「安保法制違憲訴訟の会」の共同代表を務め、マガ9でもおなじみの塾長こと伊藤真弁護士によると、「訴訟のゴールは、立憲主義と国民主権の回復。そのために違憲の安保法制を廃止させることが必要。また憲法を守ることが、国会議員の最大のコンプライアンス(法令遵守)だ。その当たり前のことを、この国に根付かせなければならない」と、この訴訟の意義を語っています。
裁判の原告としては、戦争被害者や体験者、基地や原発の周辺住民などをはじめ、広く国民に参加してもらうことを想定し、申し立て費用や弁護士費用の負担を無償として、気軽に参加できるようにする予定とのこと。
この裁判の意義や原告への呼びかけなど、広く市民に知ってもらいたいと考え、マガジン9でも随時、安保違憲訴訟の動きについて、紹介していきます。
まずは、共同代表のお一人、女性の人権を守るために尽力して来られた角田由起子弁護士より、寄稿をいただきました。
安保法制違憲訴訟が始まります!
角田由紀子
(安保法制違憲訴訟の会共同代表)
2016年3月29日、また一つ決して忘れてはならない日付が増えた。安保法制施行の日だ。2013年12月6日、特定秘密保護法の成立を契機とした「戦争する国」に向かっての暴走が一気に加速してから2年余が経過した。その中で、2015年の春から初秋にかけて、日本の市民はもしかしたら戦後初めて民主主義と向きあったのかも知れない。戦後すぐに小学校に入り、教室で憲法が真面目に教えられていた世代に属する私だが、民主主義については、呆れたことに多数決とほぼ同義語のように教えられてきていた。ところが、2015年夏の国会前の若者を中心とする行動の中で、多くの市民は民主主義を学び直すことになった。憲法破壊的な政治の暴走の中で、私は「立憲主義」についても学び直した。かつては、憲法の教科書にあった退屈な言葉(!)「立憲主義」が急に力強く大切なものであることを、思い知ったのだ。
2015年9月19日、安保法制は成立したことにされたが、その時から未来への新しい希望も生まれた。私たちが目撃した不正とどう闘うのか。この国の立憲主義が破壊されているのに手をこまねいていていいのか。何よりも戦後70年余、戦争とは無縁で、言葉の正しい意味での平和的生存権の下で生きることができた毎日が奪われるままにしておいてよいのか。子どもたちに戦争のない未来をどうすれば確実に手渡すことができるのか。法律家の一角を占める弁護士の有志が集まって、これらの目的達成のために、違憲訴訟を起こそうではないか、司法の中で闘おうという意見が湧きあがった。私たちは、まず、2015年11月から全国の心ある弁護士たちに違憲訴訟への賛同を求め、全国各地での共同行動を呼びかけた。2016年4月初めには、630名を超える弁護士たちが結集した。裁判の原告になりたいという人々は1000人を超えた。
確かに、この国では違憲裁判は難しいとされてきた。ある法律が違憲であることを抽象的に確認する裁判を、裁判所が門前払いをしてきたのは事実だ。今までの裁判所の見解、つまり、具体的な事件についての具体的な損害・被害についてしか判断ができないというものを一つの枠組みとして認めながら、この枠組みでありつづけてよいのかということも問い直す裁判を考えてきている。
私たちが準備している裁判は、大きく分けて二つある。一つは、自衛隊が海外に出て行くことを差し止めるもの(行政訴訟)であり、もう一つは安保法制によって既に具体的に起きている様々な被害への損害賠償を求めるもの(国家賠償請求訴訟)だ。裁判準備の中で、私自身も多くの人に会ってこの間の被害状況を聞いてきた。戦争は確かにまだ起きていない。しかし、多くの人々は、戦争が引き起こすに違いない危険や被害をやむなく受け入れさせられることに、すでに苦吟し、苦痛に身を刻まれる思いをしているのだ。ある母親は、自分の「弱虫」の息子が、銃を担いで海外で戦争に参加する姿を思い描いただけで、切なく、怖く、かわいそうでと涙を流した。彼女は、「自分の子どもを戦争にやるために産んで育ててきた母親なんていません」と断言した。もう、「靖国の母」はこの国にはいない。彼女にとっては、安保法制の施行は、地獄への一歩なのだ。少し年配の人であれば、実際の戦争や空襲の具体的な記憶を持っている。原爆の被害にあった人や沖縄で生死の境をさまよった人たちにとっては、それは決して忘れることのできないことだ。忘れることなんかあり得ない。心と身体にぴったりと張り付いた何かだ。私たちは、この70年あまり、外国の戦争については見聞きしても、自分たちが当事者となり、自分の子どもや親しい人が人殺しに加担させられることなど、考えてもみなかった。憲法9条がそれを私たちにしっかりと保障してきてくれたのだ。
私たちが準備している違憲訴訟について、弁護士の中にも少なくない慎重論がある。曰く、もし、裁判所が合憲判決を出したら、どう責任を取るのかというたぐいの議論だ。しかし、それを恐れて今の恐るべき政治状況の中で、何もしないという選択はありえない。少なくとも私にはそれはない。考えの浅い裁判官がいないという保障はない。しかし、そのような判断には国民・市民が理路整然と反論し、批判することで、いずれ判断を変えさせることができよう。私の40年余の弁護士としての経験からすれば、はじめから勝てることが保障されているような事件よりも、そうでない事件に敢然と取組み、新しい法規範を打ちたてることの方がずっとやりがいがある。婚外子差別裁判も負け続けて、最後には勝利に辿り着いた。この違憲訴訟では、裁判官にもこの国に生きる一人として、何よりも憲法に従った正しい判断をしてほしいと切望する。
4月20日、思いを一つにする原告たちの決起集会(若者には笑われそうなネーミングかも知れないが)を、午後6時から参議院議員会館講堂で開く。多くの方々のご参加を。裁判は、今回は東京地裁への第一弾であるが、今後も続々と全国で起こし、民主主義奪還の国民運動の一環として多くの皆さんと共に闘い続けたい。その先にこそ、私たちはこの国の未来を見ることができる。
角田由紀子(つのだ ゆきこ)1942年北九州市生まれ。67年東京大学文学部卒業。75年に弁護士登録。以後、東京弁護士会および日本弁護士連合会の女性の権利に関する委員会の委員を務め、83年以降は女性の権利に関わる事件を多く手がける。1986年より民間のボランティア組織である東京強姦救援センターの法律アドヴァイザーを務め、福岡事件、秋田事件、東北大学事件、東北生活文化大学事件などでのセクシュアル・ハラスメント事件を担当。92年、8人の女性によるドメスティック・バイオレンス調査研究会を設立し、日本で始めての実態調査を行った。2001年4月より、NPO法人「女性の安全と健康のための支援教育センター」の代表理事を務めている。04年4月より13年3月まで、明治大学法科大学院教授。第2東京弁護士会所属。主な著書に、『性と法律―変わったこと、変えたいこと』(岩波新書)、『性の法律学』『性差別と暴力―続・性の法律学』(有斐閣)など。
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「2015年9月19日、安保法制は成立したことにされたが、その時から未来への新しい希望も生まれた。私たちが目撃した不正とどう闘うのか」角田先生の力強い呼びかけに、私たち市民も答えなければ! と思います。「違憲訴訟Q&A」については、会のホームページにわかりやすく紹介されていますので、そちらもあわせてお読みください。
「人は、年を重ねただけでは老いない。理想や情熱や希望を失った時に、始めて老いが来る」。 寄稿文を読み高齢な自分にはそんな感じを強くした。
>私たちが準備している違憲訴訟について、弁護士の中にも少なくない慎重論がある。曰く、もし、裁判所が合憲判決を出したら、どう責任を取るのかというたぐいの議論だ。しかし、それを恐れて今の恐るべき政治状況の中で、何もしないという選択はありえない。少なくとも私にはそれはない。
このくだりには涙腺が熱くなった。法曹界に限らずそのような慎重論をいう類の人々は沢山いる。おそらくそちらの方が多いことだろう。これがまさに日本人の悲劇的欠点と指摘される「積極的に一歩前へ踏み出して、これはおかしいと言おうとしない気質」である。憲法破壊的政治の暴走を許している元祖でもあるのだ。原告人1000人超えたとあるが、更に増えることを期待したい。