マガ9レビュー

(2015年日本/小林茂監督)

 この映画を言葉で説明するのは、ちょっと難しい。わかりやすいストーリーやナレーションはあえてつけず、観る人それぞれに委ねた映画だからだ。新潟の豪雪地帯での暮らしが、5年かけて撮影した映像で綴られていく。


(C)カサマフィルム

 冒頭、子どもたちの朗読劇から始まり、まるで狐に化かされるかのように里山の暮らしへと案内されていく。とにかく、出てくる人がいちいちユニークだ。自宅のカラオケで自慢の歌声をひたすら聞かせる権兵衛さん、屋根の上でこっそり一服するフジ子さん、酔って即興詩を熱演する長谷川さん、宴会で繰り広げられるにぎやかな歌合戦――いっしょに飲んだら楽しそうな、いや、少々面倒くさそうでもある人たちも(ごめんなさい)、たくさん出てくる。だれもが強い個性をもっていて、思わずにんまりと笑わずにはいられない。ちょっと強烈な、この存在感は、厳しい自然の中で暮らす強さから生まれてくるのだろうか。

 もちろん、楽しいことばかりではない。というより、豪雪地帯での暮らしが楽なはずがない。雪は毎日降り積もり、さらに地震で家も傾いてしまう。けれど、みんなで屋根をふいたり、傾いた家をひっぱって建て直したり、しめたヤギをいただいたり……それぞれが生きる技を持ち、支えあって暮らす様子が伝わってくる。そこには、頭でっかちに「暮らしってなんだろう」なんてこねくりまわす隙もないような、身体をつかって生きる暮らしがある。人間だけではない、木々や家、田んぼ、ヤギ、さまざまなものが混ざり合って、美しい景色をつくりだしている。

 この映画に主に登場する木暮さんは、10年以上前に中立山集落に移住してきた。ヤギを飼い、小さな田んぼを耕しながら暮らしている。ほかにも、染織工房を営むご夫婦や、この映画のテーマ曲を手がける若い女性など、移住してきた人たちが多く登場する。一方で、300年前から代々地元で暮らしてきた人もいる。集落で育ったが去ってしまった人もいる。だから「昔から続く、ずっと変わらない暮らし」ではない。でも、耕す人がいなくなって朽ちかけていた田んぼを、再び耕し始めた木暮さんが言う。「僕がいなくなったら、あとは野となれ山となれ。でも、また誰かやるやつがでてくるだろう」


(C)カサマフィルム

 監督の小林茂さんは、この十数年もの間、脳梗塞を患いながら『わたしの季節』や『チョコラ!』などの映画を撮ってきた。しかし、人工透析を受けることになり、さらに『阿賀に生きる』などの映画をともに手がけた佐藤真監督が急逝した喪失感で、うつの症状に悩まされていた。「もう映画は撮れない」と行き詰まったが、古くからの友人である木暮さんの家を訪れたとき、「ここでなら撮れるかもしれない」と思えたという。

 「スローライフ」とか「田舎ぐらし」とか、ここ数年の間に流行のようにあふれてしまった言葉に辟易している人にも、そんな枠にはめずに自由に観てほしい。たとえば、社会問題について考えることだって、結局のところ、どんな景色、どんな人間関係のなかで、どんな暮らしをしたいのか、ということとつながっているのだから。障がい者(児)施設やケニアのストリートチルドレンの生活などを描いてきた監督が、自身の生きる力を取り戻したのがこの場所だったのだ。きっと、それぞれに感じるものがあると思う。

(中村未絵)

『風の波紋』

公式HP:http://kazenohamon.com/
ユーロスペース(東京・渋谷)にて公開中、ほか全国順次公開

 

  

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