森永卓郎の戦争と平和講座

 日本銀行は、9月20日から21日に行った金融政策決定会合で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」策の導入を決めた。この施策のなかで、短期金利は、現行の0.1%のマイナス金利政策を維持し、長期金利を、現状の0%程度を目標にコントロールする施策を導入するとした。短期金利も長期金利も現状通りだから、一見、金融政策は現状と変わらないようにもみえる。短期的には確かにそうなのだが、中期的には、今回の政策変更は大きな変化をもたらす。これまで掲げてきた日銀の目標は、年間80兆円の国債買い入れだった。その目標を取り下げ、長期金利を0%に誘導するという新たな目標に転換するということは、場合によっては、国債購入をペースダウンさせるということだ。つまり、日銀は異次元金融緩和以降続けてきた、量的金融緩和の姿勢を大きく後退させたことになる。そのことは、今後、円高を招き、デフレからの完全脱却をますます難しくするとみられるが、そのことと同じくらい問題なのは、今回、日銀が、異次元金融緩和の「総括的検証」のなかで、マイナス金利政策について、マクロ的な悪影響はないと断じて、今後も継続する方針を示したことだ。
 マイナス金利政策というのは、今年1月に日銀が導入を決めた金融政策で、銀行が日銀に預ける当座預金の今年2月以降の増加分に対して、0.1%のマイナス金利を付す金融政策だ。これによって、日銀は、銀行が企業への貸出を増やすだろうとみていた。日銀に預けておいても、マイナスの金利をつけられてしまうのだから、金利が低くても、企業に貸したほうがましだと銀行が判断するだろうという目論みだった。
 統計でみると、それは上手く行ったようにもみえる。今年8月末の貸出金残高をみると、全国銀行ベースで、前年比2.2%増えているからだ。
 しかし業態ごとの内訳をみると、融資増の原因は、地方銀行が4.0%も貸出を増やしたことで、都市銀行は▲0.6%と、逆に融資を減らしているのだ。一体何が起きているのだろうか。

 私は地銀が、日銀にまんまと、はめられたのではないかと考えている。いま地銀の経営環境は厳しい。人口減と地方経済の疲弊が重なっているからだ。金融庁の調査によれば、いまから9年後には、地銀の6割が本業赤字に転落するという。また、現実問題としても、いま地銀は、統合再編の真っただ中にある。今年4月に横浜銀行(神奈川)と東日本銀行(東京)が経営統合し、常陽銀行(茨城県)と、足利銀行を傘下に持つ足利ホールディングス(栃木県)もこの10月に経営統合した。さらに、ふくおかフィナンシャルグループと長崎県首位の十八銀行も、2017年4月を目途に経営統合することが発表された。
 そうした厳しい経営環境のなかで、これまでの日銀の金融緩和で国債金利が低下したことから、国債の価格は上昇した。そこで、地銀は収益を稼ぐために、手持ちの国債を売ってきたのだ。問題は、そこで得た資金を今度はどこに投ずるかだ。地銀が本来担うべき地方企業の経営は、さんたんたる状態だから、融資の拡大など、とてもできない。しかし、地銀の融資先は地元企業に限られているわけではない。そこで彼らは、いま値上がりの著しい大都市部の不動産投機への融資に資金をつぎ込んでいるのではないだろうか。
 私の想像を直接統計で確かめることはできない。不動産投機は、たいていの場合、事業やプロジェクトの体裁を取っている。銀行は投機にカネを貸せないからだ。
 ただ、私の推測には、状況証拠がある。日銀の業種別貸出統計だ。これによると、今年6月末の不動産業への貸出は、銀行業全体で、前年比6.7%も伸びているのだ。
 貸出先がないから、不動産融資にのめり込むというのは、80年代後半からのバブルのときと同じだ。
 バブル期まで、日銀は銀行に対する窓口指導を続けていた。各銀行に貸出の伸び率上限を指示していたのだ。銀行は融資の伸び率がそれを下回ると、翌年の融資枠が削られるため、融資額を増やすために不動産融資にのめり込んでいった。それが、バブル経済を創り出したのだ。
 バブル期と同じことが起きている可能性は、すでに地価に現れている。銀座四丁目の鳩居堂前の路線価は、バブルのピークのときに坪当たり1億2000万円だったが、今年は1億560万円とほぼ同水準になっている。
 いま地銀の経営は好調にみえる。しかし、都心部の不動産のバブルが崩壊すれば、不動産融資が不良債権化するから、一気に経営破たんに追い込まれる地銀が続出するだろう。金融は経済の血液だから、そんなことが起きれば、地方経済はおしまいだ。都心のバブル崩壊が、地方を破滅に導く。ところが、日銀の幹部は、そんなことは気にしていないのだろう。

 斎藤貴男氏の名著『機会不平等』では、権力者、あるいは利権を得た人たちが、自分の周囲の人たちがどんなに苦しんでいても、気にかけない、あるいは当然だと思っていることが明らかにされた。いまの日銀の金融政策も同じなのではないか。地方なんて、いずれ消滅するのだから、地銀がつぶれようとも、それは単に地方消滅を少し早めるくらいの効果しかない。
 それが、「総括的検証」で、マイナス金利はマクロ的に悪影響を及ぼしていないということの、本当の意味なのかもしれない。

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第73回 日銀の新しい金融政策の枠組みで何が起きるのか」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    マクロ経済から日々の暮らしの経済まで、モリタクさんの「地に足のついたレクチャー」で、私たちはバブル後の未来も、絶望することなく、平和的に生き延びたいと思います。悲しいことですが、権力者たちは、普通の人たちの生活には、関心などないので、現実的には、自己防衛するしかないのです。
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  2. 地銀が湾岸のタワマンに出資してるってことか。この説は面白いな〜。
    TBSも菅野美穂の新ドラマに力入れるわけだw

  3. 樋口 隆史 より:

    いつもためになります。森永さんはコメントについて自由に掲載されておられるので、いろんな意見が読めますし、民主主義的に立派なことをなさっておられると思います。斎藤貴男氏の『機会不平等』を読んだとき、こんな未来は絶対嫌だしろくなことにならないと思いましたが、現実になってしまいました。個人的意見ですが、この先、日本は第二の敗戦を迎えることになると思います。かつて軍事戦争に敗れて、経済戦争でめざましい戦果を上げた。でも、日本は勝った後のやり方を知らない。となると最終的には「負け」を招くことになる。論理の飛躍が甚だしく恐縮です。問題は、これまでのように無視されていたり市井に埋められてしまった本当に実力のある人たちが立ち上がって、敗戦処理を見事に行ってくれるかどうかだと思います。願わくばそういった方々がご健在でありますように。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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