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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.5
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岩波ブックレット ¥504円 (税込)

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『国民投票 憲法を変える? 変えない?』

豊 秀一/岩波ブックレットNo.697

 いよいよ「国民投票法案」が、国会通過か、という状況になってきてしまいました。
「マガジン9条」でも、ジャーナリスト今井一氏と大東文化大学助教授井口秀作さんの「国民投票をめぐる徹底討論」などを掲載して、その中身や問題点を検証してきました。しかし、もはや検証の時期は終わったのかもしれません。最終判断が迫られる局面に入ったといえます。
 そんな時期に、もう一度この法案について考えるための、とても手軽で、しかし中身の濃いブックレットが出ました。それがこの『国民投票 憲法を変える?変えない?』です。
 この中で著者の豊さんは、これまでの法案をめぐる経緯を説明しながら、数々の問題点を指摘しています。

◎国会の発議から実際の投票日までの期間の問題。与党案民主党案ともにそれが「60日以降180日以内」としているが、それで十分なのか。
◎テレビCMや、メディア規制の問題。特にテレビCMは投票日の14日前から禁止、とされているがそれでいいのか。14日以前は野放し状態となる。CMによる刷り込みの危険性はほとんどマインドコントロールだし、当然のことながら、資金力によってその放送量には圧倒的な差がつく。どちらが有利かは、財界の総本山・日本経団連の御手洗会長が「改憲」を標榜している以上、説明するまでもない。
(この問題については、『マガジン9条』で、カタログハウス社長の斎藤駿さんが丁寧に論じているから、ぜひ参照してほしい)。
◎「国民投票広報協議会」の問題。これは国会の中に作られ、衆参両議院から同数の委員を選ぶということになっている。国会が自ら提案した憲法改正案を自らが広報する、ということで果たして公平さは担保されるのか。その疑問は、払拭できない。
◎「憲法審査会」の設置に関する問題。これは2000年に衆参両院に作られた憲法調査会を事実上改組し、新たな組織にしようというもの。つまり、調査が目的だった調査会を、原案を作る強い権限を持つ審査会に格上げするもの。独走する可能性には触れられていない。
◎民意の正確な反映ができるかという問題。投票に際して賛否を問う課題の立て方は、公平にできるのか。
◎最低投票率の問題。例えば投票率が50%だった場合(ちなみに、今回の東京都知事選の投票率は約54%)、その過半数の賛成なら、全有権者数の25%の賛成で改憲は成立することになる。それでいいのか。
◎有権者の年齢は何歳からか。一般の選挙との整合性はどうするのか。

 ここに挙げた以外にも、疑問点・問題点はたくさん指摘されています。このように問題が山積みなのに、なぜそんなに成立を急がなければならないのか。この本のユニークなところは、その成立を急ぐ最近の「政治状況」にもきちんと触れていることです。
 これまで「国民投票法案」についての議論では、その技術的な側面ばかりが強調されるきらいがありました。つまり「どうすれば国民にとって真に民主的で平等な法案になるのか」とか、「諸外国での例に遜色のない法律にするべき」「これまで改憲手続法の国民投票法がなかったのがおかしい。改憲に賛成か反対かはさておき、両派に平等な法律は必要である」「この法律がないから、解釈改憲がまかり通ってきた。国民主権を取り戻すための真に民主的な国民投票法を作るべき」「そのための法案作成は急がなければならない」などといった意見が、この議論をリードしてきたのです。

 しかし、この本では「なぜ今、国民投票法か?」という疑問を、戦後政治の歴史的状況を踏まえて検証しています。
 技術的に正しい法案を作ることは当然必要でしょうが、その前に、なぜ今なのか、という現在の政治状況を考えなければならない、と説くのです。
 小泉首相から安倍内閣への流れ。特に安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」は、まさに憲法改正を最大の目標としたものです。日の丸君が代の強制、教育基本法改定、防衛庁の省昇格、これらすべての政治的流れが唐突ともいえる「国民投票法案」のゴリ押しにつながっている、と読み解くのです。
 技術論もさることながら、その裏に隠された政治的意図をきちんと把握するべきだとするこの本の中身は、確かに大切な戦後の分岐点を示唆しています。

 なぜ今、国民投票法か?
 一部を除き、ほとんど盛り上がっていないといわれる「憲法改正のための手続法である国民投票法」の審議の行方を、私たちはもっと関心を持って見つめ、その行方に対し、はっきりと賛否を表明するべきです。この本は、そのための絶好の教科書といえるでしょう。

(鈴木 力)

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