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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.131

※公式HPにリンクしてます。

インビクタス 負けざる者たち

2010年2月5日公開/クリント・イーストウッド監督 

 1月初旬、秩父宮ラグビー場でトップリーグの試合を見た。そのとき、電光掲示板で流れていたたった1分あまりの映像を見て、涙が出てきた。映画「インビクタス」の予告篇の映像だった。「これは絶対に見たい!」と思っていたところ、アムネスティ・インターナショナル日本主催の試写会があるということで、今週末(2月5日)に公開されるこの映画をひと足先に見せてもらった。
 舞台は1995年の南アフリカ。アパルトヘイトへの反対運動のため、27年間もの長きに渡り囚人となっていたネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)が、その前年に大統領に就任するところから物語は始まる。アパルトヘイト法案は撤廃されたものの、黒人・白人間の対立は根強く、それは冒頭のシーン――マンデラの乗った車を隔てて一方に“ラグビーをする白人”、他方に“サッカーをする黒人”という形で示される。
 そこでマンデラは、目前に迫った自国開催のラグビーワールドカップを分裂した国民をひとつにするための“かすがい”とすることを思いつく。「スプリングボクス(ラグビー南ア代表の愛称)」のキャプテン、フランソワ・ピナール(マット・デイモン)に協力を求め、当時弱体化していたチームを奇跡のクライマックスへと導く。
 スポーツでナショナリズムを喚起することはある種常套手段ともいえるが、当時の南アフリカは少し様相が違っていた。白人が愛するスプリングボクスはアパルトヘイトの象徴であり、彼らが着る緑と金のジャージは黒人にとって最も忌むべきものだったのだ。そこでマンデラは自らを差別し、拘束し、侮辱してきた白人を、自らが先頭に立ち「赦す」ことで、「ひとつのチーム、ひとつの国」への集結を4500万の全国民に呼びかけた。
 マンデラの言葉は、決して激しいものではない。静かでユーモラスだ。なのにそのひと言ひと言はずしりと心に響く。彼が話すたびに、涙が出てくる。背負っているものの違いだろうか、それに比べて日本の政治家の言葉のなんと軽いことよ。僕は実物のマンデラが話している映像をリアルタイムで見た記憶がない世代だけれども、きっと実際のマンデラもこんな感じだったのだろうと思わせるリアリティがそこにはあった。
 正直、ラグビーの描き方は、日本の目の肥えたラグビーファンにはちょっと物足りない気もする。しかし外見はもちろん、細かい仕草まで徹底的に似せたというモーガン・フリーマンの演技は、ネルソン・マンデラという不世出の政治家を追体験する映像として、最上の部類に入るものだと思う。

(山下太郎)

 映画の上映前には、アムネスティ・インターナショナル日本事務局長の寺中誠さん(左)、児童文学者・翻訳家の池田香代子さん(中)、「ニューズウィーク日本版」編集長の竹田圭吾さん(右)によるトークイベントが行われた。池田さんはその中で、「“融和”は21世紀の世界のテーマ。それが実現できることをマンデラは示した。この映画は、9.11以後を生きる私たちへのクリント・イーストウッド監督からのメッセージ」と話した。
 また、南アフリカの厳しい現状も報告され、20%を超える失業率や広がる経済格差の中、今年開催されるサッカーのワールドカップを機に、再び「ひとつの国」としてまとまってほしいとの希望も託された。

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