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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.90
日本国の原則 ─自由と民主主義を問い直す

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日本国の原則
─自由と民主主義を問い直す─

原田 泰/日本経済新聞出版社

 経済企画庁、財務省を経て、現在は大和総研チームエコノミストを務める著者の優れた歴史書である。エコノミストならではの分析を加えた歴史観は、読者に新しい視点を提供してくれる。たとえば明治時代の養蚕産業に関しては、

 「……繭から生糸を引き出すことは大変な技能労働であり、細い糸を切れることなく引くことに長けた工女の中には、日露戦争の最中年に100円稼ぐものもいたという。当時(1950年)の100円と言えば、普通の平屋なら二軒、極上の二階屋を普請しても一軒建てられる額であったという」

 私など、当時の製糸業と聞けば、悪辣な資本家が貧しい家の娘たちに過酷な労働を強いるという「女工哀史」を連想しがちだが、著者によれば、生糸は、すぐに死んでしまう小さな虫を細心の注意で飼い、若い女性の器用な指先で糸を操らないと商品とならない。暴力による強制で成り立つ仕事ではなく、品質は工女のインセンティブに依存していたのだという。

 こうして資本主義社会が発展していくなか、どうして日本は満州事変、日中戦争、太平洋戦争へと進んでいったのか。その背景には、若者の野心を実現できる場が軍隊だけではなくなり、なかでも都会の若者に経済的な成功をおさめる機会が増えたことがある。

 そうした社会に不満を募らせた地方出身の若手将校のなかで、改革の機運が盛り上がり、軍の声が大きくなるのだが、満州事変以降、政府による統制の強まった経済政策が豊かさをもたらすことはなかった(それどころか満州の軍人は日本の税金を使って、贅沢な暮らしをしていた)。

 戦後の経済政策は、官僚主導の傾斜生産方式(基幹産業へ重点的に資源配分を傾け、発展させることで、全体の経済を底上げする政策)に変わる。著者は、戦後日本の7つの失敗産業(民間航空機、化学、証券業、ソフトウェア、洗剤、アパレル、チョコレート)で政府の関与が甚だしかった点を指摘し、官僚主導の政策が戦後経済を発展させたという説は間違っていると述べる。また、2006年の日本のGDPに占める輸出の比率が16%に過ぎないことを挙げ、日本の生活水準は国内経済が十分に効率的かどうかにかかっていることを強調。「日本経済は輸出頼み」という偏見を正す。

 人口減少や教育に関しても同様、メディアで展開される議論の間違いを論破する。それができるのは、日本の豊かさを保証するのが自由と民主主義であることを歴史的に検証しているからだろう。私たちは「改革」の連呼などに踊らされる必要はない。

(芳地隆之)

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