雨宮処凛がゆく!

 先週金曜日、女友達と飲んで帰宅してテレビをつけたら、「朝まで生テレビ!」(朝生)がやっていた。テーマは「一億総活躍」。出演者はおなじみ、自民党・片山さつき氏や民主党・山井和則氏、白河桃子氏や古市憲寿氏、そして香山リカ氏や荻原博子氏などなど。
 酔っぱらっていて記憶は朧げなのだが、確か古市氏が少子化問題について、「ロスジェネ世代が結婚、出産的適齢期にいろいろ対策しなかったから少子化が深刻化した」「団塊ジュニア世代でまたベビーブームが起きてもおかしくなかった」というようなことを指摘していて、いろいろ思うところあったので、そのことについて、書きたい。

 さて、まず自分のことを書くと、私が格差・貧困問題に取り組むようになってから今年で9年が経つ。2006年、「プレカリアート」という言葉と出会ったことによって活動家人生がスタートしたわけで、来年で10年だ。で、これだけやってると年もとる。9年前の私は31歳。そして今年、私は40歳になった。
 ということは、それだけ同世代のロスジェネたちも年をとったわけである。ちなみにロスジェネとは、07年の定義では当時の25〜35歳。ということは、現在、33〜43歳となっている。社会に出る時期がちょうど就職氷河期にブチ当たり、この世代を彩る言葉には「非正規雇用」や「フリーター」「ひきこもり」「貧困」「格差社会」などロクなものがない。貧乏くじ世代と言われていた時期もあり、また、年長ロスジェネは団塊ジュニアとも重なる。
 75年生まれの私も思いきりロスジェネの一人なのだが、ベビーブームが起きてもおかしくなかった90〜00年代にかけて、この国の底はどんどん抜けていった。非正規化、不安定化、貧困化の急激な進行。この10年、非正規で働きながらスキルも何も身につけられないまま年だけ重ねたロスジェネが身近にもたくさんいる。「結婚など、夢のまた夢」。そんな言葉を幾度聞いてきただろう。

 最近、ある会合で8年ぶりくらいに一人の男性と出会った。私より少し年上の彼はずっと日雇い派遣で働いていて、8年ほど前には、その過酷さや違法っぷりを訴えていた人だった。「今は何をしてるんですか?」。そう聞くと、彼は労働組合の活動をしながら、今も日雇い派遣で働いていると答えた。仕事内容は、以前と変わらず引っ越しなどだという。
「日雇い派遣って、規制されたはずなんですけどね」。そう笑う彼を見つつ、改めて、この9年間に思いを馳せた。不安定雇用や貧困の問題について、いろんなことを訴えてきたものの、当事者の状況はまったくと言っていいほど変わっていない。いや、逆に10年以上も日雇い派遣で働き続けられている彼はラッキーなケースとも言える。それだけの体力に恵まれているからだ。肉体労働が多い日雇い派遣では多くが腰などを痛め、働けなくなってしまう。その時にはなんの保障もない。また、加齢によって体力がなくなったり、不安定な生活からうつ病になった人も多くいる。

 翻って、金曜夜の「朝生」だ。この日もやはり、「非正規雇用問題」について議論されていた。正社員との圧倒的な格差、低賃金などなど。そんな議論を聞きながら、深い溜め息が込み上げてきた。私たちはもう、そんな議論を10年近くしているのだ。そしてその10年間、事態が好転することはなく、その分だけ年をとった。よく、ゆとり世代の人が「自分たちは実験台にされたみたい」と口にする。私は、自分の世代も結果的には実験台にされて見捨てられた世代のように感じることがある。いろいろ今も大変なことはわかるけど、もう「若者」でもないし、この層って2000万人もいて非正規雇用率も高いから救済には莫大なお金もかかるし、まぁ「貧乏くじ」引いたってことで我慢してもらおう、みたいな見捨てられ方。いつの間にか「若者」という枠にくくられなくなっていた私たちの世代の境遇は、こうしてうやむやにされた。

 そんな状況を象徴するような言葉を、今年のメーデーの際、耳にした。一緒にメーデーを企画した人たちとの打ち上げの席でのこと。この9年の動きを共に現場から見てきた40代の男性は、「俺ら、絶滅危惧種だからさぁ」と口にした。
 よくよく見てみれば、その場にいる30代、40代の中には、結婚とか出産とかしている人は一人もいないのだった。その瞬間まで、ロスジェネが結婚できなかったり子どもを産めなかったりする問題は、私にとっては「一刻も早く解決すべき問題」だった。しかし、「絶滅危惧種」という言葉を耳にして、ああ、もう手遅れになりつつあるのかもしれないな、と思った。
 もちろん、ロスジェネの幅は広いので、「年少ロスジェネ」にはまだまだ時間とチャンスは残されている。しかし、年長ロスジェネやその少し上の世代の人々の間に、「諦め」が共有されていることに、静かなショックを受けていた。

 ちなみに、少しデータは古いが、10年の国勢調査によると、男性30〜34歳の未婚率は47.3%、女性は34.5%。男性35〜39歳は35.6%、女性は23.1%。また、今から20年後の2035年には生涯未婚率が男性29%、女性19.2%になると予測されている。
 が、30代の未婚率が示すように、半分以上の人は結婚しているのである。非正規、低賃金などが理由で結婚できない人の一方で、そこそこ安定していたり、将来を見通せる層は結婚し、子育てをし、ローンを組んで家を買ったりしているというのもまた事実だ。「ライフスタイルの多様化」などと言われて久しいものの、若い世代でも結婚した層は、「それまでの日本の標準世帯」と変わらない暮らしをしていると指摘する人もいる。ある程度の条件さえ整えば、結婚したり子育てしたり家をもったりと、「親世代と同じ生き方」を選択する人が多いようなのだ。おそらく、今よりも少し安定したら、結婚、出産を考えたいという人は多いだろう。そう思うと、「あらかじめ宿ることさえなかった命」がどれほどあるのだろうと思う。「少子化」というかけ声がただただ、空しい。

 一方で、せっかく宿ったものの、経済的な理由、また「仕事を失う」という理由から、生まれることのなかった命が多くあることも忘れてはいけない。今でこそ「マタハラ」という言葉がやっと市民権をやっと得てきたわけだが、この10年近く、妊娠を告げたら派遣契約の打ち切りをちらつかされ、泣く泣く中絶した、なんて悲劇はありふれたものだった。
 ちなみにここ2、3年、同世代の地元の友人知人などの間ではちょっとした「出産ラッシュ」が起きてもいる。アラフォーにして出産した人が多いのだ。が、私の知る限り、その背景を見てみると、彼女たちには正社員だったり自営業がある程度安定している夫の存在がある。また、生まれ育った地元に住み、親などの助けがあるという点でも共通している。双方が地方出身で子育てを助けてくれる人がいなくてお互い非正規で賃貸物件暮らし、というカップルから出産の話を聞いたことはない。
 が、正社員だって甘くない。少子化の背景には、正社員層の圧倒的な長時間労働という問題も横たわっている。この長時間労働にしたって、もう何十年議論してきただろうって話だ。日本人には働き蟻のDNAでも組み込まれているのではないかと思うほどに、長時間労働はこの国に根付きすぎている。ここまで来たら「絶対に長時間労働できないようなシステム」を構築するしかない。ルールを徹底するしかない。
 見渡してみると、私の周りで子どもがいる人と言えば、大手出版社の人くらいだ。が、仕事と子育ての両立はやはりものすごく大変そうで、過労死を心配してしまうほどだ。

 「貧困の世代間連鎖はいけない」。この10年ほどで、その辺りの合意形成だけはできた。2年前には、「子どもの貧困対策法」もできた。もちろん、子どもへの対策は絶対に必要である。しかし、ロスジェネなど「大人になってからずっと大変な層」にはなかなか光が当たらない。ここに手が差し伸べられたなら、下の世代の支援にも応用できるはずなのに。
 また、私のようなアラフォーには、「団塊世代の親が老いていく」という問題がこれから本格的にのしかかる。その中から、大量の「下流老人」が生み出されるのでは、という指摘もある。貧困や非正規に喘ぐ団塊ジュニアを放置すれば、親を支えることなど到底できない。逆に親の年金だけが収入のすべてで、最悪の場合、共倒れというシナリオもリアルに浮かんでくる。

 安倍政権が打ち出した「新3本の矢」の中には、「希望出生率1.8」という言葉がある。
 本当にそれを目指すのであれば、貧困と労働に根本的に手をつけることが大前提だと思うのだけど、一体、こういうこと書くのって何十回目だろうか。

 

  

※コメントは承認制です。
第355回 40歳・女、「絶滅危惧種」問題〜「一億総活躍」から少子化について考えてモヤモヤする。の巻」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    年長ロスジェネ世代のひとりとして振り返ってみると、大学を卒業したくらいの頃には、ここまで派遣労働や契約社員といった働き方は、広がっていなかったように思います。それが、あっという間に “一般的”になってしまいました・・・。周囲のアラフォーでの出産ラッシュもたしかに起きています。20~30代は仕事が忙しくて、経済的にも不安があり、出産できる状況じゃなかったというのもあるように思います。受験勉強、就職氷河期を経て、長時間労働、不安定雇用、そして親の介護に、自分の老後――限界はもう目の前にきているのに、政治はいつも違う方向を見ているように思えてなりません。

  2. ロベルト より:

    私もロスジェネ世代の者です。

    子どもを産み育てることに莫大なコストと労力がかかるのに、このことに対する社会の意識が薄いのではないでしょうか。非正規だろうが正規だろうが、どんな雇用形態でも子供は社会全体が責任を持つ、自己責任のみではないというコンセンサスが社会全体に共有されていないと、この国の少子化は克服できないのではないかと思います。

    子どもは宝。

    今さらだけど、この言葉を改めてかみしめたい。

  3. うまれつきおうな より:

    「朝まで生テレビ」でもそうだが、この問題で解決策としていつも提案される同一労働同一賃金について一つ心配がある。確かにこれが実施されればロスジェネもワーキングマザーも過労死予備軍も万々歳だ。だがメンバーシップ型雇用がアメリカ式のジョブ契約型雇用になればこのサイトでも懸念されていた奨学金による経済的徴兵が入って来やすくならないだろうか。正社員一括採用では大卒でも兵役で年齢が上がったり休職したりすれば不利になるだろうし、正社員になれないならそこまでして大学に行く意味が無い。でも正社員と非正規の垣根が無くなる(エリートしか正社員になれない)と、よりましな非正規のイスを得るために兵役という方法を考える人も増えるのではないか。経済界の人間がやけにあっさりと「同一賃金、いいね」と賛同しているのもいかにも怪しい。的外れで大きなお世話だといいのだが。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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