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2013-01-09up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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安倍晋三内閣の悪夢…

 他のところでも書いたけれど、「明けまして…」の次に「おめでとう」とは言いたくない気分の年明け。今年はどんな年になるのだろう。

 安倍自民党は衆院選で「日本を、取り戻す」というキャッチコピーを掲げて大勝した。そして安倍首相は最近、しきりに「新しい日本」というフレーズを連発している。
 だが、よく考えてみればどうもおかしい。「取り戻す」中身は、原発再稼働と新増設容認であり、憲法改定と国防軍の創設であり、公共事業によるばら撒き経済の復活である。これらのどこが「新しい」のか? すべて元へ戻るだけではないか。

 自分たちが造って事故を起こしたにもかかわらず、原発を容認する。旧い自民党エネルギー政策の焼き直し。
 国防軍の創設は、旧日本軍の復活である。
 「国土強靭化計画」なる言葉を掲げて公共事業の大復活を目論む。これも、旧い土建国家への逆戻りだろう。

 つまり、安倍首相の言う「新しい日本」とは、実は「旧い日本」への先祖返りに過ぎないのだ。「旧いもの」を「新しい」と言う。こんな言語矛盾に気づかないのだろうか。もし気づいた上で話しているとすれば詐欺的だし、気づいていないとすれば政治家失格だろう。

 安倍首相は就任早々、「原発新増設も視野に」などと言い出した。毎日新聞(12月31日付)にこうある。

 安倍晋三首相は30日、首相官邸でTBSのインタビューに応じ、今後の原子力政策について「新たにつくっていく原発は、40年前の古いもの、事故を起こした(東京電力)福島第一原発のものとは全然違う。何が違うのかについて国民的な理解を得ながら、それは新規につくっていくことになるのだろう」と述べ、新増設に前向きな考えを示した。(略)

 支離滅裂だ。「福島とは全然違う。何が違うのかの国民的理解…」。言っている意味がまるで分からない。どこがどう、全然違うのか? まったく中身がない。
 あまりの無内容に自分でも気づいたのか、それとも誰かに入れ知恵をされたのか、安倍首相、すぐに自分の言葉を修正してしまった。東京新聞(1月5日付)。

 安倍晋三首相は四日、三重県伊勢市で伊勢神宮参拝後に念頭の記者会見を行い、原発の新規建設について「直ちに判断できる問題ではない。原発事故の検証と安全技術の進捗を見据え、ある程度の時間をかけて検討していきたい」と述べた。昨年末の民放番組で示した新設に前向きな姿勢を軌道修正した発言だ。
 首相はエネルギー政策に関し「原発依存度を低減させる方針に沿って判断するのは当然のことだ」と強調した。修正は、原発新設に慎重な公明党への配慮とみられる。(略)>

 たった1週間で、重要政策をあっさり"修正"した。多分、選挙結果の分析で「原発推進派が勝ったというのは誤りで、民意はやはり脱原発」ということを、誰かブレーンが安倍に吹き込んだに違いない。「とにかく、7月の参院選までは、あまり本音を言っちゃいけません。分かりましたね」とでも釘を刺されたのだろう。でなければ、こんなにあっさりと軌道修正してしまった意味が分からない。
 だから、参院選後が危ない。もし参院選で安倍自民党が勝利して過半数を制したりすれば、原発政策などすぐに引っくり返すだろう。さらに、ここでもし、自民他の改憲勢力が3分の2以上を得たりすれば、一気呵成に憲法改定へまで突き進みかねない。それは、9条改定であり国防軍創設へつながる道でもある。
 だが、国防軍など、そう簡単にできるだろうか。
 これに関して、東京新聞・本音のコラム(1月3日付)で、竹田茂夫法政大学教授が、「国防民営化の悪夢」と題して、かなり辛らつな見方を書いている。抜粋して引用する。

 初夢にしては縁起が悪いが、自民党の選挙公約に沿って憲法改正で国防軍が創設されるものとしてみよう。どのような事態になるだろうか。
 まず、軍備増強が可能になる。徴兵制は世論の支持を得られないから志願制を取る他はないが、防衛省の「防衛力の人的側面」(二〇〇七年)が懸念するような自衛隊への応募状況では、精強な軍創設もおぼつかない。
 そこで国防の外注化・民営化が不可避となる。(略)新政権の親ビジネス路線とも符合する。
 軍は大学のキャンパスで募集活動を始めるだろう。積極的な将兵募集は、柔軟な労働市場を求める財界の要請にもぴったりだ。非正規や失業中の若者の生計とキャリア形成を、国防の大義名分で国が面倒を見ることになるからだ。軍需は内需拡大に直接結びつき、輸出産業になる。(略)
 短兵急の核武装は米国との摩擦を引き起こすのでありえない。だが長期的には選択肢になる。プルトニウムを生み出す原発は維持する必要があるというわけだ。(略)兵たん、情報収集、警護等の軍需に応じて、土木・建設、外食、セキュリティー、通信等の企業は民間軍事会社へ脱皮するであろう。(略)
 米国で軍事費削減がタブーであるように、日本でも平和主義は非現実的と一蹴されて軍事費は聖域化するはずだ。何しろ、巨大な中国や暴発気味の北朝鮮が相手だから、軍事費はいくらあっても足りなくなる。(略)
 財界保守派にとっては理想郷(貧困層には暗黒郷)を実現するためには、実際の戦争が必要になる。米国が経験してきたような一連の大規模な戦争があって初めてこの話は成り立つことに注意すべきだ。

 長々と引用してしまったが、これはかなり怖い近未来を示唆している。竹田教授の論を僕なりに強引に整理すれば、次のようになる。

 自民党大勝→憲法改定→国防軍創設→軍備増強→だが徴兵制は無理→国防の外注化・民営化→大学生への募集活動→財界の要請に適合→プルトニウムの必要性→原発新増設容認→大企業の民間軍事会社への脱皮→産軍複合体の形成→軍事費の聖域化→財界保守派の理想実現→実際の戦争……。

 「ワイルドだろぉ!?」なんて笑ってはいられない。
 「何をバカな」
 「そんなバカな夢物語が実現するはずがない」
 「民主主義の国では、国民が戦争を許さないはずだ」
 「いつでも話を悲観的なほうへ持っていく知識人の悪い癖だ」…などという批判が投げつけられるだろう。
 ハリウッド映画の定番に、こんなのがある。
 大統領選挙が迫り、現職はどうも人気薄。そのときに採る支持率回復の最高の手段は「戦争」だ。どこかのテロ国家(ないしはテロ組織)が、米国に対して卑劣な攻撃を仕掛け(むろん、大統領サイドの自作自演)、それに対し大統領は"毅然として"立ち向かう。そして、小国の独裁者(ないしはテロ組織指導者)を、難癖をつけて打ち倒す。人気は急上昇、劣勢だった選挙に圧勝か…。
 だが、ハリウッド映画の場合は、ここで正義派の政治家やジャーナリストたちが"大統領の陰謀"を暴き、大統領は失脚する…、という勧善懲悪のストーリーが展開するのがお約束だ。
 映画の場合はそれですむが、これが現実に起こったらどうなるか。
 ナチスを考えればよく分かる。一応は"民主的な選挙"で選ばれたヒトラーが、ドイツ国民をどこへ連れて行ったか。また、イラク戦争でブッシュ米大統領が叫んだ"フセインの大量破壊兵器"は、いったいどこにあったか。
 現実が映画を超えることも、しばしばあるのだ。

 日本では、「アベノミクス」などと財界が持ち上げ、例の竹中平蔵氏も復活、新自由主義の旗をまたしても大騒ぎで振り回し始めた。だが、これで景気回復すると考えている経済学者はほんの一部。公共投資ばら撒きで一時は景気が回復するように見えるだろう。実際に、このところ円安に振れ株価が一定の上昇を見せている。
 だが、財界が内部留保金を吐き出す気配など毛頭ないし、労働者の賃金への還元など考えている様子もない。つまり、多少儲かるのは、輸出産業を中心にした巨大企業であり、輸入産業は打撃を受けるだけだ。本格的な景気回復にはほど遠い。
 さらに、公共工事ばら撒き資金はどうするのか。当然のように「赤字国債ではなく、建設国債で賄う」という。結局、国民の借金を増やすことには変わりない。自民党の"国土強靭化計画"では、10年間で200兆円を支出するといっているが、その金はどこから捻出するのか。まさか、国債償還を考えていない? 先のことなどケセラセラ…か。

 さらに円安が進めば、電力会社はまたも「燃料輸入費の増大のための電気料金値上げ」を言い出し、ツケを我々消費者に払わせようとするだろう。そして、原発再稼働を政府財界が手を組んで言い出すのは目に見えている。
 だが、円高の現在だって、電力会社は1ドル=100円(電力会社は明らかにしないので正確にはわからないが)という考えられないレートで化石燃料を輸入しているという実態は隠されたまま。
 「長期安定供給のためには、円高だからと言って簡単に前に決めたレートは変えられない」という恐れ入った理由で、電力会社は高い燃料を買い続けている。その差額はすべて電気料金に上乗せするのだから、いくら高い燃料を買ったとて、電力会社の懐は痛まない。普通の会社なら行うはずの安いレートで海外の化石燃料会社と交渉するという努力をしないですむシステムなのだ。

 この内閣、本気で暴れ始めるのは、この7月の参院選で勝利してからだろう。それまでは羊の皮をかぶった狼。
 なんとしてでも、狼への変身だけは阻止しなければと、強く思う年明けである…。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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