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マガ9レビュー

081105up

本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.78
こんなニッポンに誰がした

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魔王

伊坂幸太郎/講談社文庫

 見知らぬ他人に、自分の考える言葉を発せさせることのできる兄、じゃんけんや馬券など、確率にかけるゲームに勝ち続ける弟。こんな特異な能力をもった2人が、カリスマ政治家によって大衆が扇動される危うい時代と対峙する。

 本書は、兄の闘いと死を描く「魔王」と、兄の意思を無意識のうちに引き継ぐ弟を追う「呼吸」の2部構成だ。冒頭は、小泉元首相による郵政選挙旋風や靖国神社参拝で激化する中韓諸国との摩擦など、当時の国内外での異様な熱気を思い出させる。しかも、驚くのは「魔王」「呼吸」ともに2005年夏の郵政解散選挙以前に書かれていること。著者にも、兄弟のような能力があるのだろうか。

 兄は、未来党党首の犬養と彼を「改革者」として熱狂的に支持していく民衆の姿に、かつてのイタリアで台頭したベニート・ムッソリーニを重ね合わせる。イタリアのファシスト同様、当初はキワモノ扱いされていた犬養だが、選挙に勝利して首相になるや、国民投票による憲法の改定を問うにいたる。そして弟は、まるで兄の魂が乗り移ったかのごとく、次のように語るのである。

 「(もし、俺が政治家だったならば)こうやるよ。最初は、大きな改正はやらないんだ。九条は『自衛のための武力を保持する』とその程度にしか変えない。……マスコミは連日、この件について論じるし、知った顔の学者が様々な意見を言う。そして、たぶん憲法は変わる。大事なのはその後だ。時期を見計らって、さらに条文を変えるんだ。マスコミも一般の人間も、一回目ほどのお祭りは開催しない。……『もういいよ、九条は改正されてるんだからさ、また変えればいいじゃないか』という感じだろうな。既成事実となった現実に、あらためて歯向かう気力や余裕はないはずで、『兵役は強制されない』の条文を外すことも容易だ」

 権力者の思惑を見透かすようなセリフだが、それ以外にも、この作品には思わず線を引きたくなるような言葉がたくさん出てくる。

 「ただ、よく言う人がいるだろ。日本の歴史教育は、自虐的で、だから若者が国に誇りを持てない、って。……どっちかと言えば、誇りが持てないのは大人が醜いからだよ。政治家がテレビの前で平気で嘘をついたり、証人喚問で、禅問答のような答弁をしたり、そういうのを見てるから、舐めてるに決まってるんだ」

 「たとえばさ、普段は、平気でゴミをポイ捨てしたり、他人の迷惑を顧みないで、『別に法律に違反してないじゃんか』って列に割り込んだりしている人たちがさ、こういう時だけ、国際社会の一員としての義務、とか知った顔で言い出すのが、わたし気味悪いんだよね」

 兄弟が身につけたある種の超能力は、一指導者によって人々がひとつの方向へ雪崩打つことを防ぐ武器として使われる。ただし、それはSF的なツールではない。国民が狂喜乱舞し、少数意見が抹殺されるような時代にあって、たった一人でもできる抵抗のヒントを与えてくれるものだ。

 ちなみに私の一番のお気に入りのセリフは、
「考えろ、考えろ、マクガイバー」。マクガイバーとは、兄が子供の頃に見ていたテレビ番組のヒーローのこと。兄は、ピンチに立つと、こう自分に言い聞かせ、事態の打開を図るのであった。

(芳地隆之)

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