「断念」「見送り」とはいえ、あくまで「開会中の通常国会では」という限定付きである。法律の成立そのものを断念したり見送ったりするわけではないことに、注意しなければなるまい。政府は決して法制化をあきらめてなんかいない。
2月の当コラムで取り上げた「秘密保全法」のことだ。憲法21条に抵触する内容の法律であるが、藤村官房長官は3月19日の記者会見で「国民の知る権利や取材の自由などさまざまな意見を十分に踏まえ、慎重にやることも必要だ」と表明した(毎日新聞・3月20日付朝刊)。
法案はまだ国会に提出されていないし、閣議決定もされておらず、具体的な条文はつまびらかになっていない。2月の当コラムでも分析したが、基になるのは昨年8月に「有識者会議」なる機関がまとめた報告書だ。日本弁護士連合会(日弁連)が2、3月に開いた2度の反対集会で提起されたテーマも併せて、報告書の内容と問題点を改めて整理しておこう。
この法律の対象になるのは「国の安全(防衛)」「外交」「公共の安全及び秩序の維持(治安)」の3分野だ。その中で「国の存立にとって重要なもの」を、当の行政機関が「特別秘密」に指定する。役所の思考・行動パターンの常として、少しでも自分たちに都合が悪そうな情報は非公開にしようとするから、特別秘密の範囲がどんどん広がっていくであろうことは想像に難くない。ここが第1の大きな問題点である。
とりわけ「公共の安全・秩序の維持」という言葉はいくらでも拡大解釈ができる。たとえば原発問題に関して言えば、原発の安全性はもちろん、事故の原因、放出された放射線の量、健康への影響や環境汚染の実態などの情報が「国民の不安をあおり、公共の秩序を害する」として特別秘密にされるかもしれない(日弁連のパンフレットより)。「外交」についても、賛否両論が渦巻いているTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉内容なんかは、いかに国民の生活や健康に深く関係することであっても特別秘密とされるに違いない。
特別秘密を漏洩した公務員は、最高で懲役10年に処せられる。未遂や教唆(そそのかし)も処罰対象だ。国家公務員法の守秘義務違反(最高で懲役1年)よりかなり重くして、萎縮効果を狙っている。「正義の内部告発」もしにくくなるだろう。
さらに、「犯罪に至らないまでも社会通念上是認できない行為」によって特別秘密を取得したと判断されれば、「特定取得行為」という処罰対象になる。教唆犯を罰することとともに、取材や報道の制約を意図している。これが第2の大きな問題点だ。
「社会通念上是認できない行為」「正当な取材活動」などという曖昧な概念を持ち出しており、しかも該当するかどうかの線引きは検察・警察といった権力側が決めるのだ。取材を規制するのに、これほど便利なツールはない。そして、矛先は政府に批判的なメディアや記者に向けられる。消費増税、TPPをはじめ権力に寄り添う報道が目立つ大新聞・テレビよりも、ネット系メディアやフリージャーナリストが標的になりそうだ。
ひどいのは、この報告書の中身だけではない。それをまとめた有識者会議そのものに、恣意的な秘密指定を先取りするかのような運営が露呈した。発言者名を伏せた箇条書きの簡単な議事要旨しか作成しておらず、録音テープもなく、おまけに、やりとりを記した行政職員のメモが廃棄されていたことが明らかになった。
公文書管理法の趣旨に反すると批判が出るのはもっともだが、何より、会議に同席していた職員が示し合わせたようにメモを廃棄するっていうのは、常識的に考えると不思議である。「有識者会議の報告書の95%は官僚の作文」と聞いたことがあり、そうした経緯を表に出さないようにしたとしか思えない。「秘密保全法案の策定過程は、秘密のベールに包まれている」(東京新聞・3月16日付朝刊)との皮肉は的を射ている。
役人さんの行動形態っていうのが、よくわかりますね。「第1の大きな問題点」でも触れたが、秘密保全法が施行されれば、こうした対応が常態化するに違いない。
ところで、「マガジン9」のスタンスに厳しい皆さんの中には「秘密を守るなんて当たり前だろ。左派の連中はガタガタ言うなよ」と反論される向きがあるかもしれない。
でも、この法律、過失による漏洩も処罰対象になる。日弁連のパンフは「自衛隊の装備品を納入している企業の社員が、製品の性能を特別秘密と知らずに友人に話したら業務上過失漏洩罪になる」と解説している。当たり前のことだが、権力側の情報に近い立場にいる人ほど、処罰される可能性が高くなる。反権力側の被害妄想にはとどまらない法律なのだ。
さて、秘密保全法制の見通しである。
田島泰彦・上智大教授(憲法・メディア法)は「政府は絶対に法制化をする」と強調していた。理由は、アメリカとの関係だという。2007年に日米で結ばれた軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を受けて、アメリカから提供された軍事秘密を保護するための法整備が求められているからだそうだ。TPPでも米軍再編でもアメリカ従属の政権が焦るわけですね。
しかし、軍事秘密を守る必要性があるのだとしても、今回のように「公共の安全・秩序の維持」にまで広く投網をかけるやり方ではなく、秘密の範囲や要件を厳格に絞って運用する方法を探るべきだろう。
日弁連の反対集会には、共産党、社民党の議員にとどまらず、民主党の国会議員も何人か参加して「具体化させないように頑張っていく」「こういうことをやりたくて政権与党になったのではない」と制定に反対する意向を明確にしていた。マスコミでも、毎日新聞や東京新聞を中心に社説や特ダネ、特集で問題点を突く記事が増えてきた(朝日新聞だけは今年に入ってほとんど何も書いていないが…)。今国会への提出見送りだけで満足せず、一気に法制化そのものを断念させる取り組みが必要なのだと思う。
田島さんは、共通番号制度(マイナンバー法案)が秘密保全法制と表裏一体であるとも指摘していた。「国民の知る権利を満たすべき情報を、権力側が閉ざすのが秘密保全法。逆に、住民の情報はすべて把握しようとするのが共通番号制。ともに、統治する側からの強烈な提案です」
マイナンバー法案の問題点については2月末の当コラムでも触れたが、こちらはすでに国会に上程されており、いつ可決されてもおかしくない状況である。あちこちに目を向けなければならないけれど、引き続き注視していきたい。
監視カメラをめぐる議論などでもよく、
「やましいことがなければ問題はないはず」といった声が聞かれます。
けれど、どんなことが「問題」とされ、どんな情報がどう利用されるのかは、
実際にそうなってみないとわからない。
誰もが窮地に立たされる可能性はあるし、
情報の管理を無批判に政府に委ねてしまうこと、
そのこと自体に大きな問題があるのでは?
「マイナンバー法案と表裏一体」との田島教授の指摘、重要です。