雨宮処凛がゆく!

 ガザでの死者が1000人を超え、また猛暑の中、熱中症での死者が出、最低賃金の審議会での議論が大詰めを迎える中、「え?今このネタ?」と思われることを覚悟で書きたい。

 Toshi(現Toshl)の『洗脳 地獄の12年からの生還』(講談社)についてだ。

 Toshiとは、言わずと知れた日本を代表するロックバンド・X JAPANのToshiである。で、Xと言えば私のバンギャ人生の道を開いたバンド。何を隠そう、私のコスプレデビューは高校1年生の時、フィルムコンサートでのYOSHIKIコスであった。

 1989年にデビューしたXは大ヒットを連発し、東京ドームでのコンサートが発表されるたびにチケットを即ソールドアウトさせ、紅白歌合戦にも出演するなどメジャーの王道をひた走る。が、97年、ボーカルToshiが脱退し、解散。翌98年にはギターのHIDEが急逝するのだが、その後ワイドショーを騒がせたのが、ご存知「Toshiの洗脳騒動」だ。

 詳しいことはよく知らなくても、「MASAYA」とか「レムリアアイランドレコード」とかという断片的なキーワードを覚えている人も多いはずだ。

 当時、X時代の自分を否定するようなことを口走るToshiの姿と、ステージからは想像もつかない「とってつけたような爽やか系ファッション」、そしてサングラスさえも外した「どスッピン」は、ファンを困惑させるのに十分すぎるほどのインパクトを持っていた。

 一体、彼に何があったのか?

 あれから、十数年。このたび、満を持してそのすべてを明らかにした本が出版されるというのだから、バンギャとしては読むしかない! ということで、読み始めたら止まらなくなって一気読みしてしまった。

 ああ、と何度も溜め息をついた。時にページをめくることすら、辛くなった。

 成功の頂点にいながら「洗脳」され、失ったお金は12年間で10億円。

 しかし、「洗脳」の手口は王道で、80年代頃から使い古されてきた典型的な自己啓発セミナーとなんら変わらない。が、「ロックスター」になったのに次々とトラブルに見舞われ、家族も自らがスターになったかのように変貌、誰も信じられないような孤独な彼には、抜群に「効いて」しまったのだ。しかも、MASAYA率いるホームオブハートのセミナーに誘ってくれたのは、唯一自分の理解者であると信じている妻。

 といっても、最初は冷静に観察しているだけだった。が、いつしかセミナーの空気にどっぷりと飲まれていく。幼少期からのコンプレックスなどをみんなの前で語り、マットレスを親兄弟に見立てての殺す実習。ボロボロに泣きながら小さな頃からの劣等感、スターになれば幸せになれると思ったこと、しかし、名声やお金を得てもちっとも幸せになれなかったことなどを語るようになれば、「一丁上がり」だ。あとはひたすら反復し、恐怖感を与え、刷り込み続ける。そのために、果てしない罵倒と暴力が使われる。

 「おまえがヴィジュアル系なんていう気味の悪いやつらを生み出した張本人!」「世界の若者たちをダメにした極悪人!」などと言われながらMASAYAだけでなくスタッフ、そして妻からも振るわれる暴力。挙げ句の果てにはHIDEが亡くなった時でさえ、「ヴィジュアル系のような自我の強い人間は、そうやって自殺するんだよ」などと罵倒される。

 それだけではない。ToshiはMASAYAのCDなどの商品を売る労働力として、営業活動に従事させられる。天下のXのボーカルが全国のホテルや旅館、喫茶店、レストランに電話をかけ、時には変装して飛び込みで営業するのである。CDを取り扱ってくれるという店があれば、変装して商品を納品しにいく。自分で運転してだ。

 そのうち、お金をすぐにホームオブハートに使ってしまうので事務所から給与支払いを止められてしまい、消費者金融から借りてセミナー代などにあてるようになる。そうして98年の9月、とうとう「洗脳騒動」が勃発。これをきっかけに抜けられればよかったのだが、この騒動自体がホームオブハートから抜けられなくなるきっかけとなってしまった。MASAYAは「おまえが来たせいでこんなことに巻き込まれた」「カルト宗教に仕立て上げられた」などとなじり、Toshiは「大きな損害を与えてしまった」という十字架を背負ってしまうのだ。

 その後、MASAYAの指示でToshiは全国でドサ回りをすることになる。CDショップやショッピングセンターでミニコンサートをし、CDを売り歩くのだ。この収入も最低限の経費をのぞき、すべてホームオブハートのものとなる。

 08年にはXが再始動し、東京ドームで3日間に渡ってコンサートが行なわれるが(この再始動を進めたのもホームオブハート。理由はお金のため)、15万人を動員したコンサートの翌日からはまたドサ回りの日々。しかし、コンサートなど外部との接触により、少しずつToshiの気持ちは変わっていく。そうして極めつけだったのが、ホームオブハート本部施設に行ったこと。Toshiが貢いだ莫大なお金で建てられたのだろうその施設は驚くほどに豪華で、そこにはMASAYAと自らの妻が住んでいる様子だったのだ。

 読んでいると、本当に典型的なカルトの手法が使われている。考える隙をとにかく与えず、生活すべてを支配し、ここから離れれば「地獄に落ちる」と吹き込み続ける。周りの人間関係を断ち切り、頼れる先は自分しかいないと思わせる。

 読んでいて泣けてくるのは、当時のToshiの極貧ぶりだ。ステージ衣装や普段着る服も友人のデザイナーに貸してもらい、食事はほとんどコンビニ。しかもその組み合わせが切ない。おにぎりひとつとおでんの大根、こんにゃく、ゆで卵。そして野菜ジュースにウーロン茶。5〜600円ほどの食事代と、3日に一度のコインランドリーが月3000円ほど、交通費・宿泊費などが月に3〜4万円。って、東京ドームクラスのロックスターの生活じゃないよこれは!!

 本書では、そんな生活からToshiが「逃亡」するまでが描かれており、これが非常にスリリングな上に凄まじい展開なのだが、それはぜひ読んでほしい。

 とにかく、10代の頃、私にとってはXは「神」だった。そしてファンの多くは、彼らをもはや「バンド」とは認識しておらず、ほとんど「宗教」と認識していた。

 Xに影響されてバンドを始めた人も多くいる。その中には、彼らのような成功を夢見て、アルバイトをしながら音楽を続けている人もいる。が、すべての夢が叶うわけではない。20代になって、ライブなどに行かなくなって長い時間が経ち、いつしか物書きとなっていた私は、30代で「貧困」問題の現場で「夢を追い続けてきたもののさまざまな理由から叶わなかった」同世代の人たちが貧困化、ホームレス化する現実を目にしてきた。この連載でも書いたが、読者の方から住む場所も所持金もないとSOSのメールが入り、駆けつけたら某ヴィジュアル系バンドの元メンバーだった、ということもあった。

 「夢が叶う」「成功する」ことは、とてもいいことだと思う。だけど、私たちの多くは、その後の絶望的な孤独や恐ろしいほどの重圧を知らない。

 本書で「夢が叶ったあとの地獄」を垣間みて、一体人の「幸せ」とはなんなのだろう、と遠い目になったのだった。

 ちなみに本書の最後、「あとがきにかえて」を書いているのはホームオブハート被害対策弁護団団長の紀藤正樹弁護士。

 「ロックスター」の本の最後を被害対策弁護団が締めくくる、という斬新すぎる展開に、自分の中でいろいろ整理できず、こうして原稿に書かせて頂いた次第だ。

 まぁ、とにかく、生きるって、大変なのだ。

 

  

※コメントは承認制です。
第304回 『洗脳』を読んで、生きる大変さを思い知った。の巻」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    雨宮さんほどじゃなくても、90年代当時のX(1992年にX JAPANと改名)の人気ぶりを少しでも知っている人には、ちょっとショッキングなお話。横から見ていれば「なんでそんなことに」と思ってしまいそうだけれど、ふとしたきっかけで同じような状況に陥ってしまう可能性は、多分誰にだってあるのでしょう。いろんなことを考えさせられそうな本、気になった方は是非手にとってみて。

  2. marimo より:

    ホームオブハートのやり方が、どこかで聞いたブラック企業が社員を辞めさせない手口と似ていると思いました。「お前が辞めたら皆に迷惑がかかる、会社に損害を与える」とか言って酷使し続ける、とか…。他人事でないなぁ。

  3. 多賀恭一 より:

    まあ、つまり、
    人間の敵は人間だということだ。
    月並みな言葉だが・・・。

  4. 華やかなステージやTVで歌っている姿からは想像、出来ないですよね。
    以前、会見をネットで見たことありますが、Xで髪の毛を逆立て、派手なメイクをして「紅」とかを歌ってる姿とは全く別人でした。本当はとても優しくて、穏やかな心の持ち主なのかなと。

  5. バンド野郎 より:

    私もToshiの「洗脳」を読みました。学生時代の頃からXjapanのファンであこがれでもありました。本の中にもあった全国各地のどさ回り!私の住んでいる町のショッピングセンターにもToshiさんが来て見に行きました。歌とお客さんからの質問に対して答える形式のもので最後にはCD販売とサイン会。本に書いてある通りのことでした。あの時はそんなこととは露知らず見てました。栄光の中の光と影。Xjapan再結成後の東京ドームのライブにも行きましたがあの時もホームオブハートでの暴力や罵倒!ライブでそんなことを感じさせることなくライブをやっていたことを思い出します。この本を読んでToshiが負った傷や心の痛みは実際に経験をした者にしか分からないと思うけど真実がこれほどのものとは思いもしなかった。これからのXjapanとToshiさんの活躍を祈るばかりです。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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