雨宮処凛がゆく!

 今年6月、「のりこえねっと」の番組で、評論家の佐高信さんをゲストにお呼びした時のこと。
 話は自動的に安倍政権、そして安保法制のことになり、佐高さんは「存立危機事態」とか「○○事態」とか、そういう言葉を一生懸命覚えることが既に相手の土俵に引きずり込まれていると指摘。対抗するにはこれだ! と出したのが、「戦争絶滅受合法案」だった。

 戦争絶滅受合法案。この名前、そして内容をあなたは知っているだろうか?
 私は数年ほど前、「戦争をしないための究極の方法」という内容の原稿(誰が書いたものか忘れた)で知り、「なんと名案!」と感動。以後、何度か目にしてきた。ここしばらくは忘れていたものの、安保法制の審議がものすごく一方的に進められている現在、改めて一字一句を読み返し、「戦争法制を止めるには、今こそこの法案が必要なのでは」と非常に感銘を受けたので、知っている人も多いかもしれないが紹介したい。

 戦争絶滅受合法案とは、以下のようなものだ。

 戦争行為の開始後または宣戦布告の効力の生じたる後、十時間以内に次の処置をとるべきこと。すなわち次の各項に該当する者を最下級の兵卒として召集し、できるだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下で実戦に従はしむべし。

 (1)国家の元首
 (2)国家の元首の親族で、16歳以上の男性 
 (3)総理大臣、国務大臣、次官
 (4)国会議員(但し戦争に反対の投票をした者を除く)
 (5)キリスト教または他の寺院の僧正、管長、高僧にして公然戦争に反対せざりし者

 上記の兵卒資格者は(中略)、本人の年齢、健康状態を斟酌すべからず。上期の有資格者の妻、娘、姉妹等は、戦争継続中、看護婦または使役婦として召集し、最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし

 これが施行されたら、真っ先に危険な最前線に送られるのは権力者とその家族だ。戦争を始めようとした者、それに反対しなかった者、それによってなんらかの利益を得ようとした者たちが戦場に送られる。非常に筋が通っているではないか。

 翻って、実際に戦地に送られるのは「戦争を始める/始めない」などの決断からはほど遠い、なんの力も持たない人々である。そういった人々が最前線に送られ、場合によっては命を落とす。しかも現在は、全然大丈夫じゃないのに「大丈夫だから」というなんの根拠もない決めつけによって自衛隊が危険な場所に放り出されようとしている。
 そんな議論をひっくり返す「戦争絶滅受合法案」。「戦争したいならしたい奴が戦場へ行け」という、ごく当たり前のメッセージだ。

 さて、こんな「トンチ法案」みたいなものを唱えたのは誰かと言うと、明治生まれのジャーナリスト・長谷川如是閑。しかも、提案されたのは第一次世界大戦後の1929年。如是閑は、デンマークの陸軍大将フリッツ・ホルムが起草したとしてこの法案を紹介したという。ちなみにデンマークの陸軍大将が云々とか言うともっともらしいが、これらはフィクションとのこと。やはりトンチがきいた人である。
 
 世界中の国でこの法律が施行されたら、おそらく戦争は絶滅する。
 が、1929年に提案されてから今年で既に86年。
 その間、第二次世界大戦が勃発し、朝鮮戦争やベトナム戦争、はたまた湾岸戦争やイラク戦争、そして数々の内戦といった形で世界は争いに明け暮れてきた。それを思うと、一部権力者たちの成長のなさに溜め息が漏れてくる。そう、いつの時代も戦争を始めるのは一般庶民などではない。自らは殺し殺される危険性など欠片もない者たちだ。
 
 戦争を始めない方法。回避する方法。それはこの法案だけでなく、おそらくもっとたくさんある。まずは政治家が無能ではないことだ。戦争は、単に外交の失敗である。無能な人に任せるともっとも危険なのだから、そういう人は引き摺り下ろさなければならない。無能な戦争好きに力を持たせない。それこそが私たちの最低限の「安全保障」だ。
 そうして、今からたくさんの「戦争を回避するような方法」を私たちが作り出し、提案すること。すぐには役に立たないかもしれない。いや、本当は役に立たない方がいい。だけど、戦争しないノウハウは、世界中の人たちとネットで瞬時に繋がれるこの時代、きっとたくさん編み出せるはずだ。
 そんなことを考えながら、思った。
 長谷川如是閑は、この法案が21世紀になって注目されている現実に、生きていたらなんと言うだろう、と。

 

  

※コメントは承認制です。
第342回 安倍さん、「戦争絶滅受合法案」って知ってます? の巻」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    1875年生まれの長谷川如是閑は、明治・大正・昭和にわたって活躍したジャーナリスト。長谷川如是閑らが創刊した雑誌『我等』の巻頭言で、この「戦争絶滅受合法案」が掲載されたそうです。なんとも皮肉がきいていますね。しかし、こうした人々の声があってもなお、戦争が止められなかったのだと思うと恐ろしい気持ちになります。過去から学ぶべきことを学んで、同じ過ちの繰り返しをもうしっかりとここで止めなくてはいけません。

  2. これじゃダメです。なぜならアジアやアフリカの独裁者は、みんな戦場上がりの英雄なんだから。フセインしかりカダフィしかり毛沢東しかり北朝鮮の金日成しかり。

  3. とろ より:

    戦争を回避する方法は,喧嘩売ったらひどいことになりそうと思わせるしかないですよね。
    所詮は人間がやることですから。

  4. 多賀恭一 より:

    この法律を破った国に対してどのような行動を取るのだろうか。
    武力制裁?
    結局、外国というものが存在する限り、戦争は無くならない。
    外国というものが無くなっても、反乱という名の戦争は残る・・・。

  5. arakaki より:

    少なくとも戦争を回避出来んかった人達が責任を取って率先して戦場に行かなければならない点で非常にわかりやすい。これを出来ない政治家に対して利己主義という言葉を使うべきじゃないですか?自民党の若い議員さん。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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