伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2011年10月22日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

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講演者:若林美奈子
(日本及びニューヨーク州弁護士/オリック・へリントン・アンド・サトクリフ外国法事務弁護士事務所オブ・カウンセル)

講師プロフィール:
1996年、慶応義塾大学経済学部卒業、司法修習。1998年、検察官検事任官(東京、浦和、水戸地検)。2002年、現渥美坂井法律事務所・外国法共同事業。2003年、米国シカゴ大学ロースクール(2004年LL.M.取得)。2004年、オリック・ヘリントン・アンド・サトクリフLLPニューヨークオフィス(エクスターン・アソシエイト)。2005年、現渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナー。2006年、オリック・ヘリントン・アンド・サトクリフ(東京オフィス) 。現在、オリックグローバル・ファイナンス(エネルギー・インフラ)部 オブ・カウンセル。

風力や太陽光・太陽熱による発電は、今最も注目されている分野の一つとなっています。若林弁護士は、そうした再生可能エネルギープロジェクトを専門的に扱うロイヤーとして活躍されています。今回は、検事や弁護士などさまざまな経験を通じて、現在の仕事にたどり着いた若林弁護士から、法曹資格を取ることがどのような可能性を広げていくのかということについて語っていただきました。

■「犯人を追う仕事」から「風と太陽を追う仕事」へ

 「世界の風と太陽を追う仕事 」。これが現在の私の主な仕事です。各国での風力や太陽光・太陽熱の発電プロジェクトを、法的な立場からバックアップするだけでなく、より主体的に働きかけて促進してゆくことができる仕事です。法律家が入ることによって、仕事自体の可能性、ひいては再生可能エネルギーの可能性さえも拡げられる未知の可能性を内包した分野です。

 現在の仕事をするようになったのは今から約7年前で、その前はストラクチャード・ファイナンスを担当していました。さらにその前は検事として活動していました。現在の仕事に限らず、法曹の世界に入ってからの毎日は、日々めまぐるしく変化して、驚きと衝撃の連続でした。今回は、私が法曹の世界に入って「犯人を追う仕事」から「風と太陽を追う仕事」に至るまでの経緯と、今実際にどんな仕事をしているのかを中心にご紹介します。

■きっかけはJCO臨界事故

 私は1996年に修習生になって、実務修習を京都で行いました。修習中、それまでの人生経験と一番違う経験ができたのは、検察の実務修習でした。殺害の現場や司法解剖に立ち会ったり、事件関係者から話を聞いたりするなど、衝撃を受けることばかりでした。関係者と言っても、普通の会社員の方から暴力団の幹部までさまざまでした。検察での修習はわずか4か月でしたが、人にも事件にも非常に深く関わるさまざまな経験をすることができました。これらを通じて、社会には知らないことが多すぎることを痛感しました。最終的には、検察での実務修習の最後に、少女の嬰児殺の事件に関わったことがきっかけとなって、検察に入ることにしました。

 検察で担当した事件として最も印象的だったのは、1999年に茨城県東海村で起きたJCO臨界事故です。これは核燃料加工施設のJCOという会社で臨界事故が起きて、作業員3名中2名が急性放射線障害で亡くなったという事件です。当時、日本の原子力業界史上最大の事故でした。私は、5人体制の検事専従捜査チームの一人でした。捜査に加わってからは、半年以上休まずこの事件に集中しました。そしていろいろと関わっていく中で、放射線の恐ろしさを痛感することになりました。亡くなった2名の方は、それぞれ3か月後と7か月後に亡くなっています。最初はどちらもやけどのような症状でしたが、細胞が再生できなくなって、長い時間をかけて死に至りました。検察では、さまざまな人の死というものに立ち会ってきましたが、あれほど壮絶な死は見たことがありません。

 また、低線量の被ばくであっても、さまざまな放射線障害が生じる可能性があることも知りました。長期にわたる広島、長崎の原爆後の追跡研究によって、だいぶわかってきたこともありますが、それでも専門機関でもいまだにわからないことも多いのだということも知りました。この事件は私にとって衝撃的で、それ以降、原子力や放射線の脅威がない世界にしてゆきたい、そのために何かできるようになりたいと思うようになりました。とはいえ、そのときはまだ明確なビジョンを持てず、いずれにしても世界規模で取り組むべきことであるから、そろそろ仕事の幅を世界に拡げたいと思い、弁護士に転向しました。当初は、クロスボーダーの証券化や流動化といったストラクチャード・ファイナンスといった分野に主に携わりました。ビジネスの契約に携わること自体初めてだった私にとって、この分野の膨大な契約というのは大変でしたが、検事のときのように人が死傷するというわけではないという意味では、精神的に楽でした。そして本格的にクロスボーダーの案件に取り組みたいと思い、シカゴ大学ロースクールに1年間留学した後、現在働いているオリックのニューヨークオフィスに日本の事務所からのエクスターン・アソシエイトという形態で勤務するようになりました。外資の場合は、個々の案件というより職場環境すべてがすでにクロスボーダーで、案件、当事者、準拠法もすべて国境に関係なく進みます。それを世界各地の弁護士で構成するチームで対応していくというところが、私にとっては大きな魅力でした。そして、そこで出合ったのが、風力を中心とした再生可能エネルギーのプロジェクトファイナンスでした。

■再生可能エネルギープロジェクトと法曹の可能性

 再生可能エネルギープロジェクトでの仕事について紹介します。私がやっているのは、風力、太陽光、太陽熱といった発電プロジェクトを世界各地に建設していくという仕事で、それに関わるありとあらゆる法的応対を、時にはビジネスに首を突っ込んで取り扱い、時には各国の助成金制度を中心とした再生可能エネルギーの促進制度等に意見したり、担当省庁に働きかけたりして取り組み、再生可能エネルギー全体の促進に携わっています。

 例えば風力発電のプロジェクトでいうと、まずは適した風が吹くと思われる地域の風のデータをとるために、風速計を建てさせてもらえるよう、地主と土地のリース契約等を締結するところから始まり、風車の売買契約や建設契約、電気の売買契約、風車の保証契約などに携わります。また、プロジェクトの建設には莫大な資金が必要ですから、資金を集めるためのファイナンス関連契約や政府の補助金を得るための折衝、環境団体との折衝、問題が起きた場合の国際仲裁など非常に幅広い担当をすることになります。その際に、世界各地の弁護士と連携し、各国の法律をカバーする必要が出てきます。

 いわゆる日本の弁護士像とは異なっていると思いますが、基本的な仕事としては、クライアントのニーズを汲みとって、リーガル的思考を駆使して、各国の関係者や担当者と調整や交渉をしてまとめていくという、日本の普通の弁護士の仕事と同じになります。ただこの分野は比較的新しい分野なので、グローバルでも判例や先例が少ないということや、技術や制度がどんどん変わっていくので、より高い専門性が求められるという特殊性があります。また近年注目されている分野なので、新規参入されるクライアントさんも多いです。

 そのようなこともあって、もともとある法律や制度を適用していくだけではなくて、より能動的に働きかけて、たくさんの人とともに一緒につくりあげていく仕事であると言えます。東海村の臨界事故を経験した者としては、こうした活動を通じて、原発に依存しない社会をつくることに携わることができるので、非常にやりがいを感じています。

 この分野は、温暖化阻止、脱石油、そして脱原発という流れができたことで、世界的にも、日本国内でも変化を遂げています。風力発電では、洋上も増え、欧州では現在すでに45の洋上風力発電プロジェクトが稼動しており、2009年のデータでは、新規の設置容量が前年に比べて31%も伸び、37,500MWにもなっています。これは平均的な原発の約30基分に相当すると言われています。また太陽光・太陽熱も技術革新によって発電効率が高まり、コストも低減してきました。そのため欧米を中心としてマーケットが驚異的に拡がっています。

 再生可能エネルギープロジェクトは、開発段階、建設段階、操業段階という3つのステージを経て進んでいきます。特に時間がかかるのがはじめの開発段階です。用地確保や許認可、建設段階以降のファイナンスアレンジなどを行うのですが、例えば風のデータを取る場合、長ければ長いほど信用度が上がるので年単位の時間をかけるのです。許認可取得にも、何年もかかる場合があります。しかし、これらの初期の段階のアレンジは、後の建設・操業段階でのファイナンスの場面で重要となってきますので、ロイヤーは通常開発段階の、ごく初期の段階から関わることになります。

 こういった工程を経ていくため、再生可能エネルギープロジェクトとの関わりは、5年、10年、あるいは20年という長い関わりになっていくものがほとんどです。クライアントとは、一つの案件というより、まるでホームドクターのように関わってアドバイスや提案を行っていきます。大変な分だけ、自分が手がけたプロジェクトが成長したときは本当に嬉しい気持ちになります。

 私は、今回の震災を受けて、今やっている仕事の意味をより深く考えるようになりました。クライアントが持っている風車で、10メートルの津波にも、液状化にも耐えた風車がありました。風車が大型であり、しかも地中深く支柱が建てられているので、影響を受けなかったのです。東北は、国内では比較的良い風が吹く地域とされていますので、今は、その風力を活かして東北を元気にできるお手伝いができないかと検討をしているところです。

 私は今までの貴重な経験のどれもが、法曹になったからできたものだと思っています。法曹資格というのは一つの資格にすぎません。しかしこれほど様々な分野に、幅広くまた深いところまで関わることができるのは法曹ならではだと思います。さらにそこから活躍の場を拡げていけるという魅力もあります。皆さんも、従来型の仕事にとらわれず、法曹という資格を活用して、人がまったくやっていない分野の仕事にも関わっていってほしいと思います。

 

  

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