三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

ヘリパッド建設やオスプレイ強行配備に反対する沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いた『標的の村』、そして美しい海を埋め立てて巨大な軍港を備えた新基地が造られようとしている辺野古での人々の戦いを描いた『戦場ぬ止み』など、ドキュメンタリー映画を通じて、沖縄の現状を伝えてきた映画監督三上智恵さん。今も現場でカメラを回し続けている三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。不定期連載でお届けします。

第58回

石垣島の豊年祭
~農民の心意気~

 旧暦の6月から8月にかけて、八重山は祭り一色に染まる。沖縄本島、宮古島と違って、八重山(石垣島、竹富島、小浜島、黒島、新城島、西表島、波照間島)の祭りは、強烈な日差しに輝く鮮やかな極彩色、そして村中が劇団員なのか? というレベルの歌と踊りに圧倒される。このところずっと高江や辺野古で国に追い詰められていく県民の姿ばかり紹介してきたので、今回は先週末行われた石垣島最大のイベント「四箇字豊年祭」をご覧いただこうと思う。

 四箇字(よんかあざ)とは、石垣・新川・登野城・大川の四つの字を指す。「よんかあざ」とも、「しかあざ」(略してシカ)ともいうが、要するに市役所や港がある石垣島中心部の4つの集落を総称する言い方だ。石垣では「シカの人?」というと、今は「石垣島でも都会のほうに住んでる人ね?」という感じに使われるが、もともとガッツリ農業で生きてきた地域であり、この豊年祭を中心になって仕切るのも古い農家ベースであって、ちょっとした移住者には敷居の高いムラの結束のもとに祭りは行われている。

 祭りは2日間。1日目は「オンプール」と言って4つの字それぞれの御嶽(ウタキ)で神行事、奉納芸能が展開される。2日目は「ムラプール」と言って4つの字がそれぞれ旗頭(ハタガシラ)の行列を仕立てて新川集落の「マイツバ御嶽」に大集合。それぞれの字が競い合うようにして、神役のツカサの女性たちを前に芸能を披露する。それを集まってきた老若男女が楽しむといった具合だ。

 今回は、時間がなくて文字スーパーを入れられなかったが、動画の最初のシーンは登野城集落の御嶽「イミナスオタケ」で、まずは米の神様に豊作の報告と感謝を捧げた。そして天川御嶽に移って、神をもてなす奉納芸能が披露された。自衛隊の石垣島配備に毅然と反対している山里節子さんのことは以前もここで紹介したが、登野城で生まれ育った節子さんは、老人会を中心とした「まき踊り」の中で面白い役を務めていた。節子さん、手ぬぐいで顔を隠し、赤いふんどしを締めて、足にマジックでスネ毛まで書いていた。「何の役ですか?」と聞くと「パーシャ」ですよ、と。パーシャというのは道化役、ピエロ。いつも馬鹿なことをやって笑わせる人のこともパーシャという。「神さまも、まじめな芸能だけじゃ飽きちゃうでしょ?」といたずらっぽく笑った。

 各字の誇りの象徴が「旗頭」だ。男性陣が威信をかけて大空を舞うように旗を突き上げていくさまは、力強く、エロティックでさえある。腰に巻いた綱に乗せるような形に持っていくまでがまず大変だし、かなり反り返らないとバランスも取れない。私のような腰痛持ちは見ているだけで腰が痛い。反り返りすぎてバランスを崩すシーンもあえて入れたが、その難しさを知ってもらうためである。でも、たまたまとはいえ、大川集落だけこんなシーンを使うとは失礼だ! という非難が飛んできそうである。そのくらい旗頭は地域の誇りをかけた勇壮な出し物なのだ。

 「瑞雲」「五風十雨」「薫風」など、旗頭に書かれた文字には伝統があり、それぞれに祈りがある。「五風十雨」の意味は〈五日ごとにさわやかな風が吹き、十日ごとに静かに雨が降れば、豊作になり天下泰平となる〉、「薫風」は〈若葉薫るさわやかな南風が五穀豊穣をもたらす〉という、どれも農民が天の神・地の神に祈り、感謝し、ムラの安泰と繁栄を祈るものになっている。

 字のシンボルである旗頭については、地域ごとに「旗頭本」があってデザインにも文字にも厳しいルールがあるそうだ。隣村のあのデザインが素敵だからと、ちょっとアイディアをいただいたりしたら、とたんに騒動になると言う。オリジナルの表徴をきちんと紙の資料にして守っているのが旗頭本。孟宗竹が入ってきて高さは以前より高く太くなり、沖縄電力が一部の電線を付け替えてまで行列を通している。

 4つの字が大集合するのはマイツバ御嶽。境内では各集落の出し物が次々に展開されるが、やはりこれも一年の農作業を模した芸能が多い。

 白ひげの老人が道の向こうからやってきて、幼子を両脇においた神人に「五穀の種子」を渡すシーン。これは沖縄中の祭りに出てくるモチーフだが、天の神さまが稲、ひえ、粟など五穀の種子を授けてくださり、それからこの地域に農耕が始まったという歴史を寿ぐもの。

 種子を得た次には、まずは神に祈る場面として、神人のいでたちの女性を先頭にした行列がやってくる。後ろから古老たちが歌う「ヤーラヨー節」。これは直訳すれば柔らかい世の中、台風などの強い風ではなく、旱魃をもたらす強い日差しではなく、柔らかい風のもと、柔らかい雨のもと、作物の病気もなく、平穏な季節になりますようにという祈りの歌でもある。

 まずは祈りがあって、それから農作は始まる。稲を植える場面から演じるのは八重山農業の高校生たち。みんなで力を合わせて収穫、脱穀、精米を薦めていくシーンのいきいきしているさまには、なぜか涙が出てくる。自衛隊基地が農地の近くに来てしまうことで反対の声を上げている区長の娘さんがその中にいて、よく農作業を手伝っている親孝行な学生であることを知っているから、ということもあるが、農民として生きてきた親たちを、この島を、誇りに思い農業の道に進む子どもたちの屈託のない笑顔を、「中国が攻めてくる」と恐れおののく人たちが肥大化させていく軍備によって曇らせたくない。本土の人間たちにそんな権利はない。彼らの未来を守りたい。そう思って涙目で見つめてしまった。

 クライマックスは大通りで展開される綱引きなのだが、その前に2つ「アヒャー綱」と「ツナヌミン」と言う見所がある。

 婦人の代表が神ツカサの女性から「ブルボー」という木の棒を賜る。とたんにサーサーサー! と女性たちの声が集まってくる。この女性たちだけで行う儀式を「アヒャー綱」といい、熱気の中でこの棒によって雄綱と雌綱を結合させるのだ。それはもちろん性的な結合を模した儀式である。めしべとおしべも、男女も、作物や命を生み出すおおもとの神秘的な瞬間というのは雌雄の結合である。確実にそれを行うことで来る年の豊作を予祝するのだ。

 夕暮れの中、たいまつがともり、旗頭の中にも灯りが入る。綱引き直前の興奮も高まる中で「ツナヌミン」が始まる。東西からいかだの上に乗せられた「武士」と「農民」が中央に向かって進んでくる。牛若丸と弁慶などと呼んでいる人もいるが、これは八重山全体にあるモチーフで離島民を表す「農民」と、首里から派遣された権力のある「武士」の対決を表している。なぎなたを持っている武士に対し、両手に鎌を持って対抗する農民。これが、中央権力に屈しているだけでなく誇りを持って立ち向かってく島人(シマピトゥ)の姿である。だから、本来は武士が強いのであろうが、このツナヌミンでかっこいいのは鎌を持った農民のほうだ。今回の農民役は見事に反り返り、高く跳躍し、例年に増してかっこよかった。薄暮の空を背景に演じられた農民の心意気に酔いしれた観衆は、やおら近くの綱を手に持ち、号砲の中、綱引き一番勝負に加わった。

 日が落ちても灼熱の太陽の熱気は去らず、私たちは撮影を終えてからも噴出すような汗にくらくらした。この暑さの中で踊っていた80歳過ぎた女性もいる団体は、公民館の打ち上げに向かった。70代の節子さんたちは夜12時近くまで公民館で騒いでいたと言う。私たちは11時にバタンキューだった。このエネルギーはなんだろう。首里王府による圧制に苦しんだ離島では、収穫の喜びにそれこそ気が狂ったように踊り、歌い、飲んで騒いだ。人頭税が苦しかった分、先島の祭りで農民たちが夏ごとに炸裂させるパワーというのは、沖縄本島には見られないものだ。

 島の土に向き合って、そこに根を張り、苦しさを分け合い、喜びを増幅しあって生きてきた農民たち。かつて日本中がそうであったように、農耕儀礼で結ばれた共同体のゆるぎない力に圧倒される。都知事が変わり、防衛大臣も変わると言うが、そんな揺らぎまくったニュースはここでは無価値なものに感じる。こんな太い人間の営みを、一体誰が崩せると言うのか。よそ者にそんな権限があるはずがない、と確信する。

 「一番尊いのは農民です」。そういった阿波根昌鴻さんの言葉は永遠に真実だと思う。

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第58回石垣島の豊年祭 ~農民の心意気~」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    阿波根昌鴻さんは、沖縄での米軍による土地の強制接収に反対し、反戦・平和運動の先頭に立って活動された方です。島で暮らし、農業で暮らす人たちは、自然とのかかわりの中でしか生きていけないことをよく知っていたのでしょう。だからこそ、祈りや信仰が生まれ、こうしたお祭りを通して、コミュニティの結束も強く結ばれてきたのだと思います。ここまで豊かな文化が残っている地域は、日本ではもう多くないのではないでしょうか。豊かさとは何か? 未来に何を残したいのか? そう問いかけられている気がします。

  2. 鶴野琢志 より:

    「一番尊いのは農民です」今この言葉を聞くことはほとんどなくなりました。ごはんを粗末にすれば「お百姓さんに申し訳ない」と親から怒られる子供もいなくなったことだろうと思います。日本の文化の基礎を築いてきた農業は「儲けるかどうか」で切り捨てられTPPによって葬られようとしています。石垣島のこの豊年祭りが守り伝えられますよう心から願わずにはおれません。ありがとうございました。

  3. 多賀恭一 より:

    やはり、尖閣諸島に中国が来た。北京は人民解放軍を制御できていない。9月上旬には戦闘に発展する可能性が高い。日本の国会は衆参両院とも改憲勢力が三分の二を超えた。
    いよいよ戦争だ。9条改悪だ。
    日本の戦費は年金と医療補助をぶった切って作るのだろう。

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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