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2013-01-30up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第12回

内閣による憲法解釈の実際(後編)
―歯止めをかける術―

 (前編)では、内閣による憲法解釈の源は、内閣法制局にあることを紹介しました。ほとんどの国民は内閣法制局長官の顔と名前を知りませんし、多くの国会議員は内閣法制局がどこにあるのかさえ知りません。が、政府内部の「憲法の番人」として、公務員が尊重し擁護すべき憲法の解釈を事前に確定し、憲法政治を安定維持させる重要な任務を黙々と遂行しているのです。
 そんな内閣法制局ですが、第2次安倍内閣が発足し、集団的自衛権の行使に係る憲法第9条の解釈見直し論(≠明文改憲論)が台頭している状況で、内閣(第66条第1項に定める構成員)との緊張が生じようとしています。
 これまでの解釈改憲は、①憲法条文と②政府解釈はそのままで、③新たな法律の制定とその運用において日本国憲法の実質的な意味を改変するというレベルの議論でした。しかし今回は、①憲法条文はそのままでも、②政府解釈を180度変更しようとするものです。立憲政治に対する脅威の度合いが違います。
 政府の憲法解釈は、条文の論理性を追求した結果、生まれたものです。この解釈に基づいて憲法秩序を維持することは、誰が内閣総理大臣であろうと、立憲政治の運営上、最低限のガバナンスです。解釈改憲に対する歯止めは、政治部門ではどのように掛かるのか、誰が、どのようにして掛けていくべきなのか、検討していきます。

▼歯止めをどうやって掛けるか
(1)内閣法制局による抑止制御

 確立した政府解釈を維持するよう、まずは、内閣法制局による抑止制御が事前に作用します。(前編)に続き、津野修・元内閣法制局長官の発言を紹介します。

 …それから、例えば内閣の意思決定として法制局の見解、解釈をとらないというようなことが仮にあるとすれば、これはまた、その過程におきましては、私ども法制局といたしましては、法制局の考え方をるる総理なり各閣僚に御説明いたしまして、御理解を賜るように十分な努力をしていくということに尽きるわけでありまして、そこから先、仮にそういうものをされたらどうかなというようなことにつきましては、今お答えする用意はございません(*1)。

 内閣が従前の解釈を放遂しようとすれば、内閣法制局は現状に回帰する方向での説明、説得の努力が果たされるという趣旨のことが述べられています。
 津野元長官の発言は10年前のものですが、組織的に継受されている考え方です。集団的自衛権の解釈変更が一歩先に進もうという場合には、抑止制御が作用することにはなるでしょう。
 しかし、内閣法制局は内閣の上位機関ではありません。最後には、新しい解釈を受容せざるをえません。それでも、発言の後段部分で暗示されていますが、内閣法制局は内閣に対して明文改憲を指南するようなことはしません。
 仮に、内閣法制局を抑え込んだ場合ですが、集団的自衛権の行使に係る政府解釈の変更(新しい解釈)を「閣議決定」によるとすれば、慣例に従い、全会一致でこれを表決することになります(解釈の内容如何にかかわらず、憲法解釈に関する政治責任が明確になります)。この過程で、国務大臣が一名でも反対すれば、従前の政府解釈が維持されます(*2)。他方、可能性として否定できないのが「内閣総理大臣指示」のようなトップダウン形式です。ストッパーがないので、指示の時点で新解釈の効力が発生することになります。

(*1)衆議院憲法調査会統治機構のあり方に関する小委員会(2003年5月15日)での参考人発言。
(*2)ただし、この国務大臣は罷免されるおそれが高くなります。

▼歯止めをどうやって掛けるか
(2)政治主導の可能性

 成功事例とはいえないので簡潔な紹介にとどめますが、"政治主導"の看板のもと、民主党政権が「法令解釈を担当する国務大臣」を置き、憲法解釈のほか、内閣法制局と各省庁の意見調整を行うこととされた時期があります。
 しかし、必ずしも担当大臣の権限の範囲、手続き、効果が明らかでなく(*3)、国会の委員会での答弁はわずかに5回にとどまりました(*4)。解釈は最終的に閣議で決めるという方針を立てていたようですが、その意義は国会内部ですら十分に伝わりませんでした。政権交代ごとに憲法解釈が変わり、憲法政治を不安定にしていたおそれもあったでしょう。
 鳩山内閣以降、内閣法制局長官の答弁資格(政府特別補佐人として国会の委員会で議員からの質疑に答える資格)は事実上の規制を受けてきましたが、2012年1月18日の政府民主三役会議で答弁資格を復活させることを確認し、第180回通常国会以降、適用されています。政治主導の可能性は完全に否定されるものではありませんが、中途半端な運用は禁物です。

(*3)内閣法制局と枝野国務大臣との法的な関係に関する質問主意書及び答弁書(第174国会質問第48号
(*4)衆議院内閣委員会(2010年3月10日、4月9日)、衆議院経済産業委員会(2011年10月26日)、衆議院予算委員会(2011年11月10日)及び参議院予算委員会(2012年2月6日)の5回。

▼歯止めをどうやって掛けるか
(3)常設の憲法委員会による抑制

 衆議院憲法調査会報告書(2005年4月20日)(*5)では、次のように意見がまとめられています。

政治部門における憲法解釈については、それが政府の一部門である内閣法制局に事実上委ねられているのは不当であるとする意見が多く述べられたが、内閣法制局が憲法解釈をするのは当然であり、むしろ、国会がその解釈を鵜呑みにしていることが問題であるとする意見や、内閣法制局による法案提出前の厳格な事前審査は、99条の憲法尊重擁護義務に基づくものであるとする意見があった。
 以上のような現状に対する改革論としては、憲法裁判所を設置すべきであるとする意見や、国会自らが憲法判断を行うようにすることが必要であることから、憲法委員会を常設の委員会として置くべきであるとする意見が述べられた」(同報告書pp404-405)

 衆議院憲法調査会では、内閣法制局に事実上の憲法解釈権が委ねられているのは「不当だ」という多数意見が形成されました。そのうえで「憲法裁判所、常設の憲法委員会の設置」という改革論が紹介されています(政治部門を議論の対象とする本連載では、憲法裁判所の問題は扱いません)。
 下線部、常設の憲法委員会としては、現在、衆参両院に設置されている憲法審査会がそのまま、報告書とおりの役割を担うことができます。政府解釈を是とすることも、是としないとすることも、別の観点からの解釈を示すことも、「憲法審査会決議」(*6)として可能です。
 憲法審査会の権限について、国会法第102条の6は「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査するため、各議院に憲法審査会を設ける」(*7)と定めています。憲法解釈に関する権限が明記されていないとの意見を挟まれそうですが、法に書いていなくとも、そもそも国会は国民代表機関であり憲法審査会はその内部の常設機関であること、上記規定により憲法法制に関する調査と憲法改正原案を審査する権限を持つことから(=解釈抜きではできません)、有権解釈を示すことが可能なのです。
 国会はいままで、憲法解釈に関する権限があまり自覚されてこなかったといえます。国会は、憲法改正発議権(憲法第96条)を行使する前に、やるべき日常業務があるのです。
 運用の問題ですが、憲法解釈に関する憲法審査会としての意思(決議案)を示すための採決は、出席議員の過半数(衆議院憲法審査会規程第11条、参議院憲法審査会規程第11条)ではなく、全会一致で決することが望ましいと考えます。また、両議院の憲法審査会で意思が異なったとしても、無理に調整する必要はないと考えます。

(*5)両議院の憲法調査会は、2000年1月に設置され、5年間にわたって日本国憲法に関する調査が行われました。
(*6)決議は、憲法改正原案に附帯して行われることも想定されます。
(*7)国会法の一部改正により、2007年8月7日から施行されています。

▼歯止めをどうやって掛けるか
(4)個々の議員の質問によるチェック

 議員は、内閣に対して質問主意書(国会法第74条)を提出することができます。政府解釈に関する日常のチェックは、質問主意書の提出によることが簡便です(*8)。答弁書のなかで不当な解釈を示してきたら、再質問を行うなりして、解釈を正していく(牽制する)ことができます。

(*8)憲法第99条と憲法改正との関係に関する質問主意書及び答弁書(第93回臨時会質問第2号)など。

▼小括

 最高裁判所が憲法の番人といわれることは、小学校高学年でも知っています。しかし現実には、特定の事件が提起されなければ、裁判所は自己の発意で憲法解釈を述べることはありません。日本には憲法裁判所もありません。訴訟の提起があるからこそ司法権が発動するのであり、それが無ければ、政治部門による憲法解釈が社会全般に通用します。一人一票訴訟が典型です。極端に言えば、較差が10倍になろうとも、選挙無効訴訟が提起されずに、政治部門が「憲法に違反しない」と判断し続ければ、それが通用してしまうのです。
 日本の司法は謙抑です。法的判断が可能な訴訟事件でも、憲法判断に踏み込まないことがあります。憲法の番人と称せられようとも、条件が整わなければ、憲法違反の社会現実に対してさえ権限を行使しないのです。
 三権はそれぞれ憲法に関する有権解釈を行います。憲法解釈に関する"絶対王者"はつくられないシステムです。"この人、この機関の解釈に従ってさえすれば安心"というような保証は、一切働きません。
 この憲法を制定した主権者の、憲法規範を正しく支える「ぶれない意思」こそ、究極の歯止めなのです。考え新たに、これからの政治を監視していきましょう。

*内閣法制局の実態に関して、さらに考究を深めたい方は、朝日新聞GLOBE「内閣法制局 変わり始めた『法令解釈』の主役」(2010年6月14日)をご覧ください。

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アルジェリアでの事件を受けて、
石破茂・自民党幹事長が自衛隊法改正に言及。
これもまた、憲法上許されるのか? との指摘がなされています。
解釈改憲については、今後の「マガ9」でも取り上げていく予定ですが、
何よりもまず重要なのは、主権者である私たちが、
関心を持って監視し続けることなのではないでしょうか。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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