雨宮処凛がゆく!

 桜が咲くこの季節、私にとっては花粉症が辛い季節であると同時に、「メーデーの準備が始まる」季節である。

 メーデー。言わずと知れた、自由と生存のメーデーだ。毎年毎年、この連載の5月のはじめの原稿には必ずと言っていいほど書いている、アレだ。年に一度、プレカリアートたちが大暴れする日。お互いの「無条件の生存」を肯定し合う「生」の祝祭。貧乏人の貧乏人による貧乏人のためのメーデー、という名のお祭り騒ぎ。そんなメーデーの準備が、今年も始まった。

 今年のメーデーは5月4日。15時半から集会。18時20分からデモである。

 テーマはというと、「ハラスメント化する労働社会を終わらせるために」。

 接客業などに顕著だが、現在の労働は「いかにハラスメントに耐えられるか」の我慢比べのようなことになっている。そこでは全人格的な服従が求められ、相手が「顧客」「取引先」であればどんな理不尽な要求にも耐えなければならない。サービスの名のもとにさまざまなものが踏みにじられ、個人の憎悪ばかりが募っていくような構図。そしてその憎悪は時に、「自分より弱い者へのバッシング」という形で別の場所で噴出する。

 労働の現場だけでなく、いつからかこの社会そのものが「生産性が高くない上に利益を生み出さない人間には生きる価値などない」といったハラスメント的言説に覆い尽くされている。

 私が労働や貧困、格差の問題に一気に目が開かれたのは、8年前、2006年に初めて行った「自由と生存のメーデー」でのことだった。新自由主義や規制緩和の問題など、その1日だけで本当にいろいろな話を聞いたが、「この運動に絶対参加したい!」と心から思ったのは、「無条件の生存の肯定」という言葉に出会った時だった。別に生産性が高くなくても、貧乏でも役立たずでも、堂々と生きてのさばればいいのだ、というある種の開き直り。小泉政権で、しかも「戦後最長の好景気」と言われていた8年前、その言葉は、私の中の閉塞に、大きな風穴を開けてくれるものだった。

 以来、メーデーが来るたびに、私たちは「無条件の生存の肯定」という言葉を、改めて自分に、そして社会に問い返しているような気がするのだ。

 そんなメーデーの準備を進めている中で、ある「事件」が起きていた。

 それは牛丼店「すき家」からどんどん店員が逃げ出しているというもの。→J-CASTニュース/2014/03/20

 きっかけは、2月から始まった「牛すき鍋定食」。この提供に時間と手間がかかりすぎるらしく、「もう耐えられない」とばかりにバイトが離脱し続け、ネットでも「同時退職しようぜ」と呼びかけられているのだという。その結果、人手不足によって一時的に「閉店」するすき家が続出。「これもひとつのストライキでは」と多くの人が状況を注視している。

 ちなみにすき家を経営する「ゼンショー」のブラックぶりは以前から有名だ。

 たとえばアルバイトを「業務委託」と言い張り、労働者ではないので残業代は支払わないという、論理破綻としか言いようのないことを主張したり、そんなアルバイトに深夜一人で調理から接客までを任せていたり(一人だとトイレにも行けない)、挙げ句の果てに「深夜に店員が一人」という理由からすき家への強盗事件が多発したり。「労働者に冷たく、強盗に優しい店」という嬉しくない称号をほしいままにしている牛丼チェーン店・それがすき家なのである。

 そんな中での「バイト大量離脱」という事態は、「もう我慢できない!」という叫びなのだろう。そうして彼らの行動は、実際に店を一時的にせよ「閉店」に追い込んでいる。「フリーターゼネストをしたい」。8年前から、みんなで言っていたことだ。ファストフード店や24時間営業のコンビニが一斉に閉まり、街の風景をがらりと変える。そんな日をずっと夢想してもう8年。メーデーのたびに会う人たちの状況は、変わっていなければマシな方で、ワーキングプアが失業者となり、失業期間の長引いた人が生活保護受給者となっている。働けている人は働けている人で、数年前より人が減らされた職場で、激増した仕事に忙殺され、心と身体を蝕まれている。そんな中での「すき家騒動」は、なんだか来るべき「プレカリアートゼネスト」の前哨戦のようにも思えて、ちょっとワクワクしてくるのだ。

 さて、「もう我慢できない」と思っているのは日本に住む人だけではない。

 5月なかば頃には、全世界のファストフード店で働く人々が、ある「一斉行動」を起こす予定である。まさに今、私はその日「日本でどんな連帯行動をするか」に向けての作戦会議に参加中だ。

 春。地面の下で様々な生き物が蠢き始める季節。全世界の不安定層たちも、行動の準備を始めている。

 

  

※コメントは承認制です。
第291回 「牛すき鍋定食」からの逃走という闘争。の巻」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    ついに! の感もある「すき家」が人手不足で閉店、問題。「我慢強いのは日本人の美徳」と言われたりもするけれど、これは「もう我慢できない」と言っていい、というか言うべきところまで来ちゃっているのではないでしょうか。
    そして気になる「全世界一斉行動」とは? 待て続報!!!

  2. KR より:

    「プレカリアートゼネスト」か、いいね。
    なんとか実現したいね。もうこれ以上、失うものなんてない人々がたくさんいる。だからこそ出来るんだ。
    既成の労働組合では到底出来ないことをやろうよ。彼らは小さな既得権を守ることで精一杯だ。
    「全世界一斉行動」の前に、まずこの国からなんとかしたいね。
    みんなで起ち上がろうよ。「もう言いなりにならないぞ」って。

  3. クレヨン伯爵 より:

    雨宮さんの文章はいつも好きですが、今回もひときわいいですねえ。
    現在の労働は「いかにハラスメントに耐えられるか」の我慢比べ、全人格的な服従、サービスの名のもとにさまざまなものが踏みにじられ、個人の憎悪ばかり募っていく構図と「自分より弱い者へのバッシング」という形での噴出。
    一言一句が日本語として容赦なく鋭く、核心を衝いていて、読んでて何度もうなずいてしまう。
    結局、貨幣価値をあらゆる道徳の上位に置く世の中になって来てることが根っこなんでしょう。
    何でもかんでも「安い」に群がる客のほうも私を含めちょっと荷担してるんだな。
    いや、安いのは有難いのですが。誰かへのしわ寄せの上で自分ばかりトクしても、辛いよね。どっかで歯止めをかけないと、易きに流れて行くとこまで行ってしまう、弱いもんの犠牲の上に。
    いやしくも「絆」とか口にする人たちは、こういう平時の「絆」の分断、憎悪と「自分より弱い者へのバッシング」の連鎖のシステムにこそ目を向けたほうがいいです。もっと雨宮処凜の言葉を聴けと思います。

  4. うまれつきおうな より:

    せっかくの希望に水を差すようで申し訳ないが、すき家の離職は労働者の意識の高まりよりアベノバブルで求人が増えたことによる効果が大きい気がする。(皮肉だが)ただ謎なのは、たとえ離職者が出ずとも「従業員を増やすより強盗に入られる方が安上がり」などという方針がずっと続けられると思っていたのか?ということだ。警察に再三注意されながら強盗が店員や客に危害を加えた場合「ウチに責任はない」という理屈は通用しないだろうし、巻き添えを恐れて客が敬遠すればいくら店員が一人でも採算がとれないので結局深夜は閉店せざるえないだろう。これはあくまで想像だがすき家の経営陣はもしや「起きて欲しくない事は考えたり口に出さなければ起きない」とぼんやり考えていたのではないか。電力会社や自民党の原発への意識や、安倍政権の雑な政策を見れば、あながち冗談でもない気がする。これは中世の貴族や大名が悪政で人心が離れていくのをポエムで見ないようにしているうちに没落していったのに似ているような気がする。過酷な労働条件を改善するでもなく従業員にポエムを作らせてごまかそうとする居酒屋チェーンもあるという。世の中を仕切る人間がどんどんバカ殿になっている気がする。バカ殿が没落するのは結構だが、後に続く乱世はごめんである。

  5. 多賀恭一 より:

    失業問題は、法律だけで解決できるものではない。
    経済の法則に従ってこそ解決できるのだ。
    問題は、
    その法則を知っている人間が全人類70億人の中にほとんどいないということだ。
    人類は、一握りの中の一握りの「賢者」に頭を下げて教えを乞わねばならない。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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