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2012-05-09up

時々お散歩日記(鈴木耕)

91

需要予測はより高く、供給可能量はより低く…

  連休も終わった。
 
  僕の連休は、どこへ出かけることもなく過ぎていった。
  前半はほとんど、今度出す予定の単行本の原稿の整理と手直し。ずっと書き続けてきたこのコラムの中身を書き直す。まずテーマ別に章立てを作り、時制の前後を矛盾のないようにクリアし、個人的な部分はそっくり削除、数字や日付のチェック、引用した文章の校閲、その他諸々…ということで、時間は過ぎていってしまった。


  後半は「反原発デモ」。
  5月5日、東京・芝公園での「さようなら原発1千万人アクション」の集会とデモに参加。これは主催者によれば、5500人ほどの参加。僕にはもう少し多いように思えたけれど、やはり年配の方が多い(僕も他人のことは言えないが)。この日、日本の全原発が停止、「原発ゼロ」となった。それを祝うムードも。そこのところは、僕にはちょっと違和感があった。祝うよりも、気を引き締めなければ。推進側は、我々とは比べものにならないほどの力と資金を持っているのだから、と。
  翌6日は、杉並での「反原発・有象無象デモ」に参加。こちらは4000人という話だったが、それはちょっと多めの発表かな。でも、相変わらずの楽しさ。圧倒的に若者が多い。僕ら夫妻などは最高齢(?)かもしれない。
  ところがこの杉並デモ、出発間際に"♪一天にわかにかき曇り~"という感じの天候急変。しばらく歩いていると、なんと豪雨に混じって雹(ひょう)までがデモ隊を攻撃。これは痛かった。警官隊の規制よりも、こっちのほうがきつかったなあ。
  それでも若者隊はめげることなく、濡れながら歌い続け叫び続け歩き続けた。ふーっ、ご苦労さん!
  僕はカミさんや仲間たちと参加。むろん、「マガジン9」の連中もいた。いつもなら、解散してからビールを一杯、というのが定番だ。なにしろこれは地域密着の杉並デモ。なんと「デモ割」というのがあるのだ。つまり、地域のお店がデモの趣旨に賛同、「反原発デモに行ってきたよ」と申告すれば、ビール半額とかワイン一杯タダとかという「デモ参加者割引制度」である。利用しない手はない。
  というわけだが、激しい夕立でびしょ濡れ。おまけに気温も突然の低下。さすがに年齢には勝てず、僕は即帰宅。濡れた衣服を着替えて「湯豆腐」で一杯、ということになった。
  以上が、僕の連休スケジュール。
  さて、みなさんはいかがだったろうか。


  5月5日、とりあえず、枝野経産相が思わず口走ってしまったように「一瞬、原発ゼロ」になった。これを「一瞬」で終わらせてはいけない。
  いままで反対してきた人たちも、ちょっとホッとしたのか、デモの参加人数はやや減少気味だ。それを捉えて「脱原発運動は下火だ」と報道しているマスメディアもある。けれども、この5月5日だって、東京だけではなく札幌、名古屋、大阪、福岡、その他多くの場所や地域で「原発ゼロ」を盛り上げる集会やデモが行われていたのだ。下火になんかなっていない。「一瞬」を「永遠」にする努力は、これからも営々と続けられるだろう。
  ついに「原発ゼロ」に至った原因について、新聞やテレビの論調はほとんどが「政府の対応のまずさ」や「電力会社の不適切な措置」などを指摘している。だが僕は、最も大きな要因は、一人ひとりの声は小さくとも、その声を挙げ続けた多くの人々の力だったと思っている。
  政府も無視できなくなるほどのたくさんの行動、デモや集会、抗議の座り込み、ハンガーストライキ、ツイッターやブログその他ネット上での発言、議員たちに対する直接の電話やメール、ファックスでの訴え…。それが大都市のみならず各地方へ広がり、さらに原発城下町と言われた立地地域にまで波及していった。
  形態は様々、脱原発を訴える映画の上映会、小さな勉強会や講演会、母親たちの子どもを守る運動…。ことに、市民運動などまったく無縁だったお母さんたちが、あっという間にネットワークを作り上げ、各地で独自の放射線量調査グループなどを立ち上げていった。
  経済産業省前に座り込んで脱原発を訴え始めたのは、最初は福島の母親たちとその支援者だった。それがテント村になり、やがて大きなうねりとなった。経産省側は何度となくテント撤去を試みたが、人々の強い意志の前に、強硬手段はとれなかった。それこそが、無名の人々の連帯の力であり勝利だったのだ。
  だが、この勝利はまだ束の間のものでしかない。ここで安心すれば、当然のことながら、巨大な権力と膨大な資金力を持った推進側の巻き返しに、無名の訴えは押し潰されていく。これまでに、何度も見させられてきた光景だ。


  さっそく、動きが始まった。
  野田佳彦首相は7日、「早急に原子力規制庁の設置法案のための国会審議入り」を、城島光力民主党国会対策委員長に指示した。城島国対委員長はすぐさま、自民公明への根回しを開始した。泥縄である。
  野田首相の頭の中にはこれまで、「消費増税」と「TPP」、それに「アメリカ」しかなかった。原発のことなど後回し。すでに「福島原発事故収束宣言」までしてしまったのだし、再稼働なんか電力不足という切り札で国民を少し脅しつければなんとかなるだろう、くらいにしか思っていなかったようだ。
  本来、4月1日に発足予定だった「原子力規制庁」なる役所は、野田首相の関心外、ほっとかれたまま発足はズルズル延びていった。管掌する役所もないままの原発再稼働は、いくらなんでもあり得ない。与党内からもそんな声が出始めた。当たり前だ。
  米倉弘昌経団連会長は「とにかく一刻も早い再稼働を」と、野田首相のケツをひっぱたく。財界とアメリカの言うことには逆らったことのない野田首相、やっと気づいて原子力規制庁の立ち上げを言い出した。再稼働への道筋をつけようというわけだ。
  だが、そうは問屋が卸さなかった。
  どんな世論調査でも、再稼働反対は60%ほど、賛成の倍にも達する。最新の毎日新聞(5月8日付)調査では、大飯原発再稼働賛成31%、反対63%と、差は広がるばかり。野田首相の思惑は外れっぱなし。
  しかも、関西電力が声高に主張する「電力不足」は支離滅裂。正確な情報やデータをまるで示さず、「一昨年のような猛暑になれば大幅な電力不足になる」の一点張り。検証するためのデータを隠したままそう言うのだから、議論のしようもない。しかも、「モーニングバード」(テレビ朝日系)の「玉川徹のそもそも総研」(5月3日)によれば、関電は「大飯原発再稼働は、電力需給というより会社存続のために必要」と明言したというから、電力不足は方便なのかもしれない。
  だいたい、関電の言う「不足分」そのものがおかしい。
  4月13日の野田首相ら関係閣僚会議で配られた資料には「大飯原発が動かず、2010年のような猛暑ならば、今夏の電力は18.4%不足する」と書かれていたが、これは関電が作成した数字だった(東京新聞5月8日)。それが、批判を浴びるとすぐに16.3%、さらに14.9%と下がっていく。まるでなんとかの叩き売り。そんなにすぐに下がるものなら、小出しにせずにドーンッと景気好く大幅に下げたらどうか、と皮肉のひとつも言いたくなる。
  関電のおかしな不足分は「AERA」(5月14日号)も指摘している。


(略)昨年11月の時点では、翌夏は最大で25%もの電力不足になるとしていた。だが、今年3月には不足分を13.9%に下げ、さらに4月9日には7.6%にまで下方修正。ところが4月23日になると、今夏は猛暑で16.3%不足し、平年並みでも13.5%足りないと変遷した。(略)

  数字なんか、サジ加減でどうにでもなるものらしい。こんないい加減な数字を基にして「計画停電」を行うというのか。
  さらに不思議なのは、節電予測だ。東京電力は節電効果を10%減と見込んでいるし、他の電力会社も同様なのだが、なぜか関電は3%しか見込まない。関西人は節約嫌いで、電気をジャブジャブ使うと関電は判断しているらしい。大阪のおばちゃんたち、怒らないのか?
  もうひとつ、関電の欺瞞を突く鋭い記事を見つけた。日本経済新聞ネット配信5月8日の「村上憲郎のグローバル羅針盤」である。村上氏は元グーグル日本法人社長兼米本社副社長で、現在「大阪府市エネルギー戦略会議」の委員を務めている。


(略)(大阪府市エネルギー戦略会議第8回)会議の席で、関西電力から(ある報告が)なされた。
  当然のことながら、会議では各委員から多くの疑問が呈された。それに対して、関西電力は奇妙な答えをしている。その要点は次の通りである。
 
(1)大飯3,4号機を再稼働させてくれれば、残りの不足分260万キロワットについてはなんとかできると考えている。
(2)内訳は、余裕が出る夜間電力を揚水発電のポンプアップに使えば、ピーク時の揚水発電によって130万キロワットを上積みできる。
(3)残りの130万キロワットは、なんとかする。何とかできると思う。

 この答えをそのまま受け入れたとして、少なくとも言えることは、(3)から、今現在、関西電力が495万キロワットとしている不足分は、実は365万キロワットだということである。その点をさらに追及されると、「国と相談してからでないと答えられない」と繰り返すばかりであった。
  つまり、政府は「今夏の電力需給逼迫問題を解決するため」として再稼働を決定した大飯原発3,4号機の発電力をもってしても不足分は解消できない、「495万キロワットが不足する」という関西電力の報告を容認している。というよりも、実は不足分は365万キロワットなのに、130万キロワット分を大きく言わせている。(略)

  デタラメな関電と政府の合作による情報操作、隠蔽がよく分かるだろう。本当のデータや情報は電力会社しか持っていない。それをいいことに、数字を極めて恣意的に歪めていく。
  最初から「不足分は365万kW」と言えばいいものを、495万kWなどという過大な数字を出し、それに疑問を出されると「何とかする」と言って、突然130万kWも低い数字を出してしまう。130万キロワットって、簡単に「何とかなる」ものなのだろうか。これを信じろというほうが無理だ。こんなことが続くから、関電の言う「14.9%の不足」は信じられないのだ。
  村上氏は、この文章に続いて、「DR(デマンド・レスポンス)の導入」や「メガワット+ネガワット取引」等を提案している。詳しくは原文をあたってほしいが、こう締めくくっている。


結論だけをいうと、この提案を実行すれば、現在、関西電力が「495万キロワットが不足する」としている今夏の電力需給は、「278万キロワットの余裕」に転じることができるという提案である。(略)

  これらの提案に対して、関西電力はまったく回答をしていないという。ただただ「電力が足りない」を繰り返すばかりで、その詳細な内容は「国と相談しなければ答えられない」の一点張り。「まるで駄々っ子みたい」と嘉田由紀子滋賀県知事を苦笑させただけ。
  関電の情報操作には「前科」があると、前掲の「AERA」が次のように書いている。

(略)関電には「前科」がある。福井県にある高浜原発3号機が2月20日に停止した際、電力需要を2665万キロワットと見積もったのに対して、供給力は2月平均で2412万キロワットしかないと強調した。
  ところが蓋をあけると、需要は最大でも2578万キロワットにとどまり、逆に供給力は2730万キロワットもあった。(略)

  つまり「需要はより高く、供給はより低く見積もる」というのが関電の「お家芸」らしいのだ。これではいくら関電の言い分を信用したくても、とても信じるわけにはいかない。
  それにしても、自分の会社の電気の供給力ぐらい、自社で分かるだろう。それなのに、「2412万キロワットしか電力は出せません」と自分で言っておきながら、「実際は2730万キロワットもありました」って、それは一体どういうこと? 自社の発電設備の正確な認識さえ持っていないのか? 危なっかしい会社だ。


  僕は、決して「関西電力の電力供給量は、原発なしでもまったく支障がない」と一方的に主張するつもりはない。だが詳細な議論はしなくてはならないと思っている。議論の前提は、むろん正確な情報とデータだ。ところが、データを独占している関電は、それを出さない。これでは議論のしようがない。
  しかも、関電や政府の言うことはクルクル変わる。彼らが何かを隠している、もしくはウソをついている、と思ってしまうのは決して「下司の勘ぐり」ではないのだ。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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