雨宮処凛がゆく!

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賞を貰う。わーい。

 8月11日、日本ジャーナリスト会議(JCJ)の贈賞式があった。日本ジャーナリスト会議は、1955年、「再び戦争のためにペン・マイク・カメラを手にしない」という誓いのもと、ジャーナリストたちで結成されたという。そして今年は50回目の受賞式。そんな記念すべき節目の年に、私の「生きさせろ! 難民化する若者たち」(太田出版)がJCJ賞を頂いてしまったのだ。ということで、行ってきました、初めての授賞式。
 ちなみに私以外の受賞者は、JCJ大賞に「水俣病50年」(熊本日日新聞取材班)、JCJ賞に「挑まれる沖縄戦/『集団自決』問題キャンペーン」(沖縄タイムス取材班)、「『改憲』の系譜/9条と日米同盟の現場」(共同通信取材班)、JCJ特別賞にドキュメンタリー映画「ひめゆり」(プロダクション・エイシア)、そしてJCJ新人賞に「コバウおじさんを知っていますか/新聞マンガにみる韓国現代史」(チョン・イキョン)。
 会場に着いた瞬間、どうしようもない自分の「場違い感」に、早速心細くなった。なんかみんな、スーツとか着ていてちゃんとしているのだ。バカみたいなカッコしてるのは私だけ・・・。その上、連絡の行き違いで、着いた時には既に1時間以上の遅刻。慌てていて受賞者受け付けにも気づかなかったせいで、授賞式のタイムテーブルもさっぱりわからなければ自分がいつ何をすればいいのかもわからない。いや、ここにいていいのかさえも微妙だ。
 おろおろしているうちに授賞式が始まり、名前を呼ばれて記念品を贈呈される。わーい。モノがタダで貰えるのは嬉しい。そして舞台上で、受賞の理由のスピーチを拝聴するのだが、これがなんというか、非常にこっ恥ずかしいのだ。だいたい立たされて説教された経験はあっても、みんなの前で「誉められる」という経験が皆無の私は妙な居心地の悪さに包まれてしまう。(寸評の詳細はこちらで)
 そして休憩を挟み、受賞者のスピーチ! 直前になって、10分のスピーチがあると知った私は焦った。どうしよう・・・。何も考えてない・・・。何を話せば? と焦った私は受賞の喜びを語る場で、「賞金は出ないのか」(ちなみにJCJ賞に賞金はない)とか「左翼業界の賞を貰えて嬉しい」(受賞作品一覧のタイトルを見て思わず・・・)とか、なんだか失礼なことばかりぶっちゃけてしまったのだった・・・。JCJの皆さん、すみません。でもとっても喜んでいたのです。そうして私は、今度は賞金の出る賞を受賞できるように頑張ることを誓ったのだった。

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選考委員・伊藤洋子さんによる「寸評」を拝聴。
場違いな上に態度まで悪い・・・。
耳ほじってる場合じゃないぞ・・・。

 それにしても、なぜあんなに賞金にこだわったのだろう・・・。あとでよくよく考えてみると、新聞の取材班の方々の受賞が多かったからのような気がしてきた。ノミネートされていた作品にも、新聞記者の方々の書いたものが多い。そこでまったくの個人でやっている人間としては、何かこう、ふつふつとたぎるものがあるのだ。
 何故なら、新聞記者の人達は取材費が出て、その上給料も貰って取材し、執筆している。私の場合、取材費は本を出してくれる出版社が見つからないとそもそも出ない。自腹だ。見つかっても出ないことだってある。そもそも、何かを取材しても書く媒体があるかどうかわからない。最悪一円にもならない可能性もある。
 
で、取材・執筆中は無収入というか、それまでの原稿料とか印税を食いつぶして、出版できるかどうかもわからない本のために生活費から取材費を出している。ちなみに「生きさせろ! 難民化する若者たち」の取材費は総額で6万円以下。同じテーマでも新聞やテレビだったらどれほどの予算が出るのだろう。取材費の内訳は、取材されてくれた方への謝礼、私の電車賃、コーヒー代、以上。あ、コーヒーだけじゃなく、一人、取材中にオムライスを食いやがった、いや、召し上がった人がいたからオムライス代も含む。
 
ちなみに「生きさせろ!」の企画は自分で太田出版に持ち込んだ。太田出版がダメだったら、いろいろなところに持ち込むつもりでいた。その時既に取材を始めていたから、もしあのまま、どこも出版してくれるところがなかったら、今頃、出るあてのない本の取材に生活費も使い果たし、路頭に迷っていたかもしれない・・・。個人でやってる人間って、リアルに不安定だ。まさにプレカリアートだ。
 
って、なんだか完全に「妬み」っぽくなったのでこの辺にしておくが、そういう意味では今回の受賞は、6万円以下で「生きさせろ!」くらいの取材は可能だ、ということを示せた気がして嬉しい(ちなみに今回の賞を受賞した新聞の取材班の人たちも賞金はもらってません。また、私の妬みは、彼らではなく、大金使ってワーキングプアの取材をしていると私が勝手に思っている一部特権マスコミ人に向けられたものです。もちろん、素晴らしい取材をしてる大マスコミの人達も沢山います)。
 と、ここまで書いて、気づいた。これは「階級」の問題だ。非常に年収が高い大マスコミの人の周りには金持ちしかいないので、ワーキングプアを探すだけでも金がかかる(ホントはテレビなんかの下請けの人々がリアルにワーキングプアなんだけど、なぜか彼らの視界には入らない)。が、私の周りにはきれいさっぱり貧乏人しかいない。見渡す限り鮮やかすぎるほどの貧困層なので、取材にまったく困らない。そういえばよく、金持ってそうなマスコミの人に「いやー、よくこれだけ取材させてくれる人達を探しましたね」と言われる。が、私はほとんど探していない。探す以前に、周りに溢れているのだ。
 なんだかそんなことを思って、リアルにこの国に「階層」ができているんだなとつくづく感じた授賞式だったのである。こういうことをこそ、問題にして細々と考えていきたい。

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8月10日、「革命的非モテ同盟」が「雨宮処凛のオールニートニッポン」
に登場!ゲストの香山リカさんに「だからモテない」と
ダメ出しされまくってました。

 

  

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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