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2013-06-05up

時々お散歩日記(鈴木耕)

138

くろぐろと 夕闇にたつ議事堂を 民を葬る石棺と見る

 6月2日、僕は東京での「反原発デモ」に参加した。最初は芝公園。着いたときには広場がぎっしりと人で埋まっていた。正直な話、ちょっとホッとした。このところの「反原発運動の退潮」というマスメディアの報道に多くの人たちが乗せられて、参加者が減っているのではないか、と少し心配していたからだ。
 その心配は杞憂だった。デモの隊列は、長く長~く続いて、日比谷公園まで…。
 同じころ、明治公園でも大きな集会とデモが行われていた。そちらにも1万人を大きく超える参加者があったという。
 僕はその後、日比谷公園から国会前へ。
 同じように、たくさんの人たちが坂を上って国会前へ押し寄せていた。僕が国会正門あたりへ辿り着いたのは4時半ごろだったが、そのときすでに歩道には人が溢れ、前へ進むのに苦労するほどだった。カウントしていた主催者に聞いたところ「もう参加者は3万人を超えています。まだまだ増えているから最終的には倍以上になるでしょう」。
 翌日の新聞では、東京と毎日が6万人、朝日は(延べ)8万5千人と書いていた。残念ながら10万人には届かなかったけれど、それでも物凄い人数が政治の中枢の国会議事堂(僕には「石棺」としか見えないが)を取り囲んだのだ。この抗議の声を、相変わらず政治家たちの耳は聞き取れないのだろうか?
 影になって夕景に浮かぶ国会議事堂を見上げたとき、だいぶ前に作った拙い歌が、またふっと頭に浮かんだ。

<くろぐろと 夕闇にたつ議事堂を 民を葬る石棺と見る>

 ツイッターでも書いたけれど、このデモの中から「安倍は辞めろーッ!」というシュプレヒコールが湧き上がっていたことに気づいた人も多かったのではないか。
 安倍人気がやたら高いという。ほんとうかな…? と僕は疑問に思っていたのだが、その人気を支えてきたといわれたアベノミクスもなんだかひどいことになってきている。

 まず、株価の凄まじいほどの乱高下。それも“高”よりも“下”のほうに比重がかかり始めている。「1万8千円も間近だ」「いや、2万円も望める」「いまが買いだ」と煽り立てていた週刊誌が、ぴたりと鳴りをひそめ、逆に「アベノミクス崩壊も」とか「株で大損の投資家の嘆き」「もう投売りが始まった」などという見出しが躍り始めた。
 変わり身の速さは週刊誌の常だが、それにしてもの手のひら返し。週刊誌が足を引っ張り始めると政治家たちの喘ぎが始まる、というのがパターンだが、今回もその兆しが見え出した。
 テレビはいまも「高級品が売れている」「消費の伸びが堅調」などと、アベノミス(安倍のミス)を持ち上げているが、一方で、小さいながらも「中小企業の悲鳴」とか「輸入品の値上がりが消費者を直撃」などという報道も見られるようになった。後で批判を受けぬよう、いまから多少のエクスキューズをしておこうというテレビ局の魂胆か。

 マスメディア各社が毎月のように行う“世論調査”でも、安倍内閣の支持率は少しずつだが下がり始めている。
 さらに、各地方での首長選挙では、自民党推薦候補が軒並み苦戦。中央メディアの観測とは、まったく違う結果が生まれ始めている。例えば、6月2日に行われた岐阜県美濃加茂市の市長選では、無所属28歳の藤井浩人さんが自民推薦のベテラン市議会副議長を、1万1千票:9千票という思いがけぬ大差で下して初当選。
 他にも、自民敗北は地方で顕著だ。毎日新聞(6月2日付)は次のように書いている。

 安倍内閣が高支持率を続けるなか、地方選での与党候補の敗北が相次いでいる。(略)
 自民党は千葉市長選(5月26日投票)で民主系現職に対立候補を擁立できない「不戦敗」を喫し、さいたま市長選(5月19日投票)でも自公推薦候補が現職に敗れた。両市とも現職は2009年に民主の支援を受けて初当選し、当時は民主への政権交代の流れを作ったとされた。だが今回、与党側は奪回に失敗した。
 6月16日投開票の静岡県知事選では、やはり09年に民主推薦で当選した現職を前に「厳しい戦いになる」とみて、公明党はいち早く自主投票を決定。自民党も県連が擁立した候補を推薦せず「支持」にとどめた。
 安倍晋三首相は経済再生を柱に参院選を乗り切る意向だ。ただ、首相の経済政策は株価中心の期待先行型。幹事長経験者は「大企業の業績は良くても地方では景気回復の実感につながっていない」と分析する。
 懸念に追い打ちをかけるのが、地方組織の緩みだ。5月22日投票の千葉県八千代市長選では、自公推薦の前県議が、市民グループや共産党市議などが支援した無所属候補に敗れる波乱が起きた。(略)
 自民党は、4月には青森、名古屋の両市長選に加え、東京都小平市長選でも敗れている。(略)

 自民党は、かなり焦ってきている。あれだけの“世論調査での内閣高支持率”にもかかわらず、これだけ敗戦が続いているのだから、焦るのも当然だろう。
 しかし、この焦りへの特効薬はない。安倍人気のかなりの部分は、いわゆる“ネット右翼層”なのだが、その連中の、特に韓国系の人たちへのあまりに薄汚い、いわゆる“ヘイトスピーチ”が災いして、沈黙していたマスメディアでさえ“ネトウヨ批判”を展開するようになった。批判されると、彼らはますます汚い言葉を吐き散らす。それがさらに安倍人気の足を引っ張る、という悪循環が起きている。
 なにしろ、首相夫人の安倍昭恵さんが韓国のミュージカルを観劇に行ったというだけで、ネット上で昭恵さんへ膨大な批判が寄せられたというのだから尋常ではない。 慌てた安倍も「ヘイトスピーチはよくない。どの国の人たちとも友好でなければならない」などという、心にもない言葉を発せざるを得なくなる始末。そのため、一部のネット右翼層は安倍離れを起こし始めているとも聞く。

 さらに、橋下大阪市長による“慰安婦問題”や“風俗「活用」発言”などが、安倍の歴史認識問題へも飛び火、自身の極右思想を封印せざるを得なくなってしまった。アメリカ・メディアに「安倍首相は極右」とか「歴史修正主義者」などと批判され、米政府も危惧の念を持ち始めたのだから、どうにも動きが取れなくなったわけだ。
 何しろ欧米では「極右」や「歴史修正主義」は「ファシスト」や「ナチ」とほぼ同義語とされるのだから、オバマ政権だって見逃すわけにはいかなくなる。オバマ政権内部からも安倍への批判が出始めた。
 困惑した安倍は、「慰安婦や侵略の問題に関しては、歴代政府と同じ認識に立ちます」と、あっさりと自説を撤回して謝ってしまった。まるで親戚のおじさんに怒られて、半ベソかきながらゴメンナサイしているぼんぼんである。
 ことに「極右批判」はこたえたようだ。「参院選の争点にする!」と大声を張り上げていた「憲法96条改正」を引っ込めざるを得なくなったのもその表れだろう。
 それでも「侵略の定義は学問的に定まっていない」と、国連の「侵略定義」の否定をこっそり繰り返す。それならば、国連の場へ出て各国首脳の前で自説を堂々と開陳してみるがいい。そんな勇気も度胸もあるとはとても思えないが。

 アベノミクスなる経済政策で、なんとか持ちこたえようとしているものの、前出の毎日新聞が指摘するように、頼みの綱は株価上昇のみ。それすら大暴落の危機的状況。
 僕は、このコラム(136回)で「翳りが見え始めた安倍首相」と書いたけれど、それが表面化し始めたといっていいと思う。

 野田佳彦前首相は、2011年12月に福島原発事故収束という凄まじいウソを宣言し、そのウソに寄りかかって、翌12年6月に大飯原発再稼働を行った。これが国民から巨大な反発を受け、結局、民主党の歴史的大敗への道を開いてしまったのだ。
 安倍首相のやり方が、どうもこのときの野田に似てきたみたいに思える。アベノミクスというほとんど中身のよく分からない“政策”で、一時の株価上昇と円安誘導には成功したように見えたものの、内実が伴わなければ化けの皮が剥がれるのも早い。
 だから、何かはっきりと目に見える目玉政策がほしい、と安倍は考えたのだろう。
 その安倍流経済政策の目玉が、どうも“原発再稼働”らしいのだ。朝日新聞(5月31日付)がこう指摘している。

 安倍政権が6月にまとめる成長戦略の素案に「原発の活用」を盛り込み、原発再稼働に向けて「政府一丸となって最大限取り組む」と約束することがわかった。東京電力福島第一原発事故を受けて脱原発を求める声は根強いが、安倍政権の経済政策「アベノミクス」で目指す経済成長には原発が欠かせないという姿勢を鮮明にする。
 素案は、成長戦略をまとめる産業競争力会議で5日に示され、12日までに正式に決めたうえで、14日にも政府方針として閣議決定する。成長戦略に「原発の活用」が入れば、中長期にわたって原発に頼る経済・社会を続けることになる。(略)

 安倍は、原発再稼働へ完全に舵を切ったといっていい。どんな調査を見ても、国民の6~7割が脱原発を指向しているというのに、国民の声など無視というわけだ。
 野田は、官邸前の再稼働反対の声を「大きな音だねえ」と言ったことで、ついに反対の人々の代表者と面会せざるを得なくなったけれど、安倍にはその「大きな音」さえも届いていない。
 僕が国会議事堂を「石棺」と詠んだ思いは、こういうことなのだ。

 ちょうど1年前の6月、国会前のデモで響いた「野田辞めろーっ!」は、ほどなく実現したけれど、今年の6月に国会前にこだました「安倍辞めろーっ!」は、いつ…?

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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