「2014年に読んだ本の中で、一番オススメは?」
そう聞かれたら、迷わず「この本!」と即答できるほどの一冊と出会ってしまった。
それは『失職女子。私がリストラされてから、生活保護を受給するまで』(WAVE出版)。
著者は大和彩さん。この本がデビュー作だ。プロフィールによると、「大学では美術、音楽、デザインを専攻。卒業後はメーカーなどに勤務するも、会社の倒産、契約終了、リストラなどで次々と職を失う。正社員、契約社員、派遣社員などあらゆる就業形態で働いた経験あり。現在は生活保護受給中。2013年6月より女性向けwebサイト「messy」で執筆活動を始める。保健所に入れられた猫を引き取って里親を探す猫シェルターでのボランティアも行う。好きな食べ物は、熱いお茶」。
本の帯には、こんな言葉が躍っている。
100社連続不採用、貯金ゼロ。ホームレスになるかもしれない・・・。でも私は、生きていたい!
また、裏表紙の帯は以下。
生きるための選択肢は、借金か風俗か自死か、行政に頼るか。働きたいのに、働けない。あなたはどの道を選びますか?
なんとも重いテーマである。しかし、ページを開いた瞬間、あまりの「面白さ」に一気読みしてしまった。「面白い」というと語弊があるかもしれないが、まず文章が素晴らしいのだ。辛い話だというのに、著者が自分をあまりにも客観視しているので、ところどころで非常に笑える。
さて、そんな大和さんは本書によると現在30代。大学卒業後は、とにかく「安定」を求めて就活を始め、一時は正社員にものぼりつめた。が、体調を崩して休職したあたりから少しずつ、生活は厳しくなっていく。
そうしてある日、彼女は気づいてしまうのだ。全財産が1万円しかなく、家賃や公共料金も払えないという恐ろしすぎる現実に。失業保険を貰おうとハローワークに出向くものの、直近に3ヶ月間、契約で働いていたために受給資格はないと宣告される。
「もう樹海で首をくくるしかないのか?」と息も絶え絶えで「何か救済措置はございませんか?」と役所の職員さんに尋ねて教えて貰った先が「生活支援課」。そこで総合支援資金貸付(住む場所があって雇用保険の受給資格がない離職者が対象でお金を貸してくれる制度)と住宅支援給付を受けることになるのだが、読んでいて驚いたのは役所の人の対応だ。
大和さんいわく、担当の女性職員・孔明子さんが「それはもうすばらしいお方」なのである。いつも穏やかで優しく、親身になって話を聞いてくれる上に、時にハローワークにまで同行してくれる。ハローワークの女性職員も、プロとして的確なアドバイスをしてくれた上、面接の練習までしてくれる。
そうして正社員の仕事が見つかるまでのパートも決まったものの、一度「貧困」にさらされた生活の立て直しはそんなに簡単ではない。携帯は止まり、ライフラインも滞納。そんな時、彼女は札幌で姉妹が餓死したニュースを知る。電気・ガスが止められているなどの自分との共通点に、「頭をなぐられたようなショック」を受ける。
そのニュースをネットで読んだときでした。私がどれほどの境地に陥っているか、気づいたのは。このときやっと、私は自分が日々生きている現実を、客観的に把握できたのでした。(中略)今の私は、いつ餓死などが原因で亡くなっても不思議ではないということです。
この時点で、使えるお金は3000円。次の総合支援資金貸付でお金を借りるまで、1日182円で暮らさなくてはいけないという状況だ。しかも住んでいるアパートからは立ち退きを迫られ、パートの仕事は増やさない方がいい、と主治医から言われている状態。
すべてが恐ろしすぎました。恐怖と不安と貧困をミックスすると、『頭がおかしくなりそうな気分』というものが味わえるのだとそのとき知りました。
そんな大和さんが孔明子さんに相談して勧められたのが「生活保護」だ。が、実家で虐待を受け、精神科医からも両親との接触を禁じられていた大和さんの前に「扶養照会」の壁が立ちはだかる。生活保護を受けるのであれば、家族に連絡されてしまうのだ。これが大きなハードルとなり、生活保護申請をためらう人が少なくないのだが、彼女もやはり悩みに悩む。が、結果的には「虐待ペアレンツへの連絡なし」での申請は可能だったのだ。これはぜひ、強調しておきたい朗報である。
そうして大和さんは、生活保護を無事に申請。その日彼女は、コンビニで80円のコロッケと春巻きを買って「死ななかったお祝い」をしたという。
本書には、「貧困」によっていかに人間の判断能力や思考能力が奪われていくかが、あまりにも緻密に描かれている。また、心が蝕まれていくさまもリアルだ。
呆然と歩く帰り道、道を行く人々がみんなすごくお金持ちに見えてしかたがありませんでした。新しい洋服を買ったり、自分を装ったりということから何万キロも離れた生活だったので、流行の洋服を着て初夏の町を歩く人がまぶしくてなりませんでした。みんな、涼しげで明るい色の服を着て、大変快適そうです。
なんの罪もない歩行者の胸ぐらをつかんで、『そのきれいなおべべを寄こしな!』と追いはぎしたい、という手に負えない衝動を制御するのに苦労しました。
私は世の中全体を妬みまくるモードに堕ち込んでいたのです。
クビになって以来、毒矢を刺したいだの新芽をむしり取りたいだの追いはぎしたいだの、これまで考えたこともないようなろくでもないことばかり浮かぶ毎日です。どうしよう、自分自身がどんどん変わっていくみたいで恐怖を覚えました。
そうして生活保護を受けて1年、彼女は金銭ではない「大きな贈り物」をもらったという。
それは「私なんかでも、生きていていいんだ」という思い。保護を受けることを、「恥の刻印」と感じてしまう人は多い。しかし彼女は、「あなたは生きていていい人ですよ」という刻印を得たのだという。
虐待家庭で育った彼女は、これまでも精神科医、カウンセラーに助けを求めてきた。しかし今回、初めて行政に差し伸べた手は、しっかりと握り返された。私には、この本に登場するすべての「プロ」があまりにも頼もしく、眩しい。特に役所の職員の方々。すべての行政でこのような対応がなされていたら、どれほどの命が救われるだろう。現場で誇りを持って仕事をするプロの姿勢に、「カッコいい!」と何度も叫びたくなった。
最後に、本書の最終章の文章を引用しよう。
『ひょっとしてこの世の中は、私に「死んでくれ」って思ってないってこと?』
死神のアリアを打ち消す、かすかな旋律を初めて耳にした気がしました。
そして生活保護が受理されたことで、『あなたは死ななくていいんですよ!』という職員さん、役所、そして日本という国による大きな声がようやくハッキリ聞こえました。
憲法二五条『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』はただの文字の羅列ではなく、生活保護制度によって、血肉をともなったものだったんだ。
本当に私は、生きて、最低限度の生活を営んでいいんだ。
こんなふうに思えたのは生まれて初めてです。
近々、大和さんと対談することになっている。
猫の里親探しのボランティアも行い、好きな作家が「能町みね子さん、桐野夏生さん、北原みのりさん、杉山春さん」と私の趣味とかなりかぶる彼女と対談するのが、今からとても楽しみだ。
読んでいて、生活保護だけでなく、総合支援資金貸付や住宅支援給付など、いざ困ったときに自分がどんな制度が使えるのか、実はあまり知らないことに気づきました。大和さんが出会った「プロ」の人たちの対応が、当たり前だと思える社会であってほしいです。
雨宮さんと大和さんは対談予定だそうですが、どんな内容になるのでしょうか。とても楽しみです。
日本国憲法の理念は素晴らしいが、
条文に書かれていない冷厳たる事実が有る。
「税収の範囲内で」
ほとんどの地方自治体の財政はひっ迫している。
その地方自治体に交付金等で財政支援している国も巨額の債務を抱えている。
生活保護制度改悪の導火線には、すでに火が付いているのだ。