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2012-04-04up

時々お散歩日記(鈴木耕)

88

「原発ゼロの日」が…

 この連載も88回目になった。古来「8」は縁起のいい数字とされる。日本では「八は末広がり」、西欧でも「8は無限大」ともてはやされてきた。でもこの88回目、まるで楽しくなんかない。
 僕自身、絶っ不調。

 4月1日の深夜にも、福島で震度5の大きな地震があった。僕は居間で、カタログハウスの通販で買ったラ・クーノ(という面白い名前の簡易マッサージ器)にブルブル揉まれながら、録画したラグビーを観ていた。2階の寝室からカミさんが「また地震があったでしょ?」と降りてきた。マッサージ中だったので気づかなかったが、2階はそれなりに揺れたらしい。さっそく画面をNHKに切りかえた。
 「地震速報」が流れていた。ほどなく「この地震による津波の心配はありません」と、アナウンサーは落ち着いて伝えたが、原発に関しては「福島第一・第二原発に異状があったとの知らせは、経済産業省の原子力安全・保安院には入っていないとのことです」と言うのみ。
 僕は余計に不安になった。いつだって、保安院の報告は遅かったし、間違いも多かった。そして何よりも、隠蔽と虚偽が多かった。保安院の言うことなんか、信じられない。
 しばらくテレビを観続けたが、新しい情報はない。パソコンを立ち上げたけれど、こちらでも目新しいことは何も流れていなかった。少しだけ胸を撫で下ろしたが、もうラグビーを楽しむような気分にはなれない。眠ることにした。でも、うまく眠れなかった…。

 このところ、こんな状態が続く。ほかにも、いろいろと頭を悩ますことが身辺で起きている。調子がいいわけがない。だから、今回の「お散歩日記」は、暗い。ま、いつもは明るいのか? と問われれば、返す言葉もないけれど。

 4月2日の「モーニングバード」(テレビ朝日系)で、原油輸入価格への疑問を取り上げていた。この番組では、火力発電の主力になりつつある液化天然ガス(LNG)の輸入価格のいい加減さについても、少し前の放送で触れていた。
 僕は「なぜこの超円高の中で、原油の輸入価格が高いままなのか。以前のレートのまま輸入する電力会社はおかしいのではないか」と、言い続けてきた。少し前の「愛川欽也のパックインジャーナル」でも指摘した。それに対して「輸入量の長期安定化のために契約も長期契約になるから、円安時期に契約した価格が現在も維持されている。多少の割高は仕方ない」という反論が寄せられた。
 しかし「モーニングバード」によれば、現在1ドル=102円という価格で輸入しているという。現況は1ドル=80円前後なのだから、実に2割も高い価格で輸入していることになる。現在、東電は年間6千億円以上の赤字だと言うけれど、ある計算によれば、実勢価格で輸入できれば逆に数千億円の黒字に転化するはずだという。
 では、東電はどういう根拠で赤字だというのか。その点については「お答えできません」「計算の根拠は答えられません」「現在、産油国とどういう交渉をしているかは明かせません」などと、東電は取材に対して答えたというのだ。
 LNG価格については、僕は前に別の理由から疑問を指摘した。LNGの価格そのものが世界では下落しているのに、日本ではなぜ、かつての高価格を維持したまま輸入しているのか、という疑問だ。この番組でも同じ疑問を提示していたが、電力会社からの答えはないままだという。

 僕らは、まるで本当のことを知らされずにここまで来てしまった。いまも、何を信じていいのか分からない。
 だから、最初の話に戻るけれど、福島で大きな揺れがあったとき、僕はすぐに「原発は大丈夫か、ことに危機的状態にあるという4号機の核燃料プールは大丈夫だったか」と、脅えてしまったのだ。4号機の現状の恐ろしさを、東電も保安院もいまだに明らかにしてはいない。
 小出裕章さんもアーニー・ガンダーセンさんも広瀬隆さんも、異口同音に4号機プールの危険性を指摘していた。同様に、毎日新聞の山田孝男記者も、コラム「風知草」(4月2日)で次のように書いていた。

 (略)福島第一原発4号機の核燃料貯蔵プールが崩壊する可能性について考えてみる。震災直後から国内外の専門家が注視してきたポイントである。
 東電は大丈夫だというが、在野の専門家のみならず、政府関係者も「やはり怖い」と打ち明ける。どう怖いか。
 4号機は建屋内のプールに合計1535本、460トンもの核燃料がある。建屋は崩れかけた7階建てビル。プールは3,4階部分にかろうじて残り、天井は吹っ飛んでいる。プールが壊れて水がなくなれば、核燃料は過熱、崩壊して莫大な放射性物質が飛び散る。(略)
 「福島原発事故独立検証委員会」(いわゆる民間事故調)報告書は、原発事故の「並行連鎖型危機」の中でも4号機プールが「もっとも『弱い環』であることを露呈させた」と書く。政府がまとめた最悪シナリオ(同報告書に収録)も4号機プール崩壊を予測。さらに各号機の使用済み燃料も崩壊し、首都圏住民も避難を強いられるというのが最悪シナリオだ。
 (筆者注・この『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』は市販されている。資料として重要。ぜひ、入手して読んでみてほしい。ディスカヴァー刊、1575円)
 震災直後、原発事故担当の首相補佐官に起用された馬淵澄夫元国土交通相(51)は、4号機の地下からプールの底までコンクリートを注入し、チェルノブイリの「石棺」のように固めようとした。が、プール底部の調査で「強度十分」と見た東電の判断で見送られ、支柱の耐震補強工事にとどめた。当時の事情を知る政府関係者に聞くと、こう答えた。
 「海水を注入しており、部材の健全性(コンクリートの腐食、劣化)が問題。耐震強度の計算にも疑問がある。応急補強の間にプールから水を抜くというけど、3年かかる。それまでもつか。(石棺は)ダムを一つ造るようなもので高くつく。株主総会(昨年6月)前だったから、決算対策で出費を抑えようとしたと思います」(略)
 東北・関東で震度5級の地震が続いている。最悪の事態を恐れる者を「感情的」と見くだす不見識を受け入れることはできない。リスク軽視で経済発展を夢想する者こそ「現実的」という非常識に付き合うわけにはいかない。

 ずいぶん長い引用になってしまったが、僕の意見とほとんど重なる。ことに、地震多発期、地殻の大活動期に入ってしまった日本列島で、「最悪の事態を恐れる者を『感情的』と見くだす不見識を受け入れることはできない」との一文を、“あの連中”に投げつけてやりたい。
 この原稿を書いているのは3日。外は激烈な嵐だ。台風も驚くような強風が雨を巻き上げて吠えている。僕は仕事を午前中に済ませ、午後早めに帰宅して2階の自分の部屋にいるのだが、風で家が揺れている。この風が、いや、海辺のもっと凄まじい風が、崩れかけた福島4号機を揺らしているのではないか。どうか無事で、と重病人を祈るような心境だ。想像するだけで、震えがくる。

 3月7日には、首都直下型地震は震度7クラスの恐れがある、と文科省の研究チームが発表した。以来、各マスメディアは「危ない地域マップ」だの「潰れる家はどれか」「あなたの家の耐震強度」などの特集を組み、都民の不安は増すばかり。
 だが、肝心の首都の石原都知事閣下は、なぜか地震対策よりもオリンピック招致に血道をあげる。この老人の思考回路は、ほとんど混線状態。そんな閣下を祀り上げて「新党結成」などと雄叫びを上げる人たちもいるのだから、世の中、どこかおかしい。

 首都直下型大地震の想定発表に続き、今度は内閣府の地震検討会が3月31日に「南海トラフ巨大地震による津波想定」を公表した。最大34メートルを上回る大津波が襲うという予測も出され、日本はほとんど“大災害不安国家”と化した。
 僕らの小さな列島は、揺れ続けている。いつ収まるとも知れぬ地震が、収まってなどいない事故原発を、これからも揺さぶり続ける。事故を免れている他の原発だって、いつ同じことに直面するか分からない。
 政府機関が検討した巨大地震や大津波が、かつての“想定”を大きく超えてしまった以上、各地の原発は、とりあえず全て停止してしまうしかないはずだ。つまり、再稼働などもってのほか。にもかかわらず野田首相は、いまだに原発再稼働の旗を降ろしていない。
 自分の政府が「想定を超えた地震や津波が起きる可能性を指摘」しておきながら、そのトップの首相自らが「大飯原発再稼働のための地元説得の先頭に立つ」と大見得を切って憚らない。異常だ。

 5月5日に、北海道・泊原発が定期検査で停止する。このままでいけば、日本の全ての原発が5月5日には止まる。つまり「原発ゼロの日」が“想定”できる状況になってきた。だからこそ、「ゼロの日」をなんとしてでも阻止したい連中の蠢きもまた激しさを増してきた。
 しかし、人々の声を、さすがに政府も簡単には無視できない状況も生まれつつある。朝日新聞(4月3日付)は、こう報じている。

大飯再稼働 判断先送り
近隣府県の反発配慮
経産相 反対を明言

 野田政権は2日、定期点検で停止中の関西電力大飯原発3,4号機(福井県おおい町)を再稼働させる政治判断を先送りする方針を固めた。福井県に隣接する京都府や滋賀県などの反発が強く、慎重に見極める。政権が目指す4月中の再稼働も厳しい情勢になった。
 野田政権は3日夕、枝野幸男経済産業相ら関係3閣僚と大飯原発の再稼働について協議。安全性の確認をするが、結論は見送る見通し。当初はこの段階で再稼働可能と判断し、地元を説得する方針だった。
 枝野経産相は2日の参院予算委員会で、社民党の福島瑞穂党首の質問に「地元をはじめ国民の一定の理解が得られなければ再稼働はしない」と答えたうえで、「現時点では私もいま再稼働には反対だ」と明言した。
 「地元」の範囲は「日本全国に福島(第一原発)の事故は直接、間接の影響を及ぼしている。そういう意味では『日本全国』が地元」と指摘。大飯原発から30㌔圏内に一部が入る京都府や滋賀県の知事が再稼働反対の意向であることを踏まえ、「2人の理解が得られないと地元の理解は得られたことにならない」と述べた。>

 つまり、原発の直接所管官庁である経産省のトップが、「現状では再稼働反対」と明確に述べたことになる。これまで「直ちに健康被害はない」「現状では心配する必要はない」などと記者会見で繰り返し、批判を浴び続けてきた枝野氏だが、僕の知人のジャーナリスト、記者たちの多くは「枝野さんは、心は脱原発派」と言っていた。もしそれが事実とするならば、枝野氏は、ようやく本心を国会の場で述べた、ということだろうか。
 だが、翌3日になって、枝野氏はこの発言を訂正、事実上の撤回をしてしまった。やはり批判されてきただけのことはある、と言うべきか。なんという…。

 ともあれ、原発に反対する人々のうねるような叫びや動きによって、大飯原発の再稼働を、とりあえず阻止できそうな気配は生まれつつある。5月5日、北海道・泊原発は止まる。そうすれば、待ち望んだ「原発ゼロの日」が実現する。そのまま今夏を乗り切ることができれば、この国が「原発のない国」への一歩を踏み出すことになる。
 再稼働させてはならない。「原発ゼロの日」を、それ以降もずっと続けなければならない。
 まったく個人的な願いだが、僕の安らかな眠りのためにも…。

 グリーンアクティブ(中沢新一代表)が、5月5日を「グリーンデイに」と提唱し始めた。この日に、何かみどり色のものを身に着け、家の窓に飾り、みどり色の鯉のぼりを空に泳がせて、「脱原発の意志表示」をしようというわけだ。僕も、今から何をしようか考えている。
 街中が、日本中が、みどり色に染まったら、政府や再稼働を目論む“ムラびとたち”の顔色はみどりではなく、青くなるだろう…。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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