評判の映画『この世界の片隅に』を観た。観終わって、圧倒され、魂が揺さぶられるほど感動していることは確実なのだが、すぐに感想が出てこなかった(本稿はいわゆる「ネタバレ」も含みますのでご了解ください)。
原作漫画は『夕凪の街 桜の国』で知られるこうの史代さん。彼女の作品を『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直監督が長編アニメーション映画化した。
広島・江波(えば)で生まれ育ったすずは、呉の海軍に文官として勤める周作と結婚し、その地で暮らし始める。折しも戦況はどんどん悪化、暮らしも厳しさを増していく。配給の欠配は頻々と起こり、代用食や野草食などで工夫する人々。しかし遂に空襲にさらされるようになり…。
昭和初年の広島の街並みや江波の海岸が平和で美しく描かれる。穏やかな海に浮かぶ軍艦もが美しい。そうした日常の場面と、空襲や爆撃、それに伴う負傷や死といった凄惨な非日常とのあわいが、あまりにもあっけなく綻びる。
呉は軍港の町だ。好きで得意な写生をすずは憲兵にスパイ疑惑だと咎められる。人々は何度も発令される空襲警報に次第に馴れていく。非日常が日常化していく。ほんの少しずつ抉られるように。
それでも、毎日は続く。親しい人が亡くなっても、自分の肉体が傷ついても、毎日は続く。それがリアリティをもって観客に迫ってくるのは、情景から登場人物の動きにいたるまでゆるがせにしない片渕監督の“こだわり”の賜物だろう。音響監督でもある片渕監督が追求した射撃・爆撃音の恐ろしさにも慄然とした。
だからといって「リアルなアニメ」ではない。いや、アニメーションならではの表現が駆使されている。幼いすずの描く絵は童画的に動き、不発弾の爆発ですずが気を失う場面ではカリグラフィーが効果的に挿入される。
すずの声優であるのん(本名・能年玲奈)さんをはじめ、声優陣の活躍も見逃せない。特に周作の母・北條サン役の新谷真弓さんは、他の声優向けのガイド用に広島弁のすべての台詞を吹き込んだというから、力の入れようが分かる。
原爆投下を経て戦争は終わる。被爆や戦災に苦しみながらも、戦後のすずたちの新しい生活にひとつの「希望」が舞い込むところで映画は終わる。
反戦を声高に叫ばないからいい、という向きもあるようだが、それは情報量の多さと正確さに裏づけされたさまざまな見方ができるからであって、むしろ戦争の実相を観客に考えさせる作品ではないだろうか。
(中津十三)