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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.33
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『戦争という仕事』

内山節/信濃毎日新聞社

 戦争の理由はいろいろ語られる。自由や民主主義の理想を広めるためであったり、自衛のためのやむを得ぬ抵抗であったり。一方、それに反対する側は、戦争の不当性や非人間性を衝く。あるいは無数の人間を殺す行為そのものを拒否する。

 前者には勇ましく腕を振りかざす人がいて、後者には怒りや絶望に苛まれる人がいる。ただ、イデオロギーやヒューマニズムから離れて、戦争を「仕事」という視点で見るとどうだろう? 胸のなかにぽっかりとブラックホールが空いたような気持に襲われないだろうか。

 二〇〇三年十二月、イラクへの派遣が決まった自衛隊の隊員はテレビのインタビューに「我々は命令が下れば、それに従うだけです」と答えた。これに対して著者は、軍人であるから当然とし、それが文民統制の基本であることを十分承知の上で、こう問いかける。

「自分の仕事が社会にどんな有用性やマイナスを与えるのかを問うことなく、つまりそのことに対する判断を棚上げして命令に従うのが仕事だと納得することのなかに、仕事の頽廃は存在してはいないだろうか」

 薬害肝炎の被害者に対する厚生労働省や薬品会社の不誠実な対応、あるいは食品に関する情報の数々の偽装など、仕事の頽廃は戦場に限らない。これらを「不祥事」ではなく、「頽廃」といわざるをえないのは、そうした嘘やごまかしも、彼らには「仕事」という意識があるからではないか。そうでなければ、当事者たちの表情にもっと深い悔いや苦悶が刻まれるはずである。

「判断を捨て去ることによって成り立つ仕事が人間の仕事として肯定されてよいのだろうか」

 著者のさらなる問いかけは、あなたや私にも向けられている。

 右からきたものに手を加え、左に流してこと足りる作業からは、自分の仕事をトータルに見据える視点をもつのは難しい。そうした労働のなかに「戦争という仕事」が潜り込む隙がある。

 ならば私たちはどうすればいいのか。

 群馬県上野村に居を構え、村人たちとともに暮らし、働きながら、思索を続ける著者は、これまでも自然と人間のあり方を問い続けてきた。しかし、彼の著作に「共生」「環境」「持続可能性」といった言葉はほとんど見当たらない。

 自然と人間、生き物と人間、そして人間と人間の関係性のなかで営まれる仕事を生活のなかで考える。そんな姿勢からつむぎ出される言葉は、学術的な用語をよりやさしく、より深く掘り下げていくのである。

 だからこの人の言葉は信頼できる。

(芳地隆之)

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