その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。
しばた てつじ 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。
7月22日、日本で46年ぶりの皆既日食があった。ところが、中心のトカラ列島をはじめ、薩南諸島もほとんど雲に覆われ、また、全国にわたって「欠けた太陽」、いわゆる部分食が見られるはずだった日本列島のほうも、雲に邪魔されたところが大半だったようだ。なんともついていないことである。
もちろんメディアのほうは、飛行機で雲の上に出るとか、あるいは、晴天に恵まれたところからの生中継など、最高の場面を選んで報道するので、今世紀最長といわれる皆既日食の姿をあますところなく伝えてくれた。
一般の人が見られないものを一般の人に代わって見せてくれるのが、メディアの役割だという考え方もあるが、皆既日食のように直接、宇宙の神秘に触れられるチャンスを、わざわざメディアを通してしか味わえなかったことは、なんとも残念なことである。
私は、船で小笠原近海に行き、きれいに晴れ上がったなかで素晴らしい皆既日食を満喫できた。偶然とはいえ、運のいいことである。
私は、46年前の北海道・網走の日の出直後の珍しい皆既日食を体験した一人である。水平線のかなたから黄金の牛の角のような太陽が上がってきて、水平線すれすれのところでのダイヤモンドリングの輝きとコロナの美しさに、身の震えるような感動を覚えたのだ。
それ以来、皆既日食を世界各地に『追っかけ』、今回が11回目。うち9回は晴れたのだから運のいいほうだろう。「何回見たって同じでは?」とよく訊かれるが、それが違うのだ。それに、日時も場所も天が決めてくれるという「日食の旅」の面白さもあれば、100年先の日食が秒単位まで分かるのに、明日の天気が分からないという面白さもある。
とにかく宇宙の不思議さを直接感じさせてくれる日食の感動を、今回、多くの人から奪ってしまった「日本列島を覆う雲」にあらためて怒りをぶつけたい。
ところで、日食観察の準備に忙しかった船上で、衆院解散のニュースを聞いた。直前まで総裁を代えるとか、代えないとか、予断を許さなかった自民党内の動きも、麻生首相の「涙のお詫び」ですべてがおさまり、8月30日の投票日を目指して日本丸はすべり出したようである。
今度の選挙の特徴は、いうまでもなく、政権交代があるかないかだ。一般論としては、政権交代はあったほうがいいに決まっている。そもそも民主国家で、こんなに長く『一党独裁』が続いている国なんてないはずだ。そそっかしい人なら、日本は『独裁国家』か『共産主義国家』か、と早合点しそうなほどである。
これまでにも細川政権や村山政権のような変則型の非自民政権があったとはいっても、本格的な政権交代とは言い難い。今度の選挙で、民主党政権が誕生すれば、初めての本格的な政権交代の実現となろう。
政権交代がもたらす最もいい効果は、前政権の『失政』を素早く検証できることだ。一般に、どの政権でも自らの失政をなかなか認めようとせず、ときには失政を隠してなかったことにしてしまうことさえあるのだ。
たとえば、前号で書いた沖縄密約文書の公開請求訴訟などもその一つである。沖縄返還にからんで米側の払うべきカネを日本側が支払い、米国が支払ったように見せかけるという密約が37年前に明るみに出たのに、日本政府はいまだに「そんな密約は存在しない」と言い続けている。
密約の電文を明らかにした毎日新聞の西山太吉記者と外務省の女性事務官が国家公務員法違反で裁かれ、有罪判決を受けたというのに、30年経って米国から公文書が出てきたというのに、さらに、交渉に当たった当時の外務省アメリカ局長が「密約はあった」と証言しているのに、政府は頑として認めないのだ。
恐らく政権交代が実現すれば、この種の密約は出てくるだろう。民主党も、かねがね「公開の原則」を強調しており、また、自民党政権の『失政』の結果でもあるので、積極的に出してくるかもしれない。かつて薬害エイズ問題で、厚生省が「ない、ない」といっていた資料が、菅直人・厚相になったとたんに出てきた実例もあるからだ。
ところで、政権交代が実現した場合の心配のほうは何か。それは、なんといっても民主党の安全保障政策のふらつきだ。かつての自民党から社会党までの寄り合い所帯だけあって、安保政策に一本の筋が通ってなく、なかでも、自民党よりずっと右寄りの勇ましいことをいっている人たちが少なくないことだ。
今回の選挙を前に、これまで反対してきた海上自衛隊によるインド洋での給油活動を突然、認める方向に舵を切ったことなども、大きな不安材料だ。給油活動は、米国は喜んでいるのかもしれないが、アフガニスタンでの「テロとの闘い」にどれほどの意味があるのか、その検証もしないうちに「政権交代近し、現実路線に」と舵を切り替えてしまうのでは、政権交代の意味さえなくなってしまう恐れがある。
さらに大きな危惧は、政権交代によって日本の国是である「非核三原則」を崩してしまう恐れだ。核兵器は「作らず、持たず、持ち込ませず」という非核三原則のうち「持ち込ませず」がこれまで守られてきたかどうか明確ではないが、政府は「米側から打診もないのだから持ち込まれていないはず」という建前を崩してはいなかった。
ところが、最近になって「核持ち込みの密約」に関する元政府高官らの証言が相次いでいるのだ。まず共同通信が5月に「歴代の外務事務次官が核持ち込みの密約文書を引き継いで管理していた」と報じたのに続き、6月には80年代後半に次官を務めた村田良平氏がその事実を認め、「前任者から事務用紙1枚の引き継ぎを受け、当時の外相に説明した」と語ったことが朝日新聞などに報じられた。
さらに7月にはいって毎日新聞が8日、「大河原良雄・元駐米大使が、74年のフォード大統領の来日に合わせ、当時の田中角栄政権が核艦船の寄港を公式に認めようと検討したことがあったと証言した」と報じ、10日には朝日新聞が「核ち持込みの密約文書を01年ごろ、情報公開法の施行を前にすべて破棄するよう指示したと、複数の政府高官、外務省幹部が匿名を条件に証言した」と報じたのである。
これだけ続くと「何かおかしい」と感じるのは、私だけではないだろう。政府が隠してきた密約文書などはすべて公開すると宣言している民主党が政権をとることを先取りして、この際、密約を明るみに出して非核三原則をなし崩しにしようとしているのではないか、と疑われるからだ。
それを裏付けるというわけではないが、民主党の鳩山代表が核艦船の寄港を認めてもいいような発言をし、周辺からの注意で慌てて取り消したというような報道もあった。政権交代があるかないかはともかく、日本の非核三原則は、いま重大な岐路に差しかかっているといっていいだろう。
オバマ米大統領が「核のない世界を目指そう」と宣言しているときに、世界で唯一の被爆国、日本が国是の「非核三原則」を捨ててしまうようなことをしたら、歴史に禍根を残すことになる。
今回の選挙は、政権交代があるかないかだけでなく、今後の日本の進むべき道を決める大事な選択である。メディアにとっても正念場だろう。
「メディアは既成事実に弱い」とは、よくいわれる言葉だ。核持ち込みの密約があって、これまで非核三原則がこっそり破られてきたのが現実だとしても、その既成事実に引きずられるのではなく、これからは非核三原則をしっかり守っていくように体制を立て直すことこそが、政権交代の意味であることをメディアも民主党も、しっかり肝に銘じてもらいたいものである。
鳩山発言を受け、すでに一部メディアでは
「非核三原則見直す好機に」との主張も。
「政権交代」の声の陰で、三原則の放棄がなし崩しに進む−−
その可能性は十分にあるとも言えそう。
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