雨宮処凛がゆく!

 連日、安保関連法案についての審議が報じられている。
 国会中継や報道番組で安倍首相の答弁を聞くたびに、論理破綻した言葉遊びみたいなもので本当にこの国が根底から変えられようとしていることに、怒りばかりが湧いてくる。

 そんな安保関連法案が審議入りした翌日の5月27日、東京新聞に掲載された斎藤美奈子さんの「本音のコラム」に驚愕した。審議入りの日、2006年から3年間自衛隊トップの統合幕僚長をつとめた斎藤隆氏は以下のように述べたのだという。
 「これまでの活動で戦死者が出なかったのはラッキーだったが、そのことに甘えていてはいけないのではないか。国家や国民は戦死者にどのように向き合うか、そろそろ考えておく必要がある」
 一方、5月23日の朝日新聞「声」欄には、読者から「今回の自衛隊の任務拡大は、一般の雇用契約で言えば重大な変更にあたるはずだ」という投稿があり、その視点に頷いた。

 現在、自衛隊員抜きで、彼らの命が弄ばれるような議論が勝手に繰り広げられている。「当事者の声を聞こうともしない」のは現政権の特徴だが、当然、自衛隊の意見もまったくスルー。自衛隊には労働組合がないわけだが、ここまで堂々と「勤務地の変更」「勤務内容の変更」が勝手に行われ、しかも絶対に危険な場所に行かない人々から「死ね」と言われているような状況の中、もう内部から「自衛隊ユニオン」などの動きが出てきてもおかしくないのではないか、と思うこの頃だ。もしそんな労組が出てきたら、私は全力で応援したい。
 また、自衛隊員は、その立場につくにあたり「日本国憲法を遵守する」と宣誓しなければならないわけだが、この宣誓と今回の安保関連法案の整合性とか、その辺りはどうなっているのだろうか?
 
 こうしてほんの少し思いを巡らせただけでも突っ込みどころ満載の安保法制。国会審議でも疑問は膨らむばかりだが、28日、「お前らがどの口で言う?」とちょっと呆れたことがあったので、紹介したい。
 それはホルムズ海峡の機雷掃海について。民主党・後藤祐一氏の質問への答弁で、「どういう時に機雷掃海するのか」について中谷防衛相と高村副総裁の見解の違いが明らかになったのだが、そこで高村副総裁は、経済的な理由で集団的自衛権の行使が認められる場合として、「国内で灯油がなくなり、寒冷地で凍死者が続出する状況」と説明したのだ。一方、中谷氏は「死者が出るほど影響が大きくなくても」機雷掃海できると答弁。また、「存立危機事態」認定については、安倍首相は生活物資の不足や電力供給の停滞、自民党の稲田朋美氏は、餓死者や凍死者が出る事態を想定しているという。

 思わず、笑いそうになってしまった。「国内で凍死者が出るかもしれない!」「餓死者が出るかもしれない!」って? ホルムズ海峡が機雷で封鎖などされなくても、2011年時点で、この国で餓死したのは1746人。うち1701人が「栄養失調」、45人が「食糧の不足」を原因としている。この数字は、ここ数年ほぼ変わらない。日本は、1日あたり5人が餓死している国なのである。
 それだけではない。戦争法制を成立させたくてたまらない安倍政権は、現在、「凍死者を続出」させるような政策を強行している。それは「生活保護費の冬季加算引き下げ」。
 冬季加算とは、冬の間に支給されるもの。寒冷地では暖房費が多くかかるためだ。しかし、今年からその加算が引き下げられることになった。

 ドラマ「北の国から」の舞台である北海道・富良野で暮らす生活保護受給者の女性は、今年3月に開催された集会で、冬季加算引き下げへの恐怖を語ってくれた。
 冬の間、朝はマイナス25度、昼間でマイナス10度を下回る気温。住んでいるのは木造アパートなので寒さも厳しい。冬の間は月1万9000円あまりの冬季加算があるものの、灯油代で消えてしまい、冬の衣類を買うこともできない。灯油の節約のためにストーブのスイッチをオフにして、カイロと湯たんぽで布団にくるまって耐える日もあるという。北海道で18歳まで暮らした私にとって、それがどれほど過酷なことかはよくわかる。ストーブを消せばたちまち室内でも吐く息は白くなる。そんな中、昨年は2度も灯油が値上がりし、彼女の暮らしを直撃した。そんな冬季加算が、今年から引き下げられるのだ。彼女の場合は約1万9000円の加算が1万2540円に減るという。これらの削減は、13年から進められている生活保護の生活扶助の削減と、やはり今年から始まる住宅扶助引き下げと合わせ、前年比320億円の切り下げとなっている。

 もちろん、石油などのエネルギー供給について、ちゃんと考えなくてはいけない。しかし、「凍死者が出たらどうする」と機雷掃海に前のめりな現政権は、一方で凍死者を出すような政策を思い切り進めているという大矛盾を、どう思っているのだろう。集団的自衛権行使のために利用される「餓死者」「凍死者」と、実際にその瀬戸際で苦しむ人を放置しているちぐはぐさ。ここにこそ私は、安倍政権の本質があるように思うのだ。今回の安保法制にあたって、安倍首相は「国民の生命、財産を守る」と強調するが、そこに貧しい人々は誰一人含まれていない。いや、そもそも最初から誰も含まれていないのかもしれない。「国民を守る」という物語に個人的に「萌え」ている首相、といういびつな現実があるだけだ。

 ちなみに日本政府は今年5月、オスプレイ17機の購入を決めたそうだが、その総額は推定で3600億円。この額は、15年度の社会保障費の削減3900億円に匹敵する。
 お金と情熱を使う先を大幅に間違っている、この国の政治。
 冬季加算引き下げだけでなく、毎冬、この国では路上で凍死する野宿者がいることも忘れてはならない。
 ああ、また腹が立ってきた。とにかく、こんなことを許してはならないからいろいろ行動するのみだ。

5月31日には「さようなら原発」集会&デモに参加。
反対することが多すぎて過労死しそうなんだけど、皆さんもそうですよね。。
正念場、とにかくみんなで力を合わせましょう☆

 

  

※コメントは承認制です。
第337回 ホルムズ海峡封鎖で「餓死者、凍死者が」とか言うけど、もう充分出てるけど?? の巻」 に6件のコメント

  1. magazine9 より:

    これから、もし「戦死者」が出るような事態になれば、それは私たちの家族、友人、知人からかもしれません。「戦死者が出なかったのはラッキー」ではなく、一人ひとりの命を尊重して、「戦死者を出さない」ための政治を行ってほしいと思います。それが、先の戦争から私たちが学んだことではなかったのでしょうか。

  2. 荏原秋好 より:

    国会では自衛隊員の戦死の可能性について議論されているようですが、忘れてはならないのは戦争になれば、一般市民も犠牲になるということでもあると思います。
    ブログ主様は冬の北海道に住む厳しさを訴えていますが、これも将来の戦費確保のための犠牲者でもあるのでしょう。
     この法案が通ればこのような犠牲者は増え、数年後には戦争によって、自衛隊員ばかりでなく、一般市民も戦死者が出ると思います。
    なんとしても止めねばなりません。

  3. 小笠原陽子 より:

    一政治家が国民一人の状況把握は無理 これは永遠の政治の課題

  4. 多賀恭一 より:

    未来の歴史の教科書。
    「2014年12月の選挙で投票しなかった国民は、民主主義を失うことになった。」

  5. L より:

     こんにちは。安倍自民の軍事・治安・福祉・労働・教育など全方位攻撃への反撃でヘトヘト、「全部安倍のせい」です。安倍は「国民を守る」と言いながら、後藤さんらを見殺しにしました。原発再稼働についても、「熱中症や凍死が出てもいいのか」と言いましたが、原発が動いていても電気代が出せない人、野宿の人が熱中症や凍死が出ていることを全く気にかけませんでした。原発事故は起きる訳がないと国会答弁して立地自治体の被害を気にかけませんでした。処凛姐さんのご指摘通り、「凍死者」は戦争法を捩じ込むためのダシに過ぎません。今も凍死者、餓死者、熱中症、貧困で苦しむものに痛みを感じていないのですから。戦時はもちろん、平時でも自分のご都合で、弱いものを死に至らしめるでしょう。数十年間に「自衛隊員が(事故などで)1800人死んだ。(戦争法であと何人か死んだってどうってことない。)」と言い放ったんですからね。第3の男?のセリフじゃあるまいし。
     処凛姐さんが挙げた数字は政府の統計であり、担当大臣は決済していますし、これについての質問主意書は閣議決定していますから、安倍に知らないとは言わせません。まあ、数分前のことでも「歴史修正」し、特定秘密にしかねない安倍ですけど。

  6. 時の河 より:

    3人の憲法学者が揃って「憲法違反」とした法律が可決しようとすること自体がおかしい。もしこの法案が可決したとするなら、違憲訴訟が起こることは間違いないだろう。
    それにしても、違憲判決が出ている議員定数是正問題は先送りにし、明らかに憲法違反である安保法制を無理やり通そうとする現政権は、「憲法無視」と言っても過言ではあるまい。憲法を無視する人間って日本国民の名に値するのだろうか。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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