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2012-03-28up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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原発再稼働、腐食の連鎖…

 これはカミさんから聞いた話。入院中の知人の病気見舞いに出かけた帰りの電車の中、隣に座ったふたりの中年男性が、ボソボソと暗い声でずーっと長い間、話し込んでいたという。
 「それが地震の話なの。東京にも震度7の直下型大地震が予測されている。自分の住んでいるところは下町で、かなり危険な地域だと言われているらしい。逃げ出したいがそんな金はない。今度また大地震が来たら、もう日本は終わりだろう。どうすればいいんだろう。政治家どもは、そんなことの心配はしないで、消費税がどうしたのTPPが何とかだの、わけの分からないケンカばっかり。どうしようもない…って。そんな話を、ふたりで30分以上もボソボソ。隣で聞かされていた私まで、暗~い気持ちになってしまって」
 確かに、今この国には、底なしの"暗~い気分"が漂っている。中年おじさんふたり組ではないけれど、どこへも逃げられない閉塞感。
 本来なら、今は震災後の復興期。立ち上がる"明るい槌音"というのが聞こえてきてもよさそうな時期なのだが、列島を覆う放射性物質が、その槌音を鈍らせてしまっている。槌音を響かせたくても、その前に放射能という巨大な障害が立ちふさがっている。しかも、そんな国民の閉塞感をよそに、このふたり組の言うとおり、政治家たちはわけの分からない政争に明け暮れる。

 野田佳彦首相は、民主党内の消費増税反対派の動きに業を煮やしたのか、とうとう「今国会での消費税法案に命を賭ける」とまで踏み込んでしまった。まあ、野田首相の命など何に賭けようとかまわないし、どうぞ自爆してくれ、と僕は思うだけなのだが、そんな政治家たちの大騒ぎの陰で「原発再稼働」が画策されることだけは許せない。原発は、日本という国の将来、というより日本(だけに限らないが)に住むあらゆる人々の「生存に関わる問題」である。生きるということをないがしろにして何が政治か、と僕は強く思う。
 野田首相の頭の中の「原発」という言葉には、なぜか「再稼働」という言葉がセットになってくっついているようだ。彼の頭の中の辞書には「原発事故検証」も「責任問題」も、ましてや「廃炉」なんて言葉など載ってはいない。「原発」とくれば、条件反射のパブロフの犬の如く「再稼働」がヨダレと一緒に滴り落ちてくるらしい。
 しかも野田首相は27日、韓国で開かれている「核安全保障サミット」へ出かけ、原発安全対策をアピール。いまだに福島原発事故の検証は終わっておらず、したがって事故原因もほとんど未解明、さらにこの事故の責任者への追及もまったくなされていない段階で、いったいどんな安全対策がなされるというのか。事故原因を解明して、その原因を徹底的に検証、除去することでしか安全対策などできるはずがないではないか。にもかかわらず、野田首相の「核サミット」での演説要旨は次のようなものだった(毎日新聞3月27日付)。

 (略)全電源喪失を十分に想定していなかった。電源装置を増強し、電源の脆弱性を補強する。(略)
 「想定外を想定する」。福島第一原発で想定した津波の高さは5メートルあまり。実際には15メートルを超えた。(略)
 「安全確保は不断の取り組み」。絶対的な安全はあり得ず、安全確保の取り組みに決して終わりはない。そのことを核セキュリティーに取り組む全ての関係者は心に刻まなければならない。(略)
 最大の敵は記憶の風化。知見と教訓を将来に語り継ぐことは、指導者の「歴史に対する責任」だ。

 なんと無内容かつ無責任な演説だろう。それも、ペーパーをひたすら読み進めるだけの官僚の作文。自前の言葉など欠片もない。そして、安全対策を強調することによって「原発再稼働」を国際的に認知してもらおうとの意図が透けて見えている。
 それにしても「最大の敵は記憶の風化」だとか「知見と教訓を将来に語り継ぐことは、指導者の『歴史に対する責任』だ」などと、よくもぬけぬけと言えるものだ。ならば、最初にやることは、しつこく繰り返すが、徹底的な事故原因の検証と究明、そして責任者の追及ではないか。それらを抜きにして再稼働へ"狂奔"する野田首相こそが、この事故から「知見も教訓も汲み取らず、記憶を風化させ、歴史に対する責任を放棄」している張本人ではないか。

 先日会って、少し話を聞いたジャーナリストによれば、どうも再稼働を目論む先頭には仙谷由人・民主党政調会長代行がいるらしい。仙谷氏は党内の「東電・電力改革プロジェクトチーム(PT)」の座長を務めているが、そのPTは原発再稼働容認に傾いているという。
 「東電から、多額の政治資金がパーティ券などとして仙谷氏にも流れている。カネをもらってしまえば仕方ないからね」というわけだ。
 むろん、再稼働を主張するにはそれなりの理屈はあるだろうが、その裏に東電のカネが貼り付いているのであれば、何を言っても理屈どおりには受け取れない。ああ、ここにもカネか、と暗い気分になる。
 民主党内には他に「原発事故収拾対策PT」(座長・荒井聰元国家戦略担当相)があり、ここは「福島原発事故原因の解明を待たずに再稼働させるのは、時期尚早。地元合意の範囲が不明確」などとして、大飯原発再稼働に現状では反対との報告書を提出した。しかしそれに対し、前原誠司政調会長は仙谷氏と歩調を合わせるように「ひとつのPTの中間報告を党の正式決定にはしない」と一蹴。前原氏の後見役が仙谷氏だといわれているから分かりやすい。
 更に党内には原発に関してはもうひとつ、「エネルギーPT」(座長・大畠章宏元経産相)があるが、大畠座長は元日立製作所社員で原発プラントにかかわった人物であり、原発推進派として有名。日立の労組役員から政治家になった経緯があり、原発関連労組である電力総連から多額の政治資金がわたっていたことも明らかになっている。
 つまり、政権党である民主党内は、原発に関しては四分五裂状態にあるといっていい。そしてその裏には、常に東電(もしくは電力会社や電力系労組)の原発マネーが隠れているという図式だ。

 カネの流れでもっとひどいのは、またしても"原子力ムラ"の学者・専門家と称される連中だ。それが政治とズブズブの癒着をしているのだから、ことは深刻なのだ。
 朝日新聞(3月25日付)がスクープした記事。

福井県原子力委員に1490万円
06~10年度 5人に電力側寄付


 全国最多の原発14基を抱える福井県から依頼され、原発の安全性を審議する福井県原子力安全専門委員会の委員12人のうち、4人が2006~10年度に関西電力関連団体から計790万円、1人が電力会社と原発メーカーから計700万円の寄付を受けていた。朝日新聞の調べで分かった。
 政府は近く、停止中の原発の中で手続きがもっとも進む関電大飯原発(福井県おおい町)3、4号機について福井県に同意を求め、県は県原子力委に助言を求める見通しだが、5人の委員が関電など審議対象と利害関係にあることになる。5人はいずれも寄付の影響を否定している。(略)

 この記事によれば、寄付を受けたのは、泉佳伸・福井大教授、西本和俊・大阪大教授、三島嘉一郎・元京都大教授、飯井俊行・福井大教授、山本彰夫・名古屋大教授の5人。いずれも「寄付の影響は否定」しているというのだが、そんなこと、信じられますか?
 さらに朝日新聞は同日付の別面でも、次のように書いている。

教授ら37人に5895万円
関電系寄付 各地の原子力研究者


 (略)福井県原子力安全専門委員会の委員らに、関電と強い関係を持つ関西原子力懇談会(関原懇)が寄付をしていた。(略)
 現在の会員は電力会社、原発メーカー、商社など63法人と研究者ら74個人。関係者によると、事業費の多くは関電が負担しているという。(略)
 研究者には発足当時から寄付をしてきたという。「将来性のある先生」を選んで続けてきたが、選考基準は不透明と外部から指摘され、09年度からは公募制に。(略)福井県原子力委に委員を出している京都、大阪、名古屋、福井の各大学で、少なくとも37人の教授らが06~10年度の5年間で計5895万円の寄付を関原懇から受けていた。(略)

 どんなふうに言い逃れようと、この人たちで公平中立な原発審議が行われてきたとは考えられない。
 これを読み解くと、関西電力・大飯原発(福井県)の再稼働へ向けた動きは、次のような構図になる。

① 電力会社はストレステストと称して、原発メーカーの社員や原発ムラの学者らを動員して、一次テスト評価書を作成する。
(注・一次テストとは、地震や津波の衝撃にどれだけ原発が耐えられるかの余裕度をコンピュータで解析するだけで、実際の現場での具体的な強度テストなどは含まれていない。だから、過酷事故が起きた場合の対策などを含めた二次評価よりも、当然のことながら緩い)

② その評価書を、経済産業省の原子力安全・保安院がチェックする。
(注・保安院とは、本来ならば原発の諸問題を規制する役目のはずの官庁なのだが、すでに完全に推進派の牙城であることが露呈してしまった組織。なお保安院は、環境省外局として原子力規制庁が発足するのに伴い、もうすぐなくなる予定の官庁だが、なくなる前に青森県大間原発の建設条件変更や、六ヶ所村の核燃サイクル関連施設などを駆け込み的に認可し、激しい批判を浴びている役所でもある)

③ この呆れた保安院は、お手盛り・癒着と言われても仕方ないほど、ほとんど例外なく、電力会社のストレステスト評価書に「妥当」という判断を下し、それを国の原子力安全委員会に送る。

④ 安全委もまた、保安院の「妥当」判断を「妥当」と繰り返すのみ。
(注・しかし今回に関しては、さすがにあの班目春樹委員長でさえ「一次テストには27ヵ所の注文事項があり、これだけでは不十分。二次テストも行うべき」との意見書をつけた。だが「安全委には、これをもって再稼働の判断をする権限はない。然るべき部署が判断すべきである」として、実質的には判断を留保。政治判断に委ねるという見解を示した。何のための安全委員会なのか、まるで分からない)

⑤ 政府は「評価書を保安院、安全委がともに妥当と評価したことを受け、地元の説得に当たる」として、大飯原発再稼働へ向け踏み出した。野田首相、枝野幸男経産相、細野豪志原発事故担当相、藤村修官房長官のたった4人で3月中にも「政治判断」をする予定という。
(注・特に再稼働に"狂奔"する野田首相は23日、「私が地元説得の先頭に立つ」とまで言い切った)

⑥ 政府の説得を受けた原発立地自治体は、各県の原子力安全委員会などへ諮問。その回答を、政府の説得に応じるかどうかの判断の参考にする。
(注・その地元の原子力委の委員たちに膨大な原発マネーが渡っていたことが、上記の朝日新聞の記事で明らかになった。すなわち、地元原子力委は、原発マネーに汚染されているのだから、当然のごとく、再稼働に好意的な諮問をすることが予想される)

⑦ 地元自治体が、原発マネー汚染の原子力委の諮問どおりに再稼働を了承すれば、政府はそれを受けて「再稼働宣言」を出す。かくして、大飯原発は再び動き出す。

⑧ 大飯原発が再稼働すれば、次ぎは愛媛県の伊方原発、新潟県の柏崎刈羽原発などが控えている。
(注・ただし、東京電力が提出したストレステスト第一次評価書には、実に239ヵ所の誤記や間違いがあった。それでも東電は「安全性に問題はない」といつも通りの開き直り。さすがの枝野経産相も「東電の体質はどうしようもない」と強く批判した。だが、「そのようなデタラメな電力会社の評価書をもとに、再稼働を行うのは矛盾ではないか」という枝野経産相への批判も強い。239ヵ所のミスの評価書は東電だが、これは東電だけの問題ではなく、関電や九電に見られるように、ヤラセや隠蔽などの問題は電力会社共通のものなのだ)

⑨ かくして、いつの間にか「ストレステスト二次評価」(注・二次評価自体にも、強い批判があるが)はうやむやにされ、一次評価というコンピュータ上の(つまり机上の)分析のみで、原発再稼働が行われる。

 「腐食の連鎖」というしかない。この連鎖が繰り返されれば、何度事故が起ころうと、何も変わらず原発は動き続けるということになる。残念ながら、これが現在のこの国の在りようなのだ。その在りようを変えるためには、どこかでこの連鎖を断ち切らなければならない。その希望はあるはずだ。
 だから、このいささか悲観的な文章の終わりに、僕が愛読している東京新聞コラム「筆洗」(3月27日)を引用して、希望を確かめておきたい。

 (略)原発が止まったら大変なことになる、と経済界はさんざん脅してきたが、どこかで停電が起きたわけではない▼東電管内でも、原発ゼロで今年の夏を迎える。でも、恐れる必要はない。電力不足キャンペーンが執拗に繰り広げられた昨年の夏を乗り切り、原発依存社会が虚構であると分かったからだ▼火力発電所の燃料コストが増えたから、電気料金を上げざるを得ないという主張も欺瞞だ。液化天然ガス(LNG)の取引価格は大きく値下がりしている。問われているのは、安く燃料を買う努力を放棄した電力会社の姿勢なのだ(略)▼財界や大銀行が原発の再稼働を強く主張する一方、中小企業の経営者が集まった脱原発のネットワークが、急速な広がりを見せている(略)
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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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