雨宮処凛がゆく!

デモに登場した時給1500円熊手!

 12月13日。「和民」の過労自殺の「和解」から5日後のこの日、新宿の街を進むデモ隊を先導するサウンドカーの上で、女性がマイクを握りしめ、声を張り上げた。

 「不幸比べも我慢大会も、もういい加減、終わりにしませんか? もう十分だろ? おかしいことはおかしいって言っていいだろ? 『オニギリが食べたい』って言って餓死する人のいる社会が、過労死するまで働くか自殺するしかない社会が、『仕方ない』わけないだろ? 人が死んで、電車が止まって舌打ちするだけのくせに、『仕方ない』なんて簡単に言わないでよ!」

 マイクを握るのは、印刷会社に勤務する藤川里恵さん。最近、彼女は弟から電話をもらったという。「自衛隊の1次試験に受かったけん。次も受かるかもしれん」。そんなエピソードを話したあと、彼女は続けた。

 「就職したって、手取り14万じゃ奨学金返して、好きな人や友達ともいられない。子どもなんて育てられないよ。そんなの見ていた弟は、大学行くのに、教育ローンと奨学金で1000万超えるか、それとも自衛隊で大学行くか、そりゃ迷うよ。
 ねぇ、なんで選択肢に社会保障制度や労働組合がないんですか? 
 誰も何も教えてくれないくせに、知りもしないくせに、『お前より大変な人はいる』『自分も苦労したけどなんとかなった』『社会のせいにするな』『そんなことばっかりして趣味ないの?』『もっと人生経験積んだら考え方も変わるよ』——。
 そんなこと言われたって、お腹いっぱいになんかならねーんだよ! あとどれくらい可哀想なら、あとどれくらい経験すれば満足なんだよ? 具体的な、使える制度を、方法を教えてくれよ! 頼り方を教えてくれよ!」

 この日行われたのは、「上げろ最低賃金デモ」。主催はAEQUITAS(エキタス)。ラテン語で「正義」や「公正」を意味する言葉だという。今年の9月、「3・11後の運動」の中で知り合った若者や学生たちで結成された。AEQUITAS主催のデモはこの日が2回目。集合時間の午後2時、新宿の柏木公園に行くと、あいにくの雨天だというのに既にプラカードを手にした若者たちが集まっていた。
 
 中心メンバーの原田仁希さん(26歳・フリーター)は言う。
 「僕たちのデモでは、最低賃金(最賃)をせめて1500円にしないと暮らしていけないと主張しています。そう言うと、『中小企業が大変』って声が出てくるので、同時に『中小企業に税金まわせ』ということも主張しています。どこの国でも、最賃上げる時は中小企業の社会保険料負担を軽減したり、税金を軽減したりしているので」
 実際、この日のデモのプラカードには「上げろ最低賃金」と同じくらい、「中小企業に税金まわせ」が目立った。

 ちなみに最賃というと、安倍政権がここに来て「最賃1000円」と言い出しているわけだが、それについてはどうなのか。
 「新三本の矢の目玉政策で言ってますが、8年かけて1000円です。それはあまりにも遅すぎる。それに東京の最賃は907円で、そんなに変わらない。それじゃ暮らしていけないです。そんな馬鹿にしたような政策にも反対していきたい。経済でも怒ってるって訴えていきたいんです」
 なんとも心強い言葉である。安保法案で若者パワーに圧倒されたかと思ったら、今度は格差・貧困問題を訴える若者たちが現れた。興奮に胸を高鳴らせていると、午後2時半、デモ隊は雨の中、出発! 音楽とともにラップ調のコールが響く。

 「最低賃金1500円上げろ」「中小企業に税金まわせ」「派遣法改悪今すぐ撤回」「消費税増税絶対反対」「俺らの年金勝手に使うな」「憲法25条を守れ」「MONEY for LIFE not for WAR」「税金使って格差をなくせ」「税金使って貧困なくせ」「税金使って子どもを守れ」「税金使って教育守れ」「払った税金無駄に使うな」「アベノミクスは絶対いらない」「学費を上げるな」「学費を下げろ」

 サウンドカーの上では、次々に若者たちがスピーチしていく。
 この夏に「首都圏高校生ユニオン」を結成したというジョーさん(高校生・T-nsSOWLメンバーでもある)は、バイト先のファミレスで団体交渉をし、15分単位で計算されていた賃金を一分単位に変えさせ、全国4000人の人件費計算が変わるという成果を得たことを語った。デモ隊から上がる大きな歓声。高校生ユニオンが結成されたことは知っていたが、既にこれほどの活動をしていたとは。ジョーさんは続ける。
 「なぜ僕が闘おうと思ったか。僕と同じ高校生の労働条件を良くしたかった。クラスメイトはもっとひどい働かされ方をしているのに自分の権利に気づいていない。そういう人に、気づいて声を上げてほしかったんです」

 また、高校生ユニオンメンバーの女の子は、周りの友人の間でブラックバイトが蔓延している状況に触れ、言った。
 「『高校生だから』。そう言って大人たちはルールを無視して働かせる。高校生だから労働に関する法律なんてわからないだろう。でも、そんなの間違ってる。私が大人になった日本は、ブラックバイトで悩む人が少しでも減っていてほしい」

 沿道からは、「がんばれー!」という、たまたまデモに出くわした大人たちの声。

アベノミクスは絶対いらない!

高校生ユニオン・ジョーさん

 デモ隊が新宿のど真ん中に辿り着く頃には、「今まで履歴書に書ききれないほど転職してきた」という女性がマイクを握った。
 ハローワークで「月給25万円の契約社員」の募集だったのに、実際に働くと時給1000円のアルバイトで社会保険にも加入させてもらえなかったこと。それでも頑張って働いたものの、去年の秋、倒れてしまったこと。それまで一度の欠勤もなかったのに、その一度の休みで雇い止めになってしまったこと。
 「このような話をすると、会社を選ぶ能力がない私が悪いという人もいるかもしれません。だけど、それは違う。労働基準法を遵守しない変な奴が会社やってるのが悪いと思うのです。皆さんの会社はちゃんと最賃以上のお給料くれてますか? 残業代一分単位でくれてますか? 社会保険に加入してますか? 体調悪い時きちんと休ませてくれますか? 有給使わせてくれますか? 今の給料で、生活成り立ってますか? 今の最低賃金で、みんなが元気で生活できると思いますか?」「私はフリーターも独身女性も男性も、最賃で働いたとしても人間らしい生活ができて、老後の蓄えもできる世の中がいいと思います。能力のない人間を切り捨てる世の中なんて、幸せな世の中だとは思いません。日本は先進国なのになんでこんなに貧しい人間が多いんですか。戦争の前に、労働者の権利をきちんと守ってください!」

 生活実感に根ざした、それぞれの言葉がこれ以上ないくらいに胸に響いた。そうしてこの日、もっとも私の胸を打ったのは、冒頭で紹介した藤川さんのスピーチだ。彼女は自身が持病を抱えているため日常生活に様々な支障があることを語り、続けた。
 「当たり前のことを当たり前にできない人間は黙んなきゃいけないのか。私はそうは思わない。こういうやつもいるんだって言っていかなきゃ。だから、生きなきゃいけない。『自分はこんなに頑張ってるのに』なんて言うくらいなら、相手に同じ努力を求めるくらいなら、みんなそんなに頑張んなくたっていいんだよ。
 私のように甘えてる、怠けてると言われてきた誰かが、当たり前に生きられる社会にするために。外で寝なきゃいけない人が、家から出られない人が、一人でも楽になるように。(中略)もういい加減、不幸比べも我慢大会も終わりにしたい! 誰もが当たり前に生きられる社会にしましょうよ。誰かを責めなくちゃ、バカにしなくちゃいられないなんて、しんどいってことでしょう? 頑張ってるってことでしょう?
 (中略)戦争しなくていいように、社会保障に、賃金にお金をまわす社会にしていきませんか? だから、はじめに、最低賃金上げろ! と言いたいです」

 この日のデモ中、何度も泣いた。そして何度も既視感を覚えた。この10年近く、数えきれないほど格差や貧困を巡るデモをしてきた。そうして今、若者たちがこうして声を上げている。まったく同じ問題意識を持って。嬉しくて、感動で、感激で一杯だったけれど、悲しくもあった。はからずも、高校生ユニオンのジョーさんはスピーチで言っていた。
 「高校生がユニオンを作ったことは歴史的にも国際的にも珍しく、望ましいことだと思います。ですが、逆に高校生がユニオンを作らないといけないくらい、困窮しているということなのです」

 結局、この10年、私自身いろいろ運動してきたけれど、状況は悪化の一途を辿っているのだ。そんな事実も突きつけられた。だけど、目の前の光景は、なんと希望に満ちていることだろう。
 ちなみに時給1500円というキーワードに、「高い」と思った人もいるかもしれない。しかし、この額で「フルタイム労働者の所定内労働時間1860時間」働いた場合、年収は279万円。時給1500円でも、年収300万円にすら届かないのだ。時給1500円は、突拍子もない「要求」だろうか。私にはとてもそうは思えない。

 この日、新宿のデモには冷たい雨の中、500人が集まり、声を張り上げた。
 しかもこの「上げろ最低賃金デモ」、東京だけでなく、全国各地で開催されているのだ。12月は「最賃上げろ月間」とのことで、6日には京都で開催され、20日には福岡で、23日には札幌で開催される。詳しくはこちらで。

 戦後70年の夏、全国の若者たちは「戦争法案」に反対して立ち上がった。そしてこの冬には、「最賃上げろ」と立ち上がっている。
 「格差や貧困、経済イシューでも怒ってるって訴えて、参議院選挙でも争点にしていきたいんです」
 デモの後、AEQUITASの原田さんはそう言った。
 この動きを熱烈に見守りつつ、一緒に声を上げていきたい。格差・貧困を巡る闘いは、新しい次元に突入したのだ。

新宿の街に響き渡る「最低賃金1500円」!

 

  

※コメントは承認制です。
第359回 AEQUITAS「上げろ最低賃金デモ!」〜不幸比べも我慢大会も、もう終わりにしよう〜の巻」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    「当たり前に生きる」ことが難しい社会。進学することも、正社員になることも、家賃を払い続けることも(まして持ち家なんて!)、結婚して子育てすることも、安心して老後を迎えることも、なぜこんなに大変になってしまったのでしょうか。最賃をあげることは、非正規雇用で生活せざるを得ない多くの若者にとって、最低限ともいえる切実な要求です。高校生までもが声をあげなくてはいけない社会の状況に、政治家も強い危機感を覚えてほしいと思います。

  2. 選挙で、軽減税率に最低賃金をぶつけるっていうのは、なかなか良い作戦かも知れない。
    何故ならベーシックインカムより、話がわかりやすいでしょう。
    そもそも貧乏人は肥満度が高い=外食率が高いんだから、軽減税率関係ないし。

  3. James「反戦ネットワーク(2002/08)」賛同 より:

    ここ日本で、1994年以降に着手された新自由主義の対労働者政策は、意図的に仕組まれた社会的「低強度戦争」政策といえるものでしょう。いまは亡きウーゴ・チャベス(ヴェネズエラ共和国大統領)は、その論説のなかで、新自由主義政治は必然的に(社会に)ファシズムをもたらすことになる(だろふ)といったことを述べています。
    今日只今におけるあらゆる労働者従業員による諸権利の防衛および奪還回復をめぐる活動とその闘いは、すべての人の社会的諸権利を防衛する正当なる闘いです。そしてまた、不当に仕掛けられた社会的低強度戦争政策に反対し抵抗するといふ意味において、これもまた「反戦運動」と呼ぶことができるでしょう。
    正当なる闘いに決起した者たちに祝福を/自由なくして正義なし、正義のないところに自由はない

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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