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2012-10-03up

時々お散歩日記(鈴木耕)

109

「石原不況」「十分なご理解」「活断層」
笑えない3題噺

 わけあって、しばらく故郷・秋田へ帰っていた。さらにわけあって、今回は新幹線ではなく車で往復した。東北自動車道、当然のことながら福島県を縦断する。
 東北は秋の気配。高速道路脇に、ススキの穂が揺れている。往復とも天候には恵まれた。樹々が優しく包む山なみ。日本の背骨、奥羽山脈である。青空には、もう秋の鰯雲。ほんとうに美しい大地。それが、僕の生まれ育った東北。
 岩手の人・宮澤賢治の『春と修羅』に「高原」という詩がある。

 海だべがと おら おもたれば
 やっぱり光る山だたぢゃい
 ホウ
 髪毛 風吹けば
 鹿踊りだぢゃい

 時速100キロの車窓から見える山腹のススキの穂の連なりは、逆光を受けて、まるで雪のように光っている。白い風に揺れる穂群れ。穏やかな照り返しを受けて、きらめく海の波にも見える。詩人の言葉は、まるで美しい大地への頌歌だ。
 しかし、その美しい大地が汚された。いまも、その汚染を避けて16万人以上もの人たちが彷徨っている。それが、この美しい大地の現実だ。僕は震災以降、もう何度も東北への旅をしたけれど、この道を通るとき、いつだって平静ではいられなくなる。

 しばらく、新聞もネットもテレビも覗かなかった。それでも東京へ戻ってくると、否応なしに日常が周りに押し寄せてくる。
 たくさんの郵便物。中には、日時の指定がある原稿の「再校戻し」もある。「愛川欽也のパックインニュース」の出演日も迫っていた。集会、出版記念会への誘い、小さな講演依頼の打ち合わせ、原稿の催促…。引き受けたものはやらなければならない。
 溜まっていた新聞を整理する。また切抜きが増える。僕の「原発ファイル」は、とうとう20冊目に入った。いつまでこれを続けなければならないのだろう。野田の昨年末の「事故収束宣言」以降、逆に記事の切り抜きやネットからのプリントアウト情報は増える一方だ。あの宣言がウソだったことの、なによりの証拠。
 それにしても、このところのニュース、あの山中伸弥教授のノーベル医学賞受賞が唯一の明るい話題。その明るささえ、わけの分からない人物の「史上初のiPS細胞での手術成功」なる妙な報道で、すっかり泥を塗られてしまった。
 他社を尻目に大々的にこれをスクープとして報じた読売新聞は、いったいどう処理するのだろう。他社にも同じ人物から売込みがあったが、ほとんどが胡散臭いとして取り上げなかったという。
 ま、原発報道に関しては我が道を行く姿勢だし、尖閣問題でも石原都知事と同じくいけいけどんどんの読売なのだから、このくらいでへこたれるとはとても思えないけれど。
 その尖閣問題に触れて、「パックインニュース」(10月13日)では、田岡俊次さんのお話が興味深かった。田岡さんは、大略こんな風に言っていた。

 今回の尖閣問題に火をつけたのは、明らかに石原慎太郎東京都知事。それが引き金となって、野田首相はやむを得ず尖閣諸島国有化に踏み切ってしまった。国有化で中国の怒りを鎮静化させようとしたはずの野田首相の、完全な読み違い。むしろ怒りの火に油を注いだ。しかも、それを裏で画策した人物がいたようだ。
 中国では反日デモが荒れ狂い、日本企業への被害はそうとうなもの。特に自動車産業の損失は単純計算でも1兆円を超える。他の損失も加えれば、数兆円規模に及ぶだろう。これは、明らかに石原知事が引き起こした事態。ただでさえ不況に苦しむ日本経済への、更なる打撃となることは間違いない。だから私はこれを「石原不況」と呼ぶ。

 まさに、僕と同じ考えだ。このコラムの第108回で指摘したことを、田岡さんはきちんと表現してくれたのだ。さらに、この問題の陰で暗躍した人物は誰か。それはアメリカと通じた人物であろう、という指摘も僕が得た情報とほぼ一致した。
 国の利益よりも、アメリカと結ぶことで自分の利益になる人物。政界や官界には、どうもうじゃうじゃいるらしい。
 石原が、実はもっとひどいことも言っていたという記事もあった。東京新聞(10月13日付)。

 前原誠司国家戦略相は十二日のBS朝日の番組収録で、沖縄県・尖閣諸島の国有化をめぐり、野田佳彦首相が八月十九日に東京都の石原慎太郎知事と首相公邸で会談した際、石原氏が中国と戦争も辞さない構えを示したことが決断の引き金となった経緯を紹介した。
 前原氏は「石原氏が『戦争も辞さず』という話をした。首相はあきれて、国が所有しないと大変なことになると思った」と述べた。(略)

 いかに右翼老人とはいえ、自分が先頭に立つ気もないくせに戦争を煽ることが許されるか。僕は東京都民のひとりとして、こんな男を知事に選んでしまったことを、深く深く恥じる(むろん、僕は投票していないことを、僕自身のプライドにかけて記しておく)。
 あの野田に「あきれられた」というのだから、もはや石原は戦争マニアの域に達しているのかもしれない。片方で戦争を煽りながら、一方で東京五輪招致に狂奔する。「平和の祭典」が泣いて悲しむだろう。
 それでもなお、橋下市長は石原に擦り寄る気配を見せ、「石原新党」などという見出しが週刊誌に躍る。この国は、政治家もメディアも、一体どうなってしまったのか。

 朝日新聞(10月14日付)は、「普天間、オスプレイ運用後、夜・早朝の訓練3.7倍」と大見出しで伝えている。
 森本防衛相や野田が言う「住民のみなさんの十分なご理解を得た上でのオスプレイの配備と運用」の実態がこれだ。政治屋どもの言葉は死んだ。
 "政治屋ども"と書いたり、呼び捨てを連発したり、自分の文章が次第に汚くなっていくことに僕は切ない思いだが、これは僕の責任じゃない。この"政治屋ども"のせいなのだ。

 原発の闇も、黒々と深くなるばかり。政府(枝野経産相)は当初、「原発の新増設は認めない」と言っていたはずなのに、大間原発、東通原発(ともに青森県)、島根原発の3基の建設続行をあっさりと認めてしまった。それ以外の9基の計画中の原発については計画中止と一応は述べたが、これも信用できるかどうか疑わしい。停止中の原発の再稼働についてだって同じだ。
 規制する役割の原子力規制委委員会(田中俊一委員長)は、「委員会は審査するだけで、稼働の判断はあくまで政府の政治判断」と、下駄の預けあい、責任のなすり合い。やる気がないのなら、"規制"という名称など取っ払ってしまえ。"ムラ"の詐欺師どもめ!
 その間隙を突いて、「ならば、私どもが判断させていただきます」と電力会社が大喜びで、再稼働や計画中原発のゴリ押しに走るのは目に見えているではないか。山口県の山本知事が「上関原発の建設認可の停止」を発表したにもかかわらず、中国電力は「上関原発の建設再開に向けて一層の努力をしていく」と馬の耳。
 そこへ今度は、民主党の政策担当責任者が、こんなことを言った(東京新聞10月14日付)。

 民主党の細野豪志政調会長は十三日のテレビ東京で次期衆院選では脱原発が「明確な争点になる」と指摘した。
 建設途中の原発について「仮に建設することになった場合も、原子力に依存せずに電力を供給する体制ができれば最後まで使うということではない」と強調。野田政権による「二〇三〇年代の原発ゼロ」方針と矛盾しないとの認識を示した。(略)

 つまり、大間原発が稼働しても、40年未満で廃炉にできることも考えれば、2030年代での原発ゼロ方針とは矛盾しないという、まさかの詭弁。こんなリクツが通るならば、この国に「詐欺罪」など成立しない。
 さらには、原発推進の総本山・経産省資源エネルギー庁の高原一郎長官は、「2030年代の原発ゼロなどというのは単なる努力目標で、決定されたことではない」と、政府方針のウヤムヤ化を図る。政治家たちは官僚に完全にバカにされている。この国には、いまや政治主導のかけらもない。
 図に乗るのは電力会社も同じ。大間原発建設再開に喜んだ経営の電源開発(Jパワー)社長の北村雅良氏はさっそく「40年間は運転し続けたい」と発言、政府方針など聞いたこともないらしい。
 怒りは充満している。10月13日、全国各地で「反原発デモ」。東京では6500人が集まってデモが行われたが、大間原発と海を隔てて間近の北海道では、札幌で1万2000人もの大きなデモが行われた。地方都市でのこれだけの大人数のデモは、極めて珍しい。
 下北半島で原発事故が起きれば、北海道の、特に函館などは甚大な被害を受ける。なぜ青森だけで原発建設を決めていいのか。放射能は海を渡らないとでもいうのか。何度でも繰り返すが、放射能雲(プルーム)に国境も県境もない。北海道側の怒りは当然なのだ。他にも全国各地で「反原発デモ」は繰り広げられている。
 訳知り顔に「反原発デモは下火になった」などと言うテレビのコメンテーターどもには、「デモは全国に拡散して、むしろ増えている」とだけ反論しておこう。
 その大間原発、東京新聞(10月14日付)が、こう指摘している。

大間南西に14キロ活断層
産総研など調査 電源開発把握せず

 建設工事が再開したばかりの電源開発大間原発(青森県)の南西四十~五十キロの海域に、これまで知られていなかった海底活断層があることが十三日、独立行政法人・産業技術総合研究所と東海大のチームによる調査で分かった。
 確認された長さは約十四キロだが、さらに南北方向に延びると見られる。チームの粟田泰夫・産総研主任研究員は「下北半島の地震防災を考えると詳しい調査をする必要がある。北への延び方によっては、大間原発に影響する可能性も考えられる」としている。(略)
〈電源開発の話〉敷地から離れているため、平館海峡撓曲が見つかった海底は調査しておらず存在は把握していない。原発付近の海底などの調査結果から、指摘されるような活断層はないと判断しているが、原子力規制委員会から追加調査などの指示があれば真摯に対応したい。

 つまり、指示がなければ自らは調査するつもりもない、ということだ。このような対応の下に、新たな原発が造られようとしている。再稼働への蠢きも目につき始めた。
 この国は、もう堕ちるところまで堕ちなければ再生できない限界点に達してしまったのかもしれない。坂口安吾ではないけれど「堕ちよ 滅びよ」と言わざるを得ないのか。

 かすかな光が見えないわけではない。
 北海道では、この冬も原発稼働なしで乗り切るという。それはさまざまな分野での努力と、道民たちの節電や決意に支えられた結果だろう。
 来るべき選挙では、脱原発候補へ「原発ゼロ賛同の認定ロゴマーク」を貼ってもらい、推進派との区別をしようという動きがある。
 さらには、各候補者へのアンケートで「脱原発通信簿」をつけ、それを公表して投票の目安にしてもらおうという市民グループの動き、そして、「緑の陣営」が緩やかな連帯組織を作って選挙へ臨むという大きな胎動も垣間見えてきた。

 「諦めるには、まだ早いよ」と、みんなが動いている。パンドラの函の、いちばん底に残っている、ささやかな希望。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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