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柴田鉄治のメディア時評(09年10月28日号)

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

しばた てつじ 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

『組織ジャーナリズムの敗北 続・NHKと朝日新聞』 (岩波書店))

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民主政権2ヶ月目、早くも「ほころび」が…

 劇的な政権交代と鳩山首相の鮮烈な国際デビューから1ヶ月余が過ぎた。その間、八ッ場ダム問題、子ども手当て、政治家による予算削り、等々、派手な政治問題が次々とニュースとなり、政治が活気を取り戻した。

 それらのニュースのこれから先の成否については、なんとも分からないが、少なくとも社会が活気づいたように見え、落ち目の新聞が生き生きとした生気を取り戻し、政権交代があると世の中の空気はこんなにも変わるものか、と思わせる日々が続いている。

 各メディアの世論調査によると、民主党、鳩山政権の支持率は70%前後を維持しており、これから進めようとしている政策についても、「期待する」という声が圧倒的多数を占めている。

 まさに、上々の滑り出し、といっていい新政権のスタートだが、政権交代から1ヶ月がすぎ、2ヶ月目に入って、いくつかの「ほころび」が見え始めた。もちろん、小さなほころびまであげつらえば、それこそ無数にあるかもしれないが、そうではなく、誰の目にも明らかな大きな「ほころび」が、2ヶ月目に入って、二つ見えてきたように思う。

 その一つは、郵政民営化の見直し作業の要ともいうべき、日本郵政の新社長に、元大蔵省事務次官の斎藤次郎氏(73)を内定したことである。斎藤氏は、大蔵省の官房長、主計局長を経て1993年から95年まで事務次官を務め、2000年5月から東京金融先物取引所(現東京金融取引所)理事長、04年から社長を務めている人だ。

 大蔵省では「10年に1人」といわれた大物次官で、剛腕の持ち主。細川政権時代に次官として新税の導入を図ろうとしたことでも知られ、そのときから小沢一郎氏とも親しい仲だといわれる人物である。

 斎藤氏がいかに優秀な人物だとしても、どこからみても民主党が掲げている「脱官僚政治」「天下り人事の禁止」などの基本理念と真っ向からぶつかる人事であり、これは単なる「ほころび」では済まない重大な亀裂になるかもしれない。

 というのは、郵政民営化は自民党の小泉政権が最も力を入れて取り組んだ政策で、05年の総選挙では、それだけを争点にして自民党が圧勝した経緯がある。その後、民営化された日本郵政の社長に就任した西川善文氏が、「かんぽの宿」の不透明な払い下げ問題などで当時の鳩山邦夫総務相から退任を迫られ、逆に鳩山総務相のほうが麻生首相から罷免されるといういわくつきのポストである。

 民主党政権の誕生で、ようやく西川社長が辞任し、後任の人事が注目を浴びていた矢先のことで、人選は亀井静香・郵政改革相が独自に行い、鳩山首相もあとで電話で知らされた人事だったと言われる。

 亀井・郵政改革相は「極めて有能で、人格的にも素晴らしい。郵政事業の将来についても政府の考えに近い」と適材適所論を強調したそうだが、どんな人事でも「適材適所」と言わない人事なんてありえないといえよう。

 また、鳩山首相は最初は驚きながらも「大蔵省を辞めてから14年もたっている」と、天下り批判には当たらないとの考えを示したそうだが、これもおかしい。高級官僚を退職後、14年も天下り先のポストについていた人に、さらに新たなポストを用意するなんて……これを「天下り」「わたり」といわずして「天下り斡旋の全面禁止なんて実現できるのか」という強い批判が巻き起こるに違いない。

 事実、この人事が発表されると、メディアからは一斉に疑問の声があがった。朝日新聞の社説は「民から官へ、逆流ですか」という皮肉たっぷりの見出しで、厳しく批判しており、読売新聞の社説も「意外な大蔵次官OBの起用」という見出しで、意外感を強調している。

 ただ、不思議なことに、日ごろ民主党政権に最も厳しい論調を展開している読売新聞が、この問題に関しては最もマイルドで、社説のなかに「適材適所であれば元官僚といえども、起用をためらう理由はない。民主党が人材活用の手法を転換したのなら歓迎である」とまで書いているのには、ちょっと驚いた。

 朝日新聞は社説の2日後に、さらにオピニオンのページを全面的につぶして田中秀征・元衆院議員と金子勝・慶大教授の鋭い批判記事で「追い討ち」をかけている。そのうえ、同じ日の投書欄のトップには「『脱官僚、天下り禁止』という訴えを信じ、総選挙で民主党に一票を入れた私は恥ずかしい。『国民の皆様との約束が守れなかったら辞めます』とまで言い切った鳩山首相には今すぐ辞めてもらいたい」という厳しい投書が載っていた。

 新聞だけではなく、テレビも識者の談話などの形で批判を展開している。とくに、民主党が野党時代に日銀総裁の人事で「大蔵次官の出身」という理由だけで拒否した例があり、「民主党は整合性をどう説明するのか」といった声は高まる一方だ。

 もちろん自民党は、国会論戦での、この人事の追及に手ぐすねをひいており、状況によっては民主党政権の基本理念まで揺らぎかねない問題になりそうである。

 ところで、民主党政権のもう一つの「ほころび」と私が指摘したいのは、沖縄・普天間基地の移転問題である。これは、先の日本郵政社長人事とはまったく性格の異なるテーマで、米国という「相手のある外交問題」なのだから、同列に論じては民主党に気の毒なのかもしれない。

 しかし、民主党は、普天間基地の県外・国外移設を念頭にマニフェスト(政権公約)で「米軍再編の見直し」を掲げたのであり、沖縄県民はもちろんのこと、それを支持して民主党に一票を投じた国民も少なくはないはずだ。

 それなのに、米国からゲーツ国防長官が来日し、北沢防衛相、岡田外相と相次いで会談して「これまでの日米合意通りに計画を進める以外に選択肢はない」と迫られると、二人とも「両国にとって、あまり時間をかけるのは建設的ではない」と後退し、民主党政権は腰砕けの様相を呈しはじめた。

 「時間をかけて沖縄県民や国民の理解を得られる道を探りたい」「少なくとも来年1月の名護市長選挙の結果を見てから」といっていた頼みの鳩山首相まで、ぐらつきだしたようである。

 ゲーツ国防長官の「普天間移設がなければ、沖縄の海兵隊のグアム移転はない。沖縄への土地返還もない」という言い方は、まさに脅しといってよく、日本は外圧に弱い、強く言えば日本は従う、という前例に倣ったものだといえよう。

 それに北沢防衛相も岡田外相もあっさり屈した形で、岡田外相は「県外というのは事実上考えられない状況だ」と発言し、県外・国外移設を断念せざるを得ないとの見解を早々と示した。

 そのうえ、ゲーツ国防長官に加えて、米軍制服組のトップ、マレン米統合参謀本部議長が来日して記者会見し、普天間基地の名護市への移設計画を「米軍再編全体についての絶対条件」と位置づけたうえで「これなしに、日本と地域に安全保障と防衛上の支援を提供できるとは思えない」とまで述べたのである。

 日本の安全保障まで持ち出して現行計画への履行を迫った米国の強硬姿勢に屈したのか、鳩山首相は10月23日、普天間基地の移設先を先送りせず、年内に判断する考えを示した。「辺野古案容認強まる」と報じられたこの姿勢は、政権公約をわずか1ヶ月余で、オバマ米大統領の来日も待たずに放棄してしまったことを意味する。

 なんとも情けない話だが、この点に関しては、民主党政権の腰砕けを批判するだけで済むことではなく、メディアの責任もきわめて大きいと言わざるを得ない。沖縄の米軍基地の縮小は、日本国民の悲願であり、政権交代の機にメディアが筆をそろえてそれを米国に訴えなければ実現できない性格のものだからだ。

 それなのに、日本のメディアは例によって「二極分化」した状況で、今回の普天間基地問題でも、一方の読売新聞の社説は米国に同調して「普天間問題を先送りするな」と民主党政権に迫る内容のものだったのである。

 また、もう一方の論調のメディアも、たとえば朝日新聞の社説のように、「普天間移設、新政権の方針を詰めよ」と、歯切れの悪い、中途半端な主張にとどまっているのである。

 日本のメディアは、なぜ筆をそろえて「米軍基地の縮小は日本国民の総意なのだ」と主張できないのか。日米安保条約までなくせとは言わなくとも、国内に外国の軍隊が常時駐留している軍事基地がこんなにも存在している状況は、本来、不自然なのだという原点にかえって考えてみる必要があろう。

 沖縄の米軍基地を縮小する工夫は、まだまだ、検討する余地はあるに違いない。日米の交渉にしても、自民党政権時代とは異なる手法もありえよう。政権交代とは、もともとそうした「チェンジ」を可能にするはずのものである。

 いまから早々と諦めるのでなく、11月に来日するオバマ米大統領に、日本国民の悲願を訴える機会とするよう、民主党政権にも日本のメディアにも期待したい。

普天間移設問題については、27日にも北沢防衛相が、
記者会見で現行案の容認を示唆しました。
この発言を、メディアはどう報じるのか?
「基地のない島」へとつながる報道を、強く望みます。

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