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2012-02-22up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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班目春樹氏の、変心?改心?

 2月19日(日)、僕は東京・杉並で行われた「脱原発デモ」に参加した。11日(土)の東京・代々木公園での大集会とデモにも参加した。まったく違う雰囲気のデモだったけれど、それなりに大きな盛り上がりを見せていて楽しかった。代々木は約1万2000人、杉並は約5000人もの参加者があったという。
 このほかにも各地で毎日のように、デモや集会、講演会などがたくさん行われている。僕の地元の府中市でも、19日にローカルなデモがあった。そちらへ参加しようかとも思ったけれど、杉並のほうが楽しそうだったので、僕は杉並デモへ向かった。
 カミさんは地元への義理立てをして、ローカルデモに。こちらは100人ほどの参加者だったというが、それなりに「和気藹々と脱原発をアピールしてきましたよ」とカミさん。

 このところ、「脱原発の気運が下火になりつつある」という報道が多い。「脱原発論のウソ」とか「それでも原発は必要」、「脱原発論の崩壊」、「脱原発の落とし穴」といったような内容の本も出版され始めた。書いている著者も版元も、「ああ、やっぱりな」の人や出版社。かなり分かりやすい構図である。
 しかし、デモや集会などは、決して下火になんかなっていない。むしろ草の根へ広がりつつあると僕には思える。

 たとえば、前述の杉並デモ。これはまったくのローカルデモ。杉並区在住の若い連中が、隣り近所に呼びかけて、なんだかよく分からないうちに盛り上がり、商店街のおっさんおばさんたちまでが、よーし、いっちょやったろうぜぃ! そのいきさつは松本哉さんのコラム「のびのび大作戦」に詳しいから、みなさんもよくご存知のはず。
 それを実感したのが、デモの途中の沿道の反応だった。いろんなお店から、いろんな人たちが顔を出し、デモ隊に向かって手を振るわ、ピースサインを出すわ、一緒に「原発止めろー!」と声を合わせるわ、写メでパチパチやるわ、果ては自分も参加してしまうわ。
 大きなマンションの高層階からは、赤ちゃんを抱いたお母さんが大きく手を振ってくれていた。小泉サンじゃないけれど、まさに「感動したっ!」。デモが終わって、阿佐ヶ谷駅近くの小さな居酒屋で仲間とビールを一杯。おや、その店にも「19日のデモ」のビラがおいてあったよ。これこそ地域密着型の脱原発ムーブメント。典型的草の根運動なのだった。
 僕もいろんなデモに参加してきたが、こんなにアットホームなデモは初めてだった。デモに出発するときより、デモ中に人数が増えていくなんてデモは、めったにお目にかかれない。
 「近所迷惑だ」「騒音公害でしかない」「あんなお祭り騒ぎで原発が止まるか」などといった予想通りの批判(悪口雑言)が僕のツイッターにもかなりきたけれど、そんなのは“想定内”だ。お祭騒ぎで何が悪い? 楽しくやらなきゃ続かないのだ。

 草の根での脱原発は広がっているけれど、むろん、それに対抗するように原発推進派や再稼働派の動きも活発化しつつある。
 相変わらず「原発を止めたら日本経済は破綻する」という耳タコの論は別にして、ここのところの貿易赤字を背景にした「貿易赤字は原発を止めたからだ。このままでは日本は貿易立国もできなくなる」という方向からの「原発擁護論」も勢いを増している。どんなことでも原発再稼働に利用するわけだ。
 確かに、財務省が2月20日に発表した「1月の貿易統計速報」では、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は、1兆4750億円の赤字になった。これは、リーマンショック後の輸出激減(09年1月)を抜いて、過去最大の赤字幅。その大きな原因として挙げられるのが、火力発電フル稼働による液化天然ガスや石油の輸入増だという。だから、原発を再稼働して化石燃料の輸入を減らすべきだというのが彼らの論旨だ。
 超円高、大震災やタイの大洪水などの影響、それになんと言っても福島原発事故による放射能汚染への懸念からの各国の日本製品買い控えも無視できないはずだが、それについては口を閉ざす。ま、いつものように"都合のいいとこ取り"の論者たちである。

 だがそんな再稼働論は、逆に考えれば推進派の人々の焦りの証明でしかないとも思える。
 2月21日、福井県の関西電力・高浜原発3号機が定期点検のため停止した。これで、日本の全54基の原発のうち、動いているのは北海道電力・泊原発3号機と新潟県の東京電力・柏崎刈羽原発6号機の2基のみとなった。この2基も、4月中には同じく定検のために停止する。つまり、あと1月足らずで日本の全原発は停止するのだ。
 それを踏まえて電力会社や政府は「原発が停止したままでは、今夏の電力需要が20%~7%足りなくなる」としきりに言い立てる。だが不思議なのは、言うたびに不足量が25%、20%、10%、7%と変わることだ。つまり、最大需要量をどう設定するかでまるで数値が変わってくる。いままでの電力会社がよく使ってきた手だ。
 ところが枝野幸男経産相は、「今夏は原発なしでも乗り切れる」と繰り返す。それに対し、前原誠司民主党政調会長などは「再稼働しなければ電気は足りなくなる」と切り返す。政府内や民主党内でも、意見が割れたままなのだ。
 東京電力などは現状でも供給にはかなり余裕があるようだが、特に関西電力は原発依存率が高いだけに、「このままでは、今夏は深刻な電力不足に陥る可能性が高い」と何度も発表している。では、余裕のある他社から電力融通を受ければいいではないかと思うのだが、それについては「電源周波数が東で50ヘルツ、西で60ヘルツと異なっているので、簡単には不足分を他社から融通してもらうことができない」と言う。
 だが、この言い訳はどうも怪しい。
 確かに、周波数変換によって東側(北海道、東北、東京各電力)と西側(中部、関西、北陸、中国、四国、九州各電力)で融通できるのは周波数転換施設の少なさから、100万キロワットしかないとされている。だが、それを逆から見れば、西側管内での融通なら、別に周波数変換をしなくても自由に送電することはできるということだ。西側管内で融通しあえれば、何も東側からの融通を受けなくてもいいことになる。
 この融通をきちんと行えば、西側管内では、実は今夏でも、最大需要を上回って130万キロワットもの余裕が生じると、資源エネルギー庁は試算している(東京新聞18日)という。
 再稼働派の大声の宣伝に騙されてはいけない。いつだって、肝心のデータは隠されたままなのだから。

 「原発停止のままだと代替電力の火力発電用の化石燃料輸入が増え、そのため日本の貿易赤字は増え続け、日本経済は破綻する」という論も、よく考えれば穴だらけだ。
 それはまず、「今のままの電力状況が続くならば」という前提での話だ。しかし、実際には電力需要は大きく減っている。前年比15%以上も減らしているという一般家庭での節電効果も馬鹿にならないが、企業努力もそれを上回る節電効果を上げている。ことにLED電球への切りかえは大きな効果を生む。それ以外にも、節電家電や設備の普及は、日本は世界でも群を抜いている。当然、電力需要量は下がってくる。石油や天然ガス等の化石燃料の輸入はそれに比例して減ってくる。
 発電設備の変化による化石燃料使用量の激減も見逃せない。
 ガスコンバインドサイクルという発電システムが、かなり普及し始めている。
 普通の火力発電所は、発生したエネルギーの40%~50%しか発電に利用できず、残りを排熱として捨てている。原発に至っては利用エネルギーはたったの30%、残りの熱は海へ流している分と、送電ロスだ。それに比べ、このガスコンバインドサイクル発電は、排熱をさらに使用して2重発電を行うことができることから、エネルギー利用効率は60%に達しているという。とすれば、使用する天然ガスは、従来に比べて20%~10%少なくて済む。つまり、このシステムを普及させれば、輸入天然ガス量を10%~20%減らすことができるということになる。
 ガスコンバインドサイクル発電は、原発などに比べて敷地は数分の一で済むし、建設費は比較にならないほど低い。設置期間も桁違いに短い。今すぐに全火力をこのシステムに転換させることは無理だとしても、かなり近い将来に転換可能なのだ。「日本の貿易赤字の解消」を言うならば、早期に実現すべきエネルギー政策ではないか。

 最近、メタンハイドレード(いわゆる燃えるシャーベット)の実用化にメドがついたという報道がなされている。実はメタンハイドレードは、20年以上も前から利用可能性を言われてきたのだが、政府や電力会社、そして例の原子力ムラの面々がまるで熱心ではなかった。エネルギー予算の90%以上を原子力に注いできた日本のエネルギー政策の偏りが、他のエネルギー開発を徹底的に邪魔してきたのだ。
 メタンハイドレード研究もそのひとつ。ところが、昨年の原発事故以来の新エネルギーへの関心の高まりが追い風となった。実用化まで、あと数年というところまできているともいう。やればできる典型例だ。しかも、埋蔵量は日本近海に100年分以上もあると言われている。これが実用化できれば、それこそ化石燃料の輸入量は劇的に減ることになる。
 むろん、手放しで新技術を礼賛するわけにはいかない。新しい公害の発生の危険も指摘されているし、掘削後の悪影響はどうかという心配もある。それらをクリアしてからの話だが、それでも原発に代わるエネルギー源として有力な選択肢であることは間違いない。
 さらにこんな話もある。脱原発路線をリードしているドイツでは、周辺諸国との間で、電力輸出量が輸入量を上回ったというのだ。原発を減らし続けていながら電力不足には陥っていず、逆に再生可能エネルギーなどの大幅な普及によって電力生産量が高まり、原発大国のフランスなどへまで電力を輸出している(毎日新聞20日夕刊)というのだ。化石燃料からの脱却に成功し始めている例だ。
 このようにひとつひとつ検討していけば、「原発停止→火力発電増加→化石燃料輸入増加→日本の貿易赤字増→日本経済破綻」という単純な図式が、かなり粗雑な議論であることが分かるだろう。

 僕は「今夏の電力不足」は、やはり原発を再稼働させたい人たちの誇張した宣伝だと思う。 しかし、再稼働派と思われていた人たちの間にも、大きな亀裂が生じ始めているように見える。
 たとえば、あの班目春樹原子力安全委員会委員長である。東京新聞(18日)が、こんな記事を載せていた。

班目氏 原発再稼働けん制
「デタラメ」覆すか
安全委廃止へ"最後の仕事"に期待

 原発の再稼働条件とされている安全評価(ストレステスト)の一次評価は「再稼働とは関係ない」―。大飯原発3、4号機の再稼働をけん制する発言が17日、原子力安全委員会の班目春樹委員長の口から飛び出した。原発の安全規制を担う「原子力規制庁」が4月にできれば、安全委は廃止される。これまで「デタラメ」と揶揄されてきた班目氏。最後に意地を見せるか。(略)

 つまり、あの班目さんが、「こんな一次評価では、再稼働を認めるわけにはいかない」と、実質的に大飯原発再稼働を現段階では拒否したのだ。彼の言い逃ればかりの会見を見てきた僕としては「えっ、本気かよ」との感も強かったのだが、20日の記者会見でも班目さんは「安全性の評価としては不十分」と繰り返した。ただ、この会見では「安全評価と原発の運転は次元が違う問題だから、政府が再稼働の判断をすることに反対はしない」と述べて、再稼働は政府に下駄を預けてしまった。ま、肝心なところでは揺れてしまう人らしい。
 それでも、あれだけ政府のお先棒を担いできた人物が、最後の最後に変心したのか改心したのか。これも、脱原発を訴えてきた人たちの力が、ついに安全委の小さな良心を動かした、と見るべきなのかもしれない。
 脱原発(僕はあくまで「反原発」だが)の訴えが、決して下火になどなっていないひとつの証拠だと思うのだ。

 今回の「お散歩写真」は、杉並デモで配られていたさまざまなビラ。ほんとうに、いろんな場所でいろんな時間、いろんな人たちがいろんな活動を繰り広げているのが分かる。
 これも、草の根の運動の広がりを示す例なのだ。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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