ファストフード世界同時アクション直前
前回告知した「ファストフード世界同時アクション」、無事に終了した。
アメリカや韓国、ニュージーランドなど世界35カ国以上で一斉に「時給を上げろ」などと声が上がり、多国籍企業が莫大な利益を上げながらも現場で働く人が使い捨てられている現状をアピールしたことの意味は大きいと思う。日本でも、そして海外でも様々な報道がされた。来てくれた皆さん、ありがとうございました!
マクドナルド前で
ということで、突然話は変わるが、5月23日、河出書房新社から新刊が出版される。
タイトルは『14歳からわかる生命倫理』。
尊厳死や出生前診断、代理出産、臓器移植、デザイナーベビーなどについて初心者でもわかるように網羅した一冊だ。
というか、私自身がこういった問題について「まったくの初心者」である。しかし、現在起きているさまざまな「テクノロジーの発達」が、私たちに、これまで考えたこともないような選択を次々と迫っているような現実があるのもまた事実だ。
2003年にはヒトの全遺伝子情報(ゲノム)が解読され、今や民間の遺伝子検査会社が1万円で遺伝子を解析するサービスを行なっている。更に昨年にはアメリカのベンチャー企業「23アンドミー」が「男女2人の間にどんな子どもが生まれるか」を予測する方法で特許を取得した。髪の色や目の色はもちろん、運動神経やがん発症リスクなども予測できるという。また、昨年にはハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリー氏が遺伝子検査によって「将来、高い確率で乳がんになる」という宣告を受け、「予防」のために乳房を切除したことが話題となった。一方、2011年に膵臓がんのため亡くなったアップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏は、闘病中、自らのがん細胞のゲノムを読んで抗がん剤を選んでいたという。
これだけ綴っただけでもちょっと気が遠くなってくるが、こういった問題にはもともと趣味的な領域で興味があった。そして、突き詰めていくとこれらの問題は「命の格差」に繋がっていく。
「まえがき」で、私は以下のように書いた。
科学技術、医療技術の凄まじい発展によって、救われる命は飛躍的に増えた。
一方で、テクノロジーの発達に、私たちの「心」はまだまだ追いついていない。
哲学も、倫理学も、周回遅れのまま「SFのような近未来的現実」を前に手をこまねいているような状況だ。
そうしている間にも猛スピードで発達した技術は、私たちに次々と「選択」を迫ってくる。
気がつけば、私たちの保険証にはドナーカードがついていて、自分の遺伝子から病気のリスクがわかり、妊娠すればあらかじめ特定の障害が検査でわかるようになっている。お金を払えば理想の子どもを手に入れることができるし、自分の子宮がなくても子どもを作ることができる。おばあさんが孫を産むことだってできる。それどころか、理論的にはiPS細胞で精子と卵子を作り、一人の人間からもうひとつの命を生み出すことさえ可能なのだ。
ほとんどの人が、病気になりたくないと思っている。寝たきりだって嫌だろう。健康なまま、長生きしたい。生まれてくる赤ちゃんにも、健康でいてほしい。ある意味、そんな「素朴」な願いが、テクノロジーの発達によって達成可能なものとなった。その技術を飼いならすことができるのか、それとも、技術の進歩だけが暴走して「モンスター化」し、私たちの手に追えなくなるのか。今、私たちはその瀬戸際にいるような気がしてならないのだ。
そしてもうひとつ、気になるのは、「素晴らしい発展」を遂げた医療技術・科学技術の恩恵に与れるのは、一部のお金持ちだけではないかということだ。
もともと、これら「生命倫理」の問題と「格差」の問題が私の中で繋がったのは、2011年夏のある報道でのことだった。
年間100人を超える日本人の女性が、韓国やタイといった代理出産の「規制が緩い国」に渡り、日本人患者のために卵子提供を行なっているという報道である(朝日新聞 2011/7/27)。謝礼金は、60万円ほど。
臓器移植にしても代理出産にしても、そこに登場する日本人は常に「買う」側だった。しかし、この事実は日本人が「売る」側になったことを示す、初めての報道だったように思うのだ。
その数年前、私は20代前半のホームレス男性から信じられない話を聞いていた。失業から住む場所を失った児童擁護施設出身の男性が都内の公園にいたところ、「スーツ姿の2人組の男」に、「臓器売買」の話を持ちかけられたというのだ。
「とれるだけとって、一千万はカタい」。そんな台詞で男2人は彼を「口説いた」という。もちろん、彼は断ったというものの、その話は「どこか遠くの貧しい国」のものだと思っていた「臓器売買」が、貧困と格差が広がったこの国にも出現するようになったことを示すものだった。
日本人女性が60万円で海外で卵子提供という話も、「お金」の問題が大きいだろう。卵子提供や代理出産に関しては、「善意」のもとに行なわれているという「前提」がもちろんあるし、それを頭から否定するつもりはない。が、この本を書く過程で取材した山梨大学の香川知晶教授は代理出産についてこう述べている。
やはり、お金の問題が背景にあると思います。代理出産を引き受ける人は善意で引き受けている、子どもを持ちたくても持てない女性を助けたいという思いからだ、というという建前もあるんですが、代理母には大抵の場合、既に自分のお子さんがいて、アルバイトで出産を引き受けている人が多い。家のローンがあるとか、そんな事情もあります。「お金の問題じゃない」って言う人もいるかもしれませんが、突き放して考えてみると、仕事もあってお金もあるという女性が代理出産を引き受けるかと言えば、やらないと思います。
日本人女性が卵子提供、と報道された年の末には、「単身女性の3人に一人が貧困」ということが報じられた。ちなみに、働く女性の半分以上が非正規雇用。非正規雇用者の平均年収は男女合わせて168万円。女性だけに絞るともっと低くなるはずだ。「60万円」という謝礼金は、大きな魅力である。
この本では、そんな「生命倫理」を巡る状況について、様々な人に取材した。
前述した香川知晶氏には「生命倫理」について、1章で全体像を初心者向けに語ってもらった。
2章では、この連載の254回から3回にわたって書かせて頂いた「尊厳死法制化の動きとその裏にあるもの。」に登場してもらった川口有美子さんに、改めて「尊厳死・安楽死」についてじっくりと話を聞いた。
3章では「DPI女性障害者ネットワーク」の米津知子さんに、主に「出生前診断」について伺った。この国の「優生思想」「優生政策」の流れが非常によくわかる内容となっている。
さらに4章では、精子提供で生まれ、当事者として活動する医師の加藤英明さんに話を聞いた。
この本の取材をしている間、今まで考えたことのないことばかり考え、時々思考停止したくなるほどの「難題」に頭を抱えた。
最後に、この本の「まえがき」から一部、引用しよう。
あなたは自分や自分の大切な人が「臓器移植をしないと助からない」と言われたら、どのような決断をするだろうか?
あなたは治る見込みがないという病気にかかった時、安楽死や尊厳死という選択をつきつけられたら、どう思うだろうか?
あなたやあなたのパートナーが妊娠した時、「出生前診断」を受けるだろうか? 受けるとして、その内容がどのようなものか、あなたはどこまでわかっているだろうか?
あなたは生まれてくる子どもに障害があるとわかった時、どのような選択をするだろうか?
あなたは代理出産や精子・卵子の提供について、どう思っているだろうか?
あなたは「脳死」は人の死だと思うだろうか?
あなたは妊娠何週目からが「人権を持った人間」だと思うだろうか?
あなたは全身不随で呼吸筋も奪われる病に冒されたら、生きるために呼吸器をつけるだろうか? それで家族があなたの介護に忙殺されるとしても、迷わず「生きたい」と言い切れるだろうか?
さて、この問いに、あなたはいくつ明確な答えを出せただろうか。
『14歳からわかる生命倫理』、ぜひ手にとってほしい。
ただいま予約受付中!
科学技術はものすごい勢いで発達し、それは否応もなく(経済問題とも結びつきながら)人の命のあり方、生きること、死ぬことのあり方にも大きな影響を与えている。けれど、私たちの「心」は、なかなかそこに追いついていないのかもしれません。死や生殖が絡むだけに、どうしても自分に引きつけて考えにくい(そして語りにくい)テーマだけれど、同時に誰もがいつでも、直面する可能性のある問題。雨宮さんの新刊、ぜひ読んでじっくり考えてみたいと思います。