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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.128

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メディアスポーツ解体
<見えない権力>をあぶり出す

森田浩之/NHKブックス

 本書の目的はスポーツをめぐるメディアの言動を分析・批評することにあるが、自身の情報リテラシーを強化したいと思っている人であれば、スポーツに関心がなくても、きっと役に立つだろう。

 今年の6月に南アフリカで開催されるサッカーワールドカップで、日本代表の一次予選の対戦相手も決まり、マスメディアは日本代表への提言に余念がない。しかし、語る言葉はあまりに雑だ。

 たとえば、日本人の得意とする組織力を生かせ――。一昨年のサッカー欧州選手権で優勝したスペインの華麗なパスワークを思い出せば、「組織力」が日本の専売特許ではないことは一目瞭然である。しかも、そこでは日本代表の個々の選手と「日本人」が巧みにすり替えられている。

 こうしたステレオタイプな物言いで象徴的なのは、アフリカ諸国の選手を評する際の「身体能力の高さ」だ。彼らは(同じく高い身体能力の持ち主であるはずの)欧州やアジアの選手よりも、ずっと高く跳んだり、走ったりするのだろうか? 十把一からげの「身体能力の高さ」は、アフリカの黒人への偏見の裏返しである。人気のある女性アスリートを「ファーストネーム」で呼びたがるメディアの体質とも根底で通じている。

 スポーツのビッグイベントは、メディアにとって最も重要なコンテンツだ。本書によれば、2008年度に放映されたテレビ番組で世帯視聴率30%を超えた8本のうち、6本がスポーツ番組(WBC=ワールドベースボールクラッシックと北京オリンピック)であった。歴代の高世帯視聴率番組トップ10のなかにも、スポーツ番組は7本入っている。まさにスポーツはメディアのドル箱なのである。

 今年2月のバンクーバー冬季五輪、6月のサッカーワールドカップで、メディアは誰かをヒーローとして祭り上げたり、小さなエピソードを感動の物語として紹介したりするだろう。

 WBCで「日の丸をつけることの誇り」を語るイチローに違和感を覚えた人は少なくなかったと思う。私もその一人だが、彼の饒舌の不自然さは、それを意図的にやっていたからではないか。WBC後、右派系雑誌がイチローへのインタビューをした際、ナショナリスティックな発言を期待するインタビュアーを、イチローはさらりとかわしている。

 一流のアスリートであるイチローは、メディアの狂騒状態がスポーツ本来の面白さを見えなくさせてしまうことを快く思っていなかった。にもかかわらず、WBCを盛り上げるため、あえてメディアを躍らせた――とすれば、イチローはやはりただものではない。

(芳地隆之)

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