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こども医者毛利子来の『狸穴から』:バックナンバーへ

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「マガジン9条」の発起人の1人でもある小児科医、「たぬき先生」こと毛利子来先生。
お仕事や暮らしの中で感じた諸々、文化のあり方や人間の生き方について、
ちょっぴり辛口に綴るエッセイです。

こども医者毛利子来の『狸穴から』(7)

もうり・たねき(小児科医) 1929年生まれ.岡山医科大学卒業。東京の原宿で小児科医院開業。子どもと親の立場からの社会的な発言・活動も多い。「ワクチントーク全国」元代表、「ダイオキシン環境ホルモン対策国民会議」元副代表などを経て、現在は雑誌「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」編集代表、『マガジン9条』発起人などを務める。著書に『ひとりひとりのお産と育児の本』(1987,毎日出版文化賞)、『赤ちゃんのいる暮らし』、『幼い子のいる暮らし』などがある。最近は、友人でもある小児科医・山田真氏との共著である『育育児典』(岩波書店)が、評判を読んでいる。HP「たぬき先生のお部屋」

健康なら死んでもいい

 健康がブームだ。
 テレビでは、あの「みのもんた」とか「ためしてガッテン」とか、健康がテーマにされることが多い。新聞や雑誌にも、健康の記事が溢れている。
 まるで「ケンコウ」でなければいけないみたいな風潮だ。

 とうとう、ある大通信社の幹部が、のたまったそうだ。
 「健康なら死んでもいい」

 まことに、いいえている。
 つまりは、「生きる」ことより「ケンコウ」自体が目的になっているのだ。
 本人が本当にそう思っているのか、世の風潮を皮肉ったのか、定かではないが。

 とにかく、近頃の日本人は、健康強迫症に陥ってしまったようだ。
 病気にならないよう、元気でいるよう、ありとあらゆることを心がける。
 
 まずは、食べるもの。
 いくら好きでも、塩気と油気の多いものは避け、酒はほどほどにし、腹八分目を守る。 たとえ好きでなくても、血をさらさらにし、丈夫にしてくれるという食品を摂るよう努める。
 
 次は、運動。
 通勤や買い物では、一駅は電車に乗らず、早足で歩き、エレベーターなど使わない。
 そのうえ、運動の好きな人は、スポーツに励む。嫌いな人や時間のない人は、歩行器などの室内運動具を備えようとする。

 そして、健康診断。
 健康診断を熱心に受ける。まるで、受けないでいると、健康が守れないみたいだ。
 だから、その結果に一喜一憂する。
 少しでも異常があるといわれれば、必死になって、医者の指示を守ろうと励む。

 ところが、実は、そうした心がけさえしてれば、絶対に健康でいられるとはかぎらないのだ。

 もちろん塩気や油気の多いものは避けたほうがよいにちがいないが、それらを腹一杯食べて元気なお人もけっこういる。かくいうぼく自身が、そうらしい。
 酒にしても、横山大観みたいに、浴びるほど飲んで、大仕事し続けるお人がいる。
 運動も、したほうがよいのは確かだが、勝海舟みたいに、座りきりで、老いてなお盛んなお人もいる。
 逆に、食事を節制し、運動に励んでいた人が、意外と大病をしたり早死にしたりもしている。
 まして健康診断ときたら、かなり当てにはできない。あれこれと「異常あり」と告知された人が、意外に元気で長生きすることが少なくない。「異常なし」といわれた人が、その直後に急死したといった例まである。

 そんなあれこれを考えると、健康にのみ、うつつを抜かしているのはつまらない。
 それよりも、生きることのほうを上位に置きたい。それも、なるたけ楽しく生きるようにしたい。
 そうすれば、健康も自ずからもたらされるにちがいない。楽しさは、心身の機能を盛んにし、免疫力も高めるからだ。
 
 少なくとも、生きることを苦痛にする過酷な労働とか過剰なストレスとかは、ごめんこうむらなければならない。
 そんなことこそが健康をも害する元凶なのだから。

「健康」のために、「楽しく生きる」ことが後回しになるとしたら、まさに本末転倒。
「健康に気を遣う」目的は何なのか、もう1回原点に帰って考えたいものです。
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