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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.79
オフサイド・ガールズ

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オフサイド・ガールズ

2006年イラン/ジャファル・パナヒ監督

 女性のサッカー観戦が禁じられているイランで、男装した少女たちがスタジアム潜入を決行! そんな宣伝文句に、男子サポーターの格好をした少女たちと、彼女たちを取り締まる警備員とのいたちごっこを想像し、食指は動かなかった。安直な笑いでイランという国の保守性をちくりと刺す、ありがちなコメディと高を括っていたからだ。

 私のステレオタイプな予想は見事に裏切られた。映画は、ワールドカップ・アジア最終予選、イラン対バーレーン戦を見に行った娘を取り戻すため、老父がヒッチハイクでスタジアムへ向かう冒頭から淡々と進み、効果音や音楽の挿入のない素朴なつくりに、するすると引き込まれるのである。

 各自、知恵を絞って変装したにもかかわらず、少女たちはスタジアムで警備を担当する兵士に拘束され、観客席の外に留め置かれる。そこでの兵士と少女のやりとりが話の中心だ。

 「サッカー場に女性を入れないのは、男性たちの汚い罵声を聞かせないためだ」と、入場禁止の理由を説く兵士に対して、少女の1人は、「この前の対日本戦では日本人の女性が観戦していたではないか」と食ってかかる。すると兵士は、「日本人はイラン人の言葉がわからないからいいんだ」と面倒くさそうに答える。地方の農村出身の兵士は、病気で寝込んでいる母に代わって、放牧の手伝いをしなければならなかった。本当は早く仕事を切り上げたいけど、少女たちをきちんと監視していないと、後で上官に大目玉をくらうし……。そんな気もそぞろな彼の風情は、男装の少女たち以上におかしい。

 この映画を見て、イスラム国・イランに対するいくつかの偏見が取り払われた。たとえば、サッカースタジアムへの女性サポーターの潜入は現実にもあるが、警備側は全員を取り締まれないと半ば見逃していること、テヘランの映画館では男女カップルの入場が公然の秘密であること。

 欧米のメディアが私たちに植えつけるイメージよりも、この国はずっと「ゆるい」のだと思う。

 本作品は、2005年6月8日、テヘランで行われたイラン対バーレーン戦の当日、現場でゲリラ的に撮影されたという。確かにスタジアムの入り口周辺では、不思議そうな目でカメラを見つめている人がいた。といって、違和感はなく、一般客と出演者はほどよく交じり合い、ワールドカップ出場を決めた日の夜のお祭り騒ぎにいたっては、イランの人々の「脇の甘さ」がとても愛おしくなるのである。

(芳地隆之)

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