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2012-10-03up

柴田鉄治のメディア時評

第46回

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

尖閣諸島をめぐる日中対立、かげで米国は喜んでいる?

 日本の四季は春夏秋冬ではなく、「春夏夏冬」だという記事があった。それほど今年の残暑は厳しかったが、それをいっそう暑苦しくしたのが尖閣諸島をめぐる日中対立だった。8月につづき9月も、日本政府の「国有化」の閣議決定に中国が猛反発して、反日デモが中国全土に吹き荒れ、日本の企業や商店などが襲われたりしたからである。
 そしてついに、日中友好40周年記念祝典まで中止されてしまったのだ。その状況をみて、野田首相が中国の反応は「想定外だった」と語ったという報道を見て、私は飛び上がるほどびっくりした。
 野田首相個人は想定外だったかもしれないが、国有化は政府としての決定であり、「中国が激しく反発するかもしれませんよ」と予想し、忠告する人が政府に一人もいなかったのだろうか。外務省は何をやっていたのか。
 日本に米国のような優れたシンクタンクが育たないのは、日本の官僚がきわめて優秀だからだ、という説を何度も聞いたことがあったが、優秀なはずの外務官僚がこんな想定ひとつできなかったとは、信じられない話である。
 そういえば、石原慎太郎・東京都知事が尖閣諸島の買い取り計画を発表したとき、「そんなことをしたら大変なことになりますよ」と語った中国駐在の丹羽宇一郎大使を注意処分にして更迭してしまった外務省なのだから、想定なんか誰もしていなかったのかもしれない。日本の官僚が優秀だという「神話」は、とっくの昔に崩れてしまっていたのだろう。
 ところで、その間のメディアの報道ぶりはどうだったか。毎日のように暴徒化した反日デモの映像を見せつけられて、うんざりさせられたが、かといって、他国民に向かって「やめろ」というわけにもいかず、ただ、あれよあれよと見守っていた感じである。
 そんななかで、私が「おや?」と思った論評があった。朝日新聞の紙面審議会委員をしている内田樹氏(神戸女学院大学名誉教授)の「わたしの紙面批評」欄だ。「領土問題を論じる場合につねに念頭に置いておくべきだが、新聞があまり書いてくれないことが二つある」という書き出しで、こう論じているのだ。
 一つは「どこの国でも領土問題の炎上と鎮静は政権の安定度と相関する。その意味で領土問題はつねに国内問題である」。もう一つは「日本の場合、領土問題は2カ国問題ではなく、米国を含めた3カ国問題であり、日本が隣国と相互不信と対立のうちにあることが米国にとって最大の国益なのだ」と。
 第1のほうは、韓国大統領の竹島上陸が政権浮揚のためだとか、中国政府が強い出方をしているのは内政に不安があるからだとか、いろいろ報じられており、日本についても「今回の問題に火をつけた石原都知事の責任は大きい」という論評があの読売新聞の1面にまで載ったのだから、「新聞があまり書いていない」とは思わない。
 しかし、第2点の「米国は日中・日韓が仲良くなるのは困る。今回の対立を秘かに喜んでいるのだ」という視点は、確かにほとんど報じられていないようだ。逆の「米、尖閣対立に危機感」といった的外れの記事はたくさんあったが…。
 この論評を読んで、私も「なるほどなあ」と同感した。そう考えれば、石原都知事が買い取り計画をわざわざ米国で発表した理由もなんとなく分かるような気がしたし、外務省が国有化に強く反対しなかった理由も分かるような気がして、目から鱗が落ちる思いも味わった。
 そういえば、日本中が強く反対しているオスプレイを沖縄に押し付けることにも役立つと、米国と防衛庁が秘かに喜んでいることもよく分かる。
 言われてみればその通りなのだから、メディアもそのくらいの「深読み」はしてもらいたいものである。

自民党の総裁選はなぜ「不毛」だったのか

 9月はまた、民主党の代表選と自民党の総裁選が重なって、これまた暑苦しいニュースが連日、テレビや新聞をにぎわわせた。民主党の代表選のほうは、細野豪志氏が候補を降りて野田首相の圧勝に終わったが、といっても、野田首相以外の人が勝ったら3年で4人目の総理が誕生するのだから、もともと無理な話だったのだろう。
 その意味では、自民党の総裁選のほうが注目度は高かった。3年間の野党生活を頑張った谷垣総裁を無理やり引きずりおろして、安倍、石破、石原、町村、林の5氏が立候補したが、その顔ぶれを見て驚いた。5人そろって政治家の二世・三世なのである。メディアはそのことを強調してしきりに報じていたが、私はそのことより、5人そろって「右寄り」なことに唖然としてしまった。
 自民党は右から左までかなり幅広い人材を抱えていることが特徴だった。タカ派もいればハト派もいるというのが、自民党だったはずである。ところが、総裁選に立候補した5人が5人とも「右寄り」とはどういうことか。
 5人ともそろって憲法改正を主張し、しかも自民党政権が60年余にわたって守ってきた「集団的自衛権の行使は認めない」という一線をあっさり踏み越えて、5人とも現憲法下でも集団的自衛権の行使を認めよ、と主張するのだから、なにをかいわんやだ。
 さらに、民主党政権の「失策」ならどんなに小さいことでもあげつらう自民党なのに、尖閣諸島の国有化には、誰一人「あれはまずかった」という人はいないのだ。ナショナリズムの高揚に、5人とも興奮しているように見えたのは、私のひがめか。
 選挙の結果は、地方票の過半数を得てトップに立った石破茂氏を国会議員だけの決選投票で逆転した安倍晋三氏が総裁に選ばれた。6年前に突然、政権を投げ出した人が再び総裁に返り咲くなんて、前代未聞のことだろう。
 そして石破氏を幹事長に指名して、安倍・石破ラインが「自民党の顔」になったのだから自民党も変わったものである。
 それにしても野田首相も民主党内では最も右寄りで「自民党とそっくり」といわれており、さらに民主党も自民党もだめだと、第三極に名乗りを上げた橋下徹氏の率いる新政党「日本維新の会」が、ハシズムと呼ばれるほど、もっと右寄りだといわれているのだから、日本はいつからこんなことになってしまったのか。
 日中、日韓がギクシャクしている中で、こんな右寄りの人たちばかりが率いる日本は、これからどうなっていくのだろう。いささか心配になる。
 メディアも、代表選や総裁選をにぎやかに追うだけでなく、もっと深く掘り下げた報道を展開してもらいたいものである。

今年の新聞協会賞から考えたこと

 最後にもう一つ、今年の新聞協会賞について私が考えたことを記しておきたい。新聞協会賞というのは、日本のメディアの優れた報道を顕彰する最も権威のある賞である。米国の有名なピュリッツアー賞に当たる日本の賞は、と訊かれれば新聞協会賞と答える人が多いに違いない。
 ところが、この新聞協会賞の選考が89年と94年の2回にわたる失敗で、すっかり権威を失墜してしまったのだ。89年の失敗は、日本の調査報道の金字塔といわれた朝日新聞のリクルート事件の報道に、未公開株をもらっていた新聞社などの反対で賞を出さなかったこと。94年の失敗は、民間放送連盟の内輪の会合での発言を誇大に報じて政治介入を招いた産経新聞の「テレビ朝日報道局長発言」が選ばれたことだった。
 一時は賞の存続まで危ぶまれたほどだったが、その後、立ち直って今年の授賞は、読売新聞の「東電OL殺害事件の再審決定につながるスクープ」、企画部門では朝日新聞の「プロメテウスの罠」など、文句なしの優れた報道6件に与えられている。
 この受賞を伝える読売新聞と朝日新聞の報道が、対照的でちょっと微笑ましかった。読売新聞は一面の2段、朝日新聞は一面の4段だったのだ。新聞協会賞の受賞は珍しく、もっとはしゃいでもおかしくない読売新聞が控えめの扱いで、たびたび受賞している朝日新聞のほうが大はしゃぎだったのである。
 ところで、新聞協会賞とならぶ最も伝統のあるジャーナリズムの顕彰制度に、日本ジャーナリスト会議(JCJ)のJCJ賞がある。1958年から始まって今年が55回目という歴史のある賞だ。
 今年の受賞作品は、大賞に東京新聞の原発報道が選ばれ、優秀賞に琉球新報の「普天間基地をめぐる沖縄防衛局長の暴言報道」、原発のゴミ問題を追及したNNNドキュメント「行くも地獄、戻るも地獄」、書籍『ネットと愛国』安田浩一著(講談社)、白石草氏の「アワー・プラネットTVの活動」、特別賞として『横浜事件・再審裁判3部作』(高文研)が選ばれた。いずれも優れた報道である。
 7月に発表されたこのJCJ賞について、読売新聞だけでなく、朝日新聞まで今年は1行も報じなかったのである。めったに受賞しない読売新聞はともかく、たびたび受賞していて、昨年も「大阪地検特捜部の検事の押収証拠改ざん事件の報道」が大賞に選ばれ、自社が選ばれたときにはしっかりと報じている朝日新聞が、自社の受賞がなく他社の受賞作品だけなら報じないというのは、いかがなものか。それで公正・公平なメディアといえるのだろうか。
 メディアに対する信頼感がガタガタに落ちているときだけに、優れた報道を顕彰する記事は、自社だけなく他社の報道に対しても掲載するくらいの懐の深さが、メディアにあってもいいのではないかと思う。

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沖縄へのオスプレイ配備に大間原発の建設再開と、
現政権には絶望したくなることばかりながら、
さりとて「だから自民党に」は絶対にあり得ない!
そんな思いを強くさせられた自民党総裁選でした。
「年内に総選挙」の声も聞こえてくる今、
政局を追うだけでなく、
「誰が何を言っているのか」がしっかりと伝わる報道を望みます。

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柴田鉄治さんプロフィール

しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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