雨宮処凛がゆく!

村上さんの話に行く前に、ひとり親世帯の基本的なことをおさらいしておきたい。

2011年の「全国母子世帯等調査」によると、母子世帯は123万7700世帯。父子世帯は22万3300世帯。

ひとり親世帯の7世帯に1世帯が「父子世帯」である。

また、年間の平均就労収入は母子世帯181万円、父子世帯360万円。母子世帯に比べて父子世帯の年収は約2倍だが、両親が揃っていて子どもがいる世帯の平均年収は658万円。

ちなみに日本はひとり親家庭の就労率が高く(それだけ経済的支援が乏しい)、母子世帯で8割、父子世帯で9割が働いているのだが、父子世帯の親で正社員なのは67%。世の中の非正規率が上がるのと比例するように、やはり父子家庭でもアルバイトなど非正規が増えているのだ。近くに助けてくれる両親などがいればいいが、そうでない場合、子育てのために残業ができないというだけで、「正社員男性は長時間労働して当たり前」という日本の企業社会から排除されてしまいかねない現実が垣間見られる。というか、考えれば考えるほど、父子世帯の問題って、まさにワークライフバランスの課題がすべて詰まっている。逆に言えば、父子世帯でも仕事をしながら子育てができるようなシステムができれば、今、過労死しそうな子育て中の働く女性たちや、長時間労働で家事も育児も妻に任せっきりという男性も、大分「人間らしい生活」ができるようになると思うのだ。

さて、村上さんの話に戻ろう。

「父子世帯の声を届けるには団体を作ればいい」。そう県議に言われて村上さんが始めたのは、当時多くの人が利用していたmixiで宮城在住のシングルファザーを探すことだった。そうして見ず知らずの相手に「ひとり親家庭支援制度の平等化を求めて父子の会を作ろうと思っている」と思いを伝え続けた。それまで母子世帯のみを対象としていた制度が父子家庭に拡充されれば、きっと多くの父子家庭が救われる。そんな確信があった

そうして08年、村上さんの思いに賛同した人シングルファザーたちにより、「宮城県父子の会」が結成される。当初の会員は10人。彼らがまず手をつけたのは、児童扶養手当だった。

「その1」でも書いたが、児童扶養手当とは、離婚した母子世帯に支給されるもの。子どもの数に応じ、満額で月に4万2000円ほどが支給される。それが父子家庭まで拡充されるよう、どうやって法改正まで持ち込んだのか。

「まずやったのは、総理と厚生労働大臣に毎月意見書を届けることでした。その仕組みを作るために動きました。宮城県には32の市町村があるので、そのすべてで、ひとり親家庭支援制度の平等化についての意見書を採択してもらおうと。そのためにはまず、政令指定都市の仙台市に意見書の採択をしてもらわないといけない。それで仙台市に意見書を出して、それから他の自治体、県議会に請願書を出して、それが厚生労働大臣と総理に届くようにしました」

それが09年のこと。そしてこの年の夏、政権交代が起きる。自民党政権から民主党政権になったのだ。

「民主党政権になってからは、長妻厚生労働大臣(当時)や、内閣府特命担当大臣(当時)の福島みずほさんと直接話をする機会を得ました。父子家庭支援の話は言葉に尽くせば理解を得られやすく誰もNOとは言わない問題であったと思いました。ただ、財務省が『うん』と言わなかった。そこはトップダウンでやってもらうしかないので、当時の鳩山総理に福島みずほさんから予算委員会で言ってもらい『やる』という答えを引き出したんです。そうして2010年8月1日、改正児童扶養手当法が施行され児童扶養手当が、父子家庭にも拡充されることになったんです」

村上さんにとって、それは初めての「運動」であり、そしてその初めての行動によって法律が変わった瞬間だった。自分たちが声を上げ、動くことで、時に「国」を動かすことができる一一一。それはどれほど嬉しいことだったろう。この時点で宮城だけでなく全国の父子家庭問題に取り組む当事者たちが繋がり、「全国父子家庭支援連絡会」も結成されていた。村上さんはその理事に就任。

児童扶養手当の支給が父子家庭にも始まったことで、彼のもとには喜びの声が届けられたという。

「これで子どもを高校に進学させられるって声もありましたし、何より多かったのは、子どもとの時間を持つことができたという声です。子どもとの時間より仕事を選択しないといけないって立ち位置の男性からすると、お金って時間なんですね。休んでもその分の経済支援があると思うことで子どもの参観日に勇気をもって休暇申請を出せたとか、そんな話も聞きました。父子家庭の場合、収入を減らすわけにはいかない事情がある人が多いんです。世帯主の人が多いから、住宅ローンや車のローンを抱えている。その分、仕事をとるか子どもをとるかという二択を迫られる。児童扶養手当は、そんな父子家庭のお父さんが、子どもと過ごせる時間を作るきっかけになりました」

なんとも素晴らしい話である。村上さんという一人の当事者の切実な要求から始まった訴えが法律を変え、そして全国の父子家庭がお金そのものよりも「子どもと過ごす時間」を手に入れたのだ。

この支給をきっかけに、村上さんは一時は活動をやめようと思ったという。09年から、既に彼は非正規だが仕事に就いていた。仕事と活動、そして子育て。その3つの両立は難しい。また、村上さんの中には「やりきった感」もあったという。

「頑張ったな、俺たち、みたいな(笑)」

しかし、そんな頃に起きたのが、東日本大震災だ。仙台の内陸部に住んでいた村上さんは津波の被害には遭わなかったものの、震度6強の揺れを経験。幸い地盤が強くアパートは無事だったが、様々な困難が襲いかかる。

「震度5、6の余震はちょくちょくくるし、日にちが経つにつれ、原発の問題も深刻になってきて・・・。雨が降ったら子どもを外に出さないようにしなくちゃいけないし、ガソリンも灯油も食糧もいつ尽きるかわからない状態。そういう中で、なんとか震災の年の7月までは仕事を続けてたんですけど、やっぱり子どもたちだけを家に残して働きに行けなくなって退職しました。余震がひどくて、子どもたちだけで留守番できなくなったんです」

そんな村上さんが再び活動の必要性を感じたきっかけは、震災後の名取市閖上(ゆりあげ)の光景を見たことだった。よく遊びに行っていたという閖上は、まるで空襲のあとの焼け野原のような惨状だったという。そこに数百の遺体が浮かんでいたと聞いた彼の頭には、あることが浮かんだ。

「閖上の光景を見た時に浮かんだのは、この震災によって妻を亡くした父子家庭、そして震災遺児のことでした。彼らには遺族年金が該当しない、他の支援制度も存在しない。でも、これだけの大きなことが起きたんだから、誰かが問題提起するだろうとも思いました。しかし、そんな動きはなかった。そうしてある日、テレビの中で、当時の厚労大臣が言いました。『震災で配偶者を亡くした遺児家庭への支援は、既存の一人親家庭への支援で対応します』って。

ということは、何も変わらないんだと。当時いろんな組織やNGOが被災地に入り、遺児家庭支援や子どものケアを一生懸命してくれていました。でも、その中身は母子家庭支援なんです。これは父子家庭のことを誰もやらないんだなってわかってきて、課題を知っていて、提言の仕方を知っている自分の経験を生かさないといけないと思いました」

そうして村上さんは再び法改正のために動き出す。

詳しくは、次号☆

下記、村上さんたちが署名を集めているキャンペーンサイトです。ぜひご署名を!

「2014年4月以前に妻を亡くし遺族年金の対象とならない父子家庭の父と子を救いたい一一特例法にて救済を求めます!」
http://urx.nu/iOoT

 

  

※コメントは承認制です。
第339回 あるシングルファザーの奮闘 〜震災前、震災後〜 の巻(その2)」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    誰が考えても「おかしい」と考える不平等な政策に対して、当事者である父親が誰も声を上げてこなかったことは、疑問に思いつつも合点がいくことでもあります。「父子家庭の問題はワークライフバランスの課題がすべて詰まっている。父子世帯でも仕事をしながら子育てができ るようなシステムができれば、今、過労死しそうな子育て中の働く女性たちや、長時間労働で家事も育児も妻に任せっきりという男性も、人間らしい生 活ができるようになると思うのだ」との雨宮さんの指摘に共感し、これからの村上さんらの活動にも、注目です。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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