風塵だより

 本心を言えば、けっこうガッカリしている。でも…と心を鼓舞する。以下は、負け惜しみと取られてもかまわないけれど、書いておこう。

 まあ、野党協力がかなり成功したんじゃないかな。なにせ、1人区で11も「自公“野合”与党」(笑)に競り勝ったんだから、それなりの効果は発揮したわけだ。ことに東北地方では、野党協力が見事に花開いた。これは、次の選挙への大きな足掛かりになるはずだ(残念ながら東北の中では、ぼくのふるさとの秋田だけが、自民党に競り負けてしまったが…苦笑)。

 それにしても、確かに「改憲派」が衆参両院の3分の2の議席を占めたのだから、これからいつでも「憲法改定発議」ができる条件は整ったということになってしまった。
 こういう時には、やはりきちんと「日本国憲法」を読み返しておきたい。また、思わず「戦前か!?」(古いギャグ「欧米か!?」のパクリです)と呆れ返ってしまうような「自由民主党 日本国憲法改正草案」が堂々と提示されているのだから、両者を読み比べておかなくてはならない。
 「自民党改憲草案」は、ぜひ一度読んでもらいたい。ホント、驚きますよ!

 さて、今回の参院選で、やたらと話題になった「3分の2」とはどういうことか。「日本国憲法 第九章 改正」は、次のように規定している。

第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

 この条文が「3分の2」の根拠である。
 衆議院ではすでに「改憲派」が3分の2以上の議席を占めているし、今回の選挙で参議院でも3分の2を超えた。つまり、その議員たちが安倍首相の号令で「改憲するぞ」と議決すれば、いわゆる「憲法改正国民投票」を行うという進み行きになる。
 だが、この国民投票はかなり危なっかしい。まず「過半数の賛成」と書かれているけれど、それが「有権者の過半数」か「投票者の過半数」か、もしくは「有効投票の過半数」か、それは憲法には示されていない(注・ただし、「日本国憲法の改正手続きに関する法律(憲法改正国民投票法)」では、とりあえず「有効投票数の過半数」と規定されている)。
 肝心の「国民投票法」にも、かなりの穴がある。これは「風塵だより74 危ない憲法改正国民投票法105条」で指摘した通り。詳しくは、この「風塵だより74」を参照してほしいが、国民投票に関してのルールは、まだまだ不十分ということだ。

 国民投票で言えば、先日行われた「EU離脱」をめぐるイギリスの国民投票の例もある。
 危なっかしいルールの下で国民投票が行われるとしたら、国の根幹にかかわる大黒柱が揺らいでしまう。だが安倍首相は、今回の選挙結果に乗じて、とにかく「改憲」に突っ走ろうと躍起だ。この人にかかっては、ルールも何もあったもんじゃない、とにかく自分に都合のいいことならリクツなんかどうでもいいのだから。
 参院選では、街頭演説でも党首討論でも「憲法」について、安倍首相はほとんど触れなかった。どんな調査でも「改憲、特に9条改憲には反対が多い」との結果が出ていたから「憲法改正には触れない方が得策」と、安倍側近がアドヴァイスしたという。
 だが、いつもと同じように、安倍首相は選挙結果が出たとたんに豹変、得意げに「改憲」について語り始めた。たとえば、テレビ東京の選挙特番で、池上彰さんの質問に、大筋で次のように答えている。

憲法改正は、自民党の立党以来の悲願でした。憲法を改正すると、私はずっと申し上げてきている。選挙公約にもそう書いてあります。また、どの条文を変えていくかについては、すでに『自民党 憲法改正草案』をお示ししているわけであります。どの部分かについては、『前文』からすべてを含めて変えていきたい。

 いやはや、である。前文を含めて全面改憲したいというのだから、ただ事じゃない。
 それならばなぜ、選挙期間中は「改憲」を封印して「アベノミクスは道なかば。これを強力に推し進めていく」ことばかりを強調したのか。野党が批判したように、まさに「争点隠し」だったのだ。国の根幹にかかわる大問題にはまるで触れず、選挙が終わったとたん「改憲」を吠え立てる。いつもの手だとは承知しているけれど、やり口があまりに小汚い!

 では、安倍首相が吹聴する「自民党改憲草案」とはいかなる代物かを、少し検討してみる。
 ぼくは長い間、出版に携わってきた。さまざまな雑誌や本を作ってきた。だから「表現の自由」については、強い関心を持っている。これはまさに「出版という仕事」にとっての最低限の守るべき砦である。その「最後の砦」を、自民党草案はどう改定しようとしているのか?

 現行の日本国憲法「表現の自由」は、次のような規定だ。

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保証する。

 ところが「自民草案」では、その第二十一条の2として、次のような条文を書き加えている。

2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

 ぼくはゾッとする。
 「公益及び公の秩序を害する…」とは、いったい何を指すのか? いったい誰が、それを認定するのか? 政府か、官僚か、裁判所か、それとも自民党の政治家どもか!
 繰り返すが「戦前か!?」である。
 冗談じゃない。出版活動も、政府の顔色をうかがいながら恐る恐る…なんてことになりかねない。
 現に、テレビ局への安倍政権の脅迫じみた申し入れに、テレビ局の「自粛という名の偏向報道」は、ほとんど地獄への道を辿っているではないか。国際NPO「国境なき記者団」が発表した今年度の「日本の報道の自由度」は、なんと世界72位である。民主党政権時代には世界11位だった自由度が、安倍政権になってから凄まじいスピードで下がり続け、いわゆる先進国中では最下位となってしまったのだ。
 それをさらに低下させようというのが安倍政権のメディア戦略である。それが、そのまま「自民党改憲草案」に書かれているのだ。

 ぼくらの知らないところで、
 「このNPO法人は政府批判ばかりしていますね」
 「まさに、公の秩序を乱しとりますなあ」
 「法人認可を取り消しますか」
 「そんなことより、いっそ解散させたらどうですか」
 「そうそう、取り締まらないといかんですなあ」…。
 そしてある日、ある団体の事務所が「公の秩序を害した罪」とやらで捜索を受け、職員たちが逮捕される、なんてことも、あながち考え過ぎとはいえなくなるだろう。
 実際、考え過ぎどころか、最近の自民党の公式HPでは、そうとうに危ない動きが見てとれる。これは、ツイッター上で「密告制度」として猛烈な批判を受けた件だが、毎日新聞(7月10日付)の記事を引用する。

 自民党が、教育現場の「政治的中立性を逸脱するような不適切な事例」を、党のホームページ(HP)で募っている。党は中立性を逸脱した教員への罰則を含めた法改正を検討しており、その実態調査だと説明する。これに対し教員からは「生徒からの密告を促すものだ」と批判の声が上がっている。
 木原稔・党文部科学部会長(衆院熊本1区)は7日、ツイッターに「18歳の高校生が特定のイデオロギーに染まった結論に導かれる事を危惧してます。皆さまのご協力をお願いいたします」と投稿し、HPのリンクを張った。(略)
 「いつ、だれが」など具体的な情報を所定の欄に記入するよう求めていた。

 これは自民党の公式HPに「学校教育における政治的中立性についての実態調査」と題して掲載されたものだったが、あまりのひどさに批判殺到、そこでこっそりと改変されていた。こういうことだ。

旧文 教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し…。
改定文 教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「安保関連法は廃止にすべき」と主張し…

 どう変えたか一目瞭然。つまり、最初は「子供を戦場に送るな」を偏向だととらえていたのだが、批判を受けるや、そこを「安保関連法…」に差し替えたというわけだ。しかも、罰則まで考えているという。
 自民党にとっては「戦争反対」は偏向であるとの認識なのだ。
 そういえば、最近、地方自治体では「憲法を守れ」という趣旨の集会には「政治的偏向」だとして施設を貸し出さない、などという例が相次いでいる。この傾向は、明らかに自民党の醜い圧力と関係がある。

 政治家も公務員も、一度憲法をきちんと読んだほうがいい。いまさら言うまでもないが、日本国憲法の条文だ!

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 遠山の金さんなら「てめえら、耳の穴かっぽじって、よっく聞けえ!」というところだ。
 これは、現行憲法に規定された数少ない「義務」という言葉が出てくる条文だ。当然ながら、「憲法を守れ」というのが偏向だと主張するような連中は、政治家にも公務員にも就いてはいけないことになる。それこそ「究極の偏向」なのだから。
 そういうヤカラは、本来なら桃太郎侍に「てめえら人間じゃねえ、ぶった斬ってやる!」と斬り捨てられるのがオチなのだ。
 ところが、「自民党改憲草案」は、この条文にもケチをつけている。

第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

 という条項を「憲法尊重擁護義務」に付け加えたのだ。憲法を順守するのは国民ではなく権力を行使する者に課せられた義務だったものを、いつの間にか国民へとすり替えてしまったのだ(注・これがなぜ第百二条なのか。実はその前に「第九章 緊急事態」という第九十八、九十九条が付け加えられたためだ。この「緊急事態条項」こそ、安倍が狙う最大の改憲項目だ。それに関しては改めて検討したい)。
 ここで声を大にして言っておかなければならない。
 現行憲法上では、国民には「憲法擁護の義務」はない。それを義務づけられているのは「権力者」なのだ。これが「立憲主義」の基礎である。「立憲主義」を嫌い、そのくびきから逃れて国民を支配しようというのが「自民党改憲草案」なのだ。
 むろん、第百二条の2で、国会議員や国務大臣、裁判官その他の公務員の憲法擁護義務を書き込んでいるが、そこからはなぜか「天皇又は摂政」が消えている。これもまた「戦前か!?」復活。

 おそろしい世の中が、とうとうすぐそばまでやって来た。
 しばらくは、憲法について考えていかなければならない日々…。

 だが、一筋の光明が見えている。
 参院選と同時に行われた鹿児島県知事選では、「川内原発の一時停止」を訴えた、元テレビ朝日のコメンテーター三反園訓さんが、伊藤祐一郎現知事を大差で破って当選した。伊藤知事の多選批判も大きかったが、それでも「原発停止」に多くの県民が反応したのは事実。
 東京都知事選が間近に迫っている。鳥越俊太郎さんが立候補の意志を固めたようだ。彼が野党統一候補となれば、勝機は十分にある。この国の首都に、安倍政権に抗う旗が立つならば、それは大きな意志表示だ。
 鹿児島県に続いて、東京都でも…。

 さらに、沖縄では現職大臣の島尻あい子氏が伊波洋一さんに大差で負け、福島県でも現職法相の岩城光英氏が増子輝彦さんに競り負けた。沖縄と福島。安倍政権下でないがしろにされてきたところでは、はっきりと「アベNO!」が示された。

 希望の芽は、確かに息づいている。

 

  

※コメントは承認制です。
82 「自民党改憲草案」は「戦前か!?」」 に2件のコメント

  1. 島 憲治 より:

    一人でも多くの人の目に触れさせたい「マガジン9」。そして、国民を長い冬眠から覚まさせなければならない。食べ物は口にしてみないことにはその味は分からない。                                    >この人にかかっては、ルールも何もあったもんじゃない、とにかく自分に都合のいいことならリクツなんかどうでもいいのだから。
    なぜ、こういう人が総理の座に座っていられるのか。主権者側に何か問題があるのだろうか。
    > 自民党にとっては「戦争反対」は偏向であるとの認識なのだ。
     憲法を遵守することが偏向と評価する構造。でも有権者は自民党を支持する。民主主義制度が終焉を迎えるのか否か、この構造の解明が鍵を握る。                                            それにしても、「日本の報道の自由度」の低さには驚く。このままでは民主主義の生命線である「表現の自由」の息きの根が止められる。止められた「表現の自由」は民主政の過程では復活不可能。報道関係経営者の経営哲学をより一層鍛え、言葉の力に執念を燃やして欲しい。

  2. 樋口 隆史 より:

    与党それに改憲勢力といっても自民党一党だけでないので、いきなり9条改憲と国民主権撤廃は出してこれないと思います。
    それより怖いのは、憲法を骨抜きにしてしまうような戦前の治安維持法に近い法案をゴリ押ししてきそう。そんな予感がしています。
    もちろん、その本質を見透かされないようにかなり工夫した内容になってくると思いますが・・・・・・。
    これなら国民投票をしなくても日本国憲法を無力化できますし、「日本国憲法 第九章 改正」も無視して国会内だけで憲法を変更できるでしょう。
    今から国民の皆さんにあたっては、パンドラの箱を開けてしまったことについて後悔するくだりの歴史をなぞっていくことでしょう。
    カルト化した政治によって。
    もう絶望の日々で頭がおかしくなりそうです。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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