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マガ9レビュー

081015up

本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.75

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金子勝の食から立て直す旅
─ 大地発の地域再生 ─

金子勝編著/岩波書店

 中国で製造された食料品への残留農薬混入に大騒ぎしていたその足元で、汚染米が複雑な流通経路から多くの食料品に使われていたことが発覚するなど、この国の食の安全への信頼は地に落ちつつある。そんななか、1年半前に発刊された本書を再読し、金子氏の先見性にあらためて感服した。小泉政権の構造改革のまやかしを早くから見抜き、起こりうる問題を予見していた同氏は、専門ではない農業分野でもその鋭さを発揮する。

 とはいえ、本書の最大の魅力は、日本の農業政策への批判にではなく、厳しい状況にあって素晴らしい成果を挙げている各地の農山村の試みを紹介するところにある。

 たとえば、ブドウ産地の南限といわれる宮崎県都農町で、地元のブドウによるワイン作りにこだわり、英国の『ワインリポート』で数々の1位を獲得した小畑暁さんと三輪晋さん。彼らはよりよいブドウを育てるため、微生物が生きやすい土壌作りに取り組んでいる。徳島県上勝町の第三セクター「彩」では、地元の資源である木々や草花を料理の「妻物」へと商品化することに成功し、年間売り上げ二億五千万円を誇る。しかも、その主力は地元の高齢者たちだ。大分県日田町の大山農協は、これまでシイタケに特化していた農産物を、春にウメ、秋にクリを収穫する「ウメクリ運動」を手始めに、多品種少量生産型へと転換した。いまでは自ら直売所やカフェ・レストランを経営するなど、従来の流通形態に革新をもたらした。

 地方交付税の削減、農産物保護制度の縮小、郵政民営化、医療や介護分野における規制緩和やサービス抑制など、「地域間格差を埋める諸制度が次々解体されていく」(金子氏)なかで、最も打撃を受けているのは人口減と高齢化に悩む地方の町である。本書に登場するのは、そうしたマイナス条件をプラスに転化すべく奮闘する人々だ。彼(女)らの存在に、私たちが希望を感じとるとすれば、先鋭化する問題に正面から向き合うなかからこそ、社会の仕組みを変える力が生まれるとの予感があるからだろう。マガジン9条で「やまねこムラだより」が愛読される理由のひとつも、そこにあるのではないか。

 かつて構造改革の旗振り役だった竹中平蔵氏は、台風が九州・四国の南部を直撃した際、「山間地の村落に人が住んでいると救助が大変だから、なるべく町に移住してほしい」という類のことを言ったことがある。その地に根づく独自の文化への視点とか、不利な条件を大企業との競争がないチャンスとみるような考え方とは対極にある発言だった。

 日本の希望は「あと15年で理想のブドウができれば早いくらい。50年でできればいい」(前述の小幡氏と三輪氏)というような、次世代にまたがった発想のできる人々のなかにあると思う。

(芳地隆之)

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