間、月に数万円の生活費が支給される国。フランス人のみならず、外国人まで大学の授業料が無料だったり、所得が低い人には「あなたは家賃補助を受けられますよ」と役所からわざわざ連絡がくる国(外国人でも)。生活保護の捕捉率が9割を超える国(日本は2〜3割)。
 フランスという時、いつも頭に浮かぶのは、そのようなことや出生率の高さ、事実婚の人々の生きやすさをはじめとする社会保障の充実、寛容さや連帯といったイメージばかりで、この連載でも、「若者の雇用問題」や「年金引き下げ問題」で全世代が世代を超えて立ち上がり、デモをするフランスの素晴らしさについて、幾度も触れてきた。
 そんなイメージのフランスだが、しかし一方で昨年からIS(イスラム国)弱体化のための空爆に参加しているという事実がある。

 今、フランスのテロが語られる時、良心的な識者が必ずと言っていいほど口にするのが、非対称性だ。イラクやシリアでは、連日のように空爆が続き、多くの民間人が命を落としているのに、それが報道されることはない。或いは、フランスのテロの前にはレバノンでテロ事件があり、多くの人が亡くなっているのに、こちらの報道はほとんどない、等々。
 もちろん、テロは決して許されることではない。フランスのテロで突然命を奪われた人、負傷した人々を思うとなんと言っていいのかわからない。しかし、私たちは今回、「連日、トップニュースで報じられるフランスの悲劇」によって、「報じられることのほとんどない無関心の中で黙殺されてきた/されている悲劇」と、改めて向き合わざるを得なくなったのもまた事実だ。

 ISの拠点とされるイラク、そしてシリアには、昨年から米軍主体の空爆が続いており、その回数は8千回を超えるという。
 8千回にもわたる空爆。それがどのようなものなのか、私には想像もつかない。
 ただ、今年の夏、イラク支援ボランティアの高遠菜穂子さんに見せてもらった映像は鮮烈に覚えている。泥沼の内戦状態、そして空爆に晒されるイラクから届けられた映像。戦車による襲撃の後、道端に倒れ込む数十人もの人々。一見すると全員が亡くなっているように見えるが、よく見ると動いている人もいる。苦しそうな呻き声。一目でもう長くはないとわかる人々。「あっちは生きてるぞ!」「誰か、水はないか?」。そう叫びながら、倒れる人々の間を走り回り、なんとか助けようとする男性。
 映像の中には、病院の様子もあった。腕を失うなどの大怪我をして運び込まれてきた小さな子どもたちが、痛みに全身を震わせて泣き叫ぶ。あれほどの痛ましい絶叫を、私はそれまでの人生で耳にしたことはなかった。思わず耳を塞ぎ、目を瞑った。

 悲劇に見舞われているのは、イラクやシリアだけではない。
 10月には、アフガンの「国境なき医師団」の病院が米軍によって誤爆され、患者、スタッフ22人が死亡。オバマ大統領は同医師団の会長に電話して謝罪したが、どう考えても「電話で謝って済む話」ではない。
 そもそも、この誤爆については「国境なき医師団」スタッフまでもが巻き込まれたから報道されたものの、イラクやシリア、そしてアフガンに住む人々は日々、そんな危険に晒されているのである。
 これが「テロとの戦い」の現実だ。
 しかし、アメリカをはじめとした有志国連合は、そんな空爆をやめる気配はない(カナダは空爆参加をいずれ中止と表明したが)。そうしてフランスは、今回のテロから2日後に、シリアへの空爆を再開した。

 フランスのどれほどの人たちがこの空爆再開を支持しているのか、私にはわからない。「憎しみの連鎖に終止符を」。そう思っている人が多いと信じたい。実際、今回のテロで妻を亡くしたジャーナリストの男性は、テロリストに向けて「君たちに憎しみという贈り物はあげない」という文章を綴り、多くの注目を集めた。しかし、憎しみの連鎖に終止符を打とうとする遺族がいる一方で、オランド大統領は、「フランスは戦争をしている」と演説で述べ、バルス首相も「同じだけの報いを与える」と話している。被害者性という立場は、時に暴力を正当化してしまう。そんな時こそ、暴力はもっともエスカレートしやすい。

 一方、日本の対応はどうかと言うと、安倍首相は15日、イギリスのキャメロン首相と会談し、「共にテロと戦う」との認識で一致した、と報じられた。
 ちょっと待った! と思ったのは、私だけではないだろう。
 今年のはじめ、後藤健二さん、湯川遥菜さんが殺害されたことを忘れたのだろうか? 安倍首相がエジプト・カイロにて「ISILと戦う周辺国に2億ドルを支援する」と、「挑発」するような発言をしたからこそ、その後、IS側は「日本の首相へ」として、「『イスラム国』と戦うために2億ドルを支払うという馬鹿げた決定をした」と宣告。同時に2人の身代金として、同額の2億ドルを要求してきたのである。
 しかも、前年11月の時点で、官邸は後藤さんが人質になっていたことを知っていたとも言われている。これではみすみす後藤さんの命を差し出した上、見殺しにしたようなものではないか。
 そうして後藤さん、湯川さんが殺害された後、ISはこの国に対して、こう宣告した。今年の2月の話だ。

「日本政府へ。
 おまえたちは邪悪な有志国連合の愚かな参加国と同じように、われわれがアラーの恵みによって権威と力を備え、おまえたちの血に飢えた軍隊を持つ『イスラム国』だということを理解していない。
 安倍よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢が始まるのだ」

 日本はその後も何度も「敵」として名指しされている。
 このような状況を受けて、この国の政権はどのような対応をしているのか。と思って見てみると、ドサクサに紛れて自分たちに都合のいいことを進めようとしているようにしか思えない。テロから3日後の17日、自民党では「共謀罪」創設のための法整備について話し合われ、また同日、自民党の国防部会は「予備自衛官雇用で法人税控除」について話し合っている。「法人税が控除されるから予備自衛官雇ったらお得☆」とか、よりによって、わざわざ今考えなくてもいいだろう。

 何度も書いているが、世界を震撼させているISの台頭について、私たちは無辜ではない。「大量破壊兵器」という誤った情報によって始められたイラク戦争。それを真っ先に支持した当時の小泉政権。日本でも反対デモが盛り上がり、多くの人が「戦争反対」と声を上げたわけだが、「大規模戦闘終結宣言」が出され、報道も少なくなっていくにつれ、この国の多くの人がイラクのことを忘れていった。しかし、そこからが本格的な泥沼の始まりだったのだ。そしてそんな泥沼の中、生まれたのがISであることは誰もが知る通りだ。

 10月、イギリスのブレア元首相は、イラク戦争は誤った情報に基づいて始められたものだったと謝罪した。氏は同時に現在のISの台頭の責任がイラク戦争にあることも認めている。
 翻って、日本はどうか。
 イラク戦争開始から現在までのイラクの民間人の死者は、14〜16万人と言われる。その事実に対して責任があるはずの小泉元首相をはじめとする当時の責任者は誰一人謝罪せず、また、国を上げて検証するという動きも見られない(オランダやイギリスなどでは本格的にやっている)。
 それどころか、日本は今年、アメリカのドナルド・ラムズフェルド氏とリチャード・アーミテージ氏に勲章まで与えている。ラムズフェルド氏はイラク戦争時に国防長官をつとめ、アーミテージ氏は国務副長官。「間違った情報によって始められ、多くの命を奪った戦争」に大いに責任がある2人である。このような人物に旭日大綬章を与えたという事実が、ISなどにどんなメッセージとして伝わるか、誰も考えなかったのだろうか?

 最後に。とても心配なことがある。それは今年の6月、ジャーナリストの安田純平さんが「シリアで拘束か?」と報道されて以来、安否すらわかっていないことだ。
 安田さんには今年のはじめ、『14歳からの戦争のリアル』でインタビューした。後藤健二さんが拘束されている頃で、安田さんは連日のようにニュース番組に出ているような状態だったのに取材に応じてくれた。その数年前にも『排除の空気に唾を吐け』という本で取材させて頂いている。
 とにかく、無事でいてほしい。そして、世界を覆う「憎しみの連鎖」に、終止符が打たれてほしい。そのために、できることはそれぞれきっとあるはずだ。

 

  

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第357回 フランスのテロ。今、とても心配なこといくつか。の巻」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    テロリストが生み出される背景を解決しなければ、事態は悪化するばかりだということに、多くの人が気付き始めています。まずは、その背景に自分の国が無関係ではないということを知ることから始まるのではないのではないでしょうか。空爆もテロも多くの市民がその被害を受けています。「憎しみの連鎖」を止めるために、日本はどうあるべきなのかが、いま問われています。今週の「柴田鉄治のメディア時評」でもパリでのテロのことを取り上げていますので、あわせてご覧ください。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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