雨宮処凛がゆく!

 フランスであまりにも痛ましいテロが起きた翌日、この国ではある「和解」が成立した。

 それは、ご存知「日テレのアナウンサー内定取り消し事件」の和解。銀座のクラブでのアルバイト経験を理由に内定を取り消されたとして女性が起こした訴訟で、和解が成立したのだ。その結果、女性は無事に4月に日テレに入社することになったという。

 ほっと胸を撫で下ろそうとして、そもそも、こんな訴訟をしなければならないこと自体が大問題なのだと改めて思い直した。
 ご存知の通り、女性は銀座のクラブでアルバイトしていたことが「求められる清廉性にふさわしくない」と内定を無効にされた。が、「清廉」って、一体なに?
 デジタル大辞泉によると、「心が清らかで私欲がないこと」らしい。
 しかし、私もそこそこ長く生きているわけだが、そんな人には残念ながら未だかつて一人も会ったことがない。

 この件については、2014年12月7日の東京新聞で貴戸理恵さんが書いていた「内定取り消しは女性差別」という原稿に大変共感したので少し引用したい。
 彼女はまず、学費が高額で奨学金などの受給が少ない日本で、「少なくない女子大学生にとってホステスが身近なアルバイトになっている現実がある」ことに触れる。時間的に学校とかぶらず、時給がいいアルバイトを探すのはある意味で当然のことだ。
 次いで彼女はこの内定取り消しを「職業差別と絡み合った女性差別」と指摘する。

 「この社会の女性差別は、とりわけ女性が就きやすい職業において『清廉な仕事』と『ふしだらな仕事』を分ける。そして、前者に従事する『まっとうな』女性と、後者を生業とする『堕落した』女性を分ける。さらに、この二つのカテゴリーが決して混じり合わないように管理する。つまり『貞淑な母・妻・娘は、ふしだらであってはならない』のであり、そこから『アナウンサーはホステスであってはならない』という主張が出てくる。
 こうした女性の分断は、さかのぼれば『浮気は男のかい性だが、女は貞節であるべきだ』という男女の性のダブルスタンダード(二重基準)に端を発する。女性に『貞節』を求めながら浮気をするためには『家庭用』の女性と『外のプロ』の女性を分ける必要があったというわけだ」

 「今回の出来事は、この差別的な『性の二重基準』が二十一世紀の現代にまかり通っていることを示した。女性はホステス経験を理由に『清廉でない』と内定を取り消されるが、キャバクラや風俗店に行った経験を理由に、男性が『清廉でない』と内定を奪われることはない」

 銀座のクラブでのアルバイト経験で内定を取り消されたという現実がある一方で、私たちはこの国の多くの政治家や企業のトップとされる人たち、そしてメディア関係者が銀座のクラブに客として訪れていることを知っている。客として行くのはなんの問題もないけれど、そこで働いたことが「清廉でない」とされる不思議な場所。その根拠は、一体なんなのだろう。考えれば考えるほどわからなくなってくる。
 例えば、男性アナウンサーにホスト経験があった場合は? 或いは、今回の当事者が銀座のクラブではなく、風俗産業でのアルバイト経験があった場合は? 一体、「清廉」の線引きってどこにあるの?

 私自身も物書きになる前の20代前半、キャバクラで働いていた。だからなのか、今回の内定取り消しに関してはいろんなことが腑に落ちない。なんだか自分まで否定されているように感じるし、だけど、それを上手く言葉にできないことがもどかしい。どうしてうまく言えないのか。その理由はわかっている。私は貴戸さんが言う「性のダブルスタンダード」に対して、もうずーっと長いこと、いろんな言葉や疑問を飲み込んできたからだ。それは当然、キャバクラで働いている時もそうだったし、それ以前もそれ以後も、そうだった。なぜ、口をつぐんできたのか。それは「そういう疑問を言うと多くの場合、傷つけられる」からだ。

 正面から「女性の権利」などと言った場合にふりかかる罵倒。そういったわかりやすい悪意ならまだいい。時にそれは、信頼している人との間でも起こりうる。例えば、一見リベラルな考えの持ち主に見えたので、そういった話題を何気なくしてみた時。一般論的な話で、「こういう問題ってジェンダー的にどうなんだろう?」と言った瞬間、「ジェンダーとか、そんなこと言うんだ」と噴き出された経験は一度や二度ではない。

 噴き出されるだけならまだいい。突然、「お前は女の本当の幸せを知らない」とか、「そんなこと考えてると幸せになれないよ」などとワケのわからない忠告をしてくる人まで現れる。一体こういった類いの言葉は、何を根拠にして発されるのだろう。だけどそういう価値観が結構な範囲で共有されているっぽいこの国で、何をどうしてどうやったら、私のこの徒労感と疲労感は解消されるのだろう。

 そう、ジェンダーに関わる問題を口にすると、なんだかとても疲れるのだ。そして私には、罵倒も失笑も「幸せになれないよ」という言葉も、すべてが「黙れ」というメッセージとして突き刺さる。

 貴戸さんは、原稿の後半でこんなことを書いている。

 「覚えておきたいのは、この分断は現実に即したものではなく、2種類の女性をつくり出すために観念的に引かれる、という点だ。ひとたび『禁断の線』が引かれると『越境』は『魅力』になる。『アナウンサーがホステスとはとんでもない!』と目をつり上げる社会ほど『あの清純な娘が夜の仕事を・・・』という想定に『萌える』社会でもあるのだ」

 結局、多くの女性が抱えているだろうもやもやした思いも、立場を変えれば「萌え」になるという仕組み。一体、誰に「清廉」などという資格があるのだろう。
 そんなことを思いながら、「女性の活躍」というキーワード以前のもろもろにいちいち躓いている私は、自分が幸せなのか不幸せなのかさっぱりわからないでいるけれど、「黙れ」という圧力には、やっぱり抗うべきだと思う。おかしいな、と思ったり、嫌だな、と思った時、その言葉を飲み込んでしまうと、その分だけ、人は卑屈になっていく気がするのだ。

 

  

※コメントは承認制です。
第323回 「女の幸せ」とか言われる問題。の巻」 に7件のコメント

  1. magazine9 より:

    この「内定取り消し」をめぐっては、いろいろな意見がありました。「ふむふむ」と思えるものもあれば、「えっ」と違和感をもつものも…。昨年末にマガ9で「男性学」についてのインタビューを紹介しましたが、社会はどんどん変化しているにもかかわらず、無意識のうちに根付いた性別への思い込みの強さを感じました。無意識だからこそ、なかなか話が通じにくいし、何より自分自身がモヤモヤとしてしまう。それを伝える言葉を探すためにも、「なんかおかしい」という気持ちを声にして、話し合っていくことが大事なのだと思います。

  2. 炊飯器 より:

    メイドカフェのメイドさんだったらどうなのか?
    いい就職の自己開拓のコネのための、(女子大生専用)クラブだったらどうなのか?
    居酒屋の看板娘だったらどうなのか?
    お菓子屋さんの看板娘だったらどうなるのか?
    ガールズ・バーだったらどうなるのか?
    メイドカフェも、夜酒出せば、届出の区分上ガールズ・バーになるそうです。

    ミスキャンパスや読者モデルから女子アナになるのはいいんだ~。

    これ以上言うと男女差別ですし、屁理屈が止まらないので、この問題は「職業差別」という一言でまとめさせて頂きます。

  3. 多賀恭一 より:

    男性が女性に抱く、有り得ない幻影、
    それが「清廉な女性」なのでは。
    多数派の女性は、それを利用して自らの利益にしているわけで、
    そこが雨宮さんの腑に落ちない点なのでしょう。

  4. リオ より:

    男である自分としては、「キャバクラや風俗で働く女性」という記号はふしだらに映ります。
    しかし、それは単なる価値観であり、現代の社会の在り方の一端を担っている女性が そこにいるということだけが事実なのだと思います。
    社会の中の役割として「仕事」が存在し成り立っている。そしてそれが「サービス業」である時点で、「こうだったらいいな」「こうであるべきだ」という価値観を投影する場を 容認しているのだと感じています。
    また、社会的な価値観として掘り下げていくと、「男だから」「女だから」という昔の物言いから、「草食系」「肉食系」と揶揄する最近の風潮まで含まれるようで、根深いことだけは確かかなと思いました。
    仕組みとして作り上げてしまった偶像は、予想以上に頑丈になってしまったんだなぁ とも。

    ただ、その男女の在り方に関わる「記号=価値観」を取り去ったら何が残るのか? その答えを求めて未だ見付けられていない。そんな感触を現在の20~30代に感じるところです(自分も含め)。それもまたジェンダーを問うことになるのかもしれません。

  5. 時の河 より:

    従軍慰安婦問題を知りたくて何冊か本を読んだ。その中で『朝鮮人女性がみた「慰安婦問題」』を読んではっとしたことがある。
    それは、韓国では、日本軍による従軍慰安婦問題と韓国社会の男女差別を撤廃する女性解放運動が同時並行的に進んできたということ。
    そこでは、慰安婦やその元とされる娼婦などの職業は「韓国社会が女性に押しつけてきたダブルスタンダードにある」と唱えている。

    今回の事件を知り、あらためて日本の男女差別も韓国の女性差別も根は同じだな、と思う。
    そのような女性差別を容認する社会が、今回のような事件を生み、戦時においては慰安婦など女性差別的な娼婦管理制度を生み出していくのだな、と思う。
    従軍慰安婦制度だけではなく娼婦管理制度自身を「奴隷制」として非難する韓国の女性活動家の声を、多くの日本の男性はどう受け止めるのだろうか?

  6. kataru より:

    まさこの問題が日本の女性の社会進出に歯止めをかけているのだと思います。キャバクラや風俗が日本では人気です。お金のあるオッさんが自分の娘と同じ位の年代の女性と飲んだり性交渉をしたりして日々の鬱憤をはらしています。そしてその利益をそこで働いてる女性は受けています。ごめんなさい。
    ここから少し言い方が悪くなりますので先に謝りを入れさせてください。私は男ですが、お金で若い女性を買うオッさん達にまず嫌悪感を抱きます。そしてさらにお金を貰ったり高級な物(エサ)を買って(与えて)もらって喜んでいる女性にも嫌悪感を抱きます。楽な仕事とは言いませんし、生きてく為に必要で、他の仕事をする事より良い利益がある事も承知です。しかしこの”女性が男性に飼われているような環境”で働いているのは女性自身です。女性が悪いとは言いません。お金の稼ぎ方なんて人それぞれですからね。そういうお金の稼ぎ方を許している社会が女性の社会進出を妨げているし、そういった環境で働く女性も男性と対等な立場に立とうとしていないと僕は考えます。しかしこの女性が男性に飼われているような事実がある以上、世の男性は女性をどこか下にみて行くでしょう。逆を言えば妻が十分な稼ぎを持っていて男性が主夫をしていて稼ぎも何もないとなると世間からはいまだに白い目で見られるでしょう。そういう細かい所を女性の方から覆していかないといつまで経っても女性は男性と対等な立場に立てないし、そういった職業が”ふしだら”な職業と言われ続ける原因だと思っています。何故ならキャバクラや風俗に行く男性はその行為がふしだらだと思いながらやっているからです。最近女性用のアダルトビデオなどが一部で流行しているようです。真偽はわかりませんが、見たからといってアナウンス部に就職する事は問題ないと思います。しかしアダルトビデオに出演した事があると発覚するとなると男性でも女性でもアナウンサーにはなれないかもしれないですね。同じレベルで考えてください。男性アナウンサーでもホストで働いていた、となるとまた話は別”かも”しれません。今回の内定取消しの件でも政治家や企業のトップの人達と同じで
    “ホストクラブに通っていた”
    なら日テレも内定取消しにはしなかったかもしれないですね。
    社会や男性はもちろんそうですが、女性自身もこれを機に男女の立場について考えてくれると良いですね。
    324回の記事でコメントさせて頂いた者です。あなたの考え、思想、知識に興味関心を持ちこちらの記事も読まさせていただきました。勉強になるのでこからも時間がある時に読まさせて頂きます。

  7. Fumiko Ohno より:

    女優さんのセックスシーンや裸になることで、女優として一皮剥けたとか評論家がよく言うことだけど、これどうして?これって一皮でなく一服。
    AV女優(男含)と普通(?)の女優(男含)、セックスワーカーなど何が違うのかな?仕事としてはどの程度の違いがあるのかな?(ここに主婦を入れたら怒られそう!)
    これらの仕事は社会の中では区分され、そしてハッキリ差別があるような。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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