雨宮処凛がゆく!

 安倍政権になってから、弱者切り捨ての政策が進められてきたことはこの連載でも書いてきた通りだ。
 その象徴は、生活保護基準の引き下げ。

 2013年8月から3年間かけて最大10%、総額で670億円の引き下げが勝手に決められ、既に2度の引き下げが強行されている。とうとう3度目の引き下げが始まるのはこの4月から。
 これにより、生活保護を受けている世帯の生活が苦しくなっただけでなく、就学援助(経済的に厳しい家庭の子どもに学用品代や修学旅行費、給食費などが支給される制度)が受けられなくなったり、それまで住民税非課税だった世帯が課税されたり、介護サービスの利用者負担が増えたり、といったことが起きている。国の最低基準=ナショナルミニマムの引き下げは、生活保護より少し上の層の生活まで破壊しているという現実があるのだ。

 そんな引き下げが断行され、利用者や「生活保護より少し上」の層の生活を圧迫している中、またしても別の引き下げが強行されようとしていることをご存知だろうか。 
 それは生活保護の住宅扶助基準、冬季加算の引き下げ。
 住宅扶助とは、家賃に相当するもの。また、冬季加算とは、北海道などの寒い地域では暖房費などにお金がかかるために支給されるものだ。これらが同時に引き下げられるのである。
 住宅扶助に至っては、最大、2人世帯の場合で1万円の引き下げとなる。生活保護では「家賃の上限」が決まっているため、今回の引き下げでそれを超えると最悪、引っ越さなければならなくなるのだ。が、生活保護世帯の約半数が高齢者世帯。簡単に引っ越せるものではない。
 また、「住宅扶助が下がった分を生活扶助で補う」ということも出てくるはずだ。

 例えば埼玉などでは単身世帯で住宅扶助の上限は現在4万7000円程度。今回の引き下げにより、この基準が5000円下がるのだが、現在4万7000円の部屋に住んでいる人はどうなるのか。様々な事情から引っ越しできない場合、大家さんとの交渉で額面上は家賃を4万2000円にしてもらい、あとの5000円は「共益費」という形で生活費から出すことになるかもしれない(生活保護の場合、家賃は実費で出される)。実質家賃は1円も下がっていないのに、生活費から5000円余分に負担しなければならなくなるのだ。

 3月29日、この「住宅扶助」と「冬季加算」の引き下げによって何が起きるのかをテーマにした集会に参加した。集会では、現在、生活保護を受けている人々が「一体どうなるのか」と次々と不安を口にし、今回の引き下げを受けて「娘と消えてしまいたくなった」という母子世帯の母親からの手紙が読み上げられた。
 また、北海道・富良野から参加してくれた女性(生活保護受給中)は、最低気温がマイナス20度を下回る富良野で冬季加算が減額されることの過酷さを語ってくれた。11月から3月までの5カ月間、2年前までは月に1万9970円支給されてきた冬季加算だが、それが1万2540円にまで下がってしまうのだという。今だって冬季加算は灯油代に消えてしまい、防寒用の衣服などを買うこともできないのにどうすればいいのか。そんな悲鳴のような声があちこちから寄せられた。

 また、この日の集会では、「子どもの貧困」を巡る深刻な話も聞いた。
 それは福島県福島市でのこと。昨年4月、生活保護を受ける世帯の女の子が、民間と市の「給付型奨学金」年間17万円を受けて高校に入学したという。生活保護の場合、高校就学費として出るのは基本的な教材費のほかは月5000円程度の基本額とやはり月5000円程度の学習支援費のみだからだ。
 しかし、福島市はこの奨学金を「収入」とみなして「収入認定」してしまう。奨学金という収入があったからと家族の生活保護費を減額してしまったのだ。
 これでは生活できないので、奨学金を生活費にあてるしかない。女の子がやっと掴んだ「貧困の連鎖」を断ち切るための細い細い糸を、市が断ち切るような行為ではないか。現在、この「奨学金を福祉事務所が取り上げる」ような行為については、支援する会が立ち上がったという。高校生の夢を奪うようなこの収入認定については、引き続き注視していきたいと思っている。

 一方、収入認定を巡っては、最近、嬉しい判決もあった。
 それは今年3月の横浜地裁判決。生活保護を受ける世帯が「不正受給」したとして、川崎市が約32万円の「返還」をその世帯の父親に求めたことに端を発する裁判だ。ここで「不正受給」とされたのは、高校生の女の子のアルバイト代。その収入を申告しなかったことが「不正受給」だとして、川崎市が返還を求めていたのだ。
 ちなみに生活保護世帯で高校生がアルバイトをするとやはり収入認定されてしまう。例えば5万円くらいのバイト代だとすると、手元に残せるのは3万円程度になってしまうという切ない仕組みだ。が、昨年4月からは、大学の入学金や運転免許取得など、自立のためであれば収入認定されず、貯金が認められることになったのだ。
 この世帯では、女の子がアルバイトしていたのは2010年から。まだ「バイト代貯金OK」の通知は出ていない頃だが、彼女が1年間アルバイトして稼いだ約32万円の使い道は、親に頼めなかった修学旅行費や大学の受験料など。
 裁判長は「これを申告せずに生活保護を受けたことを不正と断じるのは酷だ」と述べ、バイト代返還を求めた決定を取り消したのだ。

 今年3月、生活保護の不正受給が「過去最悪」と報じられた。が、詳しくデータを見ていくと、不正受給件数は2%程度、額は0.5%。もちろん不正はいけないことだが、時にセンセーショナルに語られる不正受給の実例の少なくない数が、こういった「親に学費や修学旅行費を頼めず、自立のために働く高校生」の申告漏れなのだ。
 「子どもの貧困」については、2年前に対策法もできた。しかし、もっとも厳しい生活保護家庭の子どもに目は向いているのか。今回の住宅扶助、冬季加算の引き下げとともに、改めて、問い返したい。

 

  

※コメントは承認制です。
第331回 子どもの夢を奪うシステム。の巻」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    国が生活保護制度をまるで「コスト」のように扱ったり、2%の不正受給をメディアが過剰に取り上げたりすることで、生活保護世帯に対する偏ったイメージがつくられているように感じます。生活保護制度は、病気や失業など、誰もが陥る可能性のあるリスクから私たちを守る「権利」です。非正規雇用の増加などによって、多くの人が失業・低収入のリスクを抱えているいま、本来ならそのセーフティネットをいかに厚く、幅広く、使えるものにしていくかを話し合うべきです。そして、セーフティネットによって、再び社会に参加し、納税者となる機会を得ることは、国のコストになるどころか、有益な制度のはずです。

  2. 多賀恭一 より:

    4月1日から食品の値段が上昇し、ますます低所得者の生活が苦しくなってきた。
    アベノミクスの真の効果が表れてきたのだ。
    マスコミの世論調査もいよいよ実態離れしていくだろう。
    金持ち優遇、庶民無視。東京優遇、地方無視。米国優遇、日本無視。
    安倍内閣の支持率は今後どうなるか?
    政権維持のために反民主主義化するのか?
    5か月前の選挙で既に日本の民主主義は死んではいるが・・・。

  3. 中野耕志 より:

    こんな国にして欲しい、と頼んでない。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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