マガジン9

憲法と社会問題を考えるオピニオンウェブマガジン。

「マガジン9」トップページへ時々お散歩日記:バックナンバーへ

2011-03-02up

時々お散歩日記(鈴木耕)

37

「SLAPP訴訟」という恫喝、
現場からの報告

 英雄の末路が哀しい。
 かつてカダフィ大佐とは、アラブの英雄だった。エジプトのナセル大統領の衣鉢を継ぐ、人民の憧れだった。
 著名な写真家の吉田ルイ子さんが、20年ほど前、カダフィ大佐の単独撮影とインタビューに成功した。そのときの話を吉田さんから聞いたことがある。「ミック・ジャガーに似た風貌と、語り口の明晰さは、やはり英雄の素質だわ」と、吉田さんが言っていたのを思い出す。
 だが、「絶対に退かない!」と絶叫する現在のカダフィ大佐の顔に、かつての輝きなど微塵もない。大佐はただの妄執者に成り果てた。年月は人を変える。どんな英雄であっても、独裁政権は腐る。
 ベートーヴェンがナポレオンに捧げようと作った曲を、ナポレオンが皇帝位に着いたことに失望し、『英雄』という題名に変えてしまった、という話を思い出す。
 「絶対権力は絶対的に腐敗する」のだ。

 ニュージーランドでは、大地震。日本人学生などを含め、まだ多くの人たちの安否が分からない。ニュージーランドはラグビー大国。始まったばかりの南半球ラグビーの最高峰「スーパー15」の試合も、喪に服してニュージーランドでの一部の試合を中止にした。また、2月27日に行われたラグビー日本選手権決勝の会場・秩父宮ラグビー場でも、義捐金の呼びかけが行われていた。
 災害に遭われた日本の方たちは、若い学生が多い。私にもふたりの娘がいる。ニュースを観ていると、我がことのように切ない。一日も早い救出を、と願うしかない。

 揺れ動く。日本も、揺れ動く。
 国会や統一地方選挙をめぐる動きはなんとも生臭いが、それよりも先週も触れたように、沖縄高江や山口上関での動きはほんとうにキナ臭い。そのことには、何度でも触れたいと思う。
 でも、私が書くよりも、現場からの声のほうがストレートに届くはず。沖縄の現場で苦闘しながら報告を続けるジャーナリストたちがいる。そのひとり、琉球朝日放送(QAB)の、三上智恵キャスターの怒りを込めたレポートを再録したい。
 以下は、日本ジャーナリスト会議(JCJ)の機関紙「ジャーナリスト」(第635号、2月25日付)に掲載されたものだ。残念ながら、「ジャーナリスト」紙はそう部数が多くない。しかし、この事実を少しでも多くの人たちに知ってもらいたいと思う。そこで、三上さんの了承を得て、ここに全文再掲載する。ぜひ、広めていただきたい。
 「SLAPP訴訟」という抑圧への、痛切な叫びだ。

沖縄・高江、山口・祝島
「SLAPP訴訟」伝えない地上波
「ネット世代」に新たな動きも

琉球朝日放送キャスター 三上智恵

 1月26日、那覇地裁には、片道3時間かかる沖縄本島の北の端から呼びつけられた東村高江の住民たちが集まっていた。この2年、何度足を運んだことか。訴えられた住民の中には、裁判沙汰になって失職した人もいる。「被告」は、費用も気力も奪われていく。
 この裁判で国は、高江の住民が米軍のヘリパッド建設現場で通行妨害したと訴えた。国が「国策に反対する国民」を個人名で裁判にかけるのは前代未聞だ。確かに、北部訓練場の一部返還に伴うヘリパッドの移設は日米の合意事項かもしれない。しかし今現在も演習場のど真ん中に住んでいる恐怖を味わう高江の集落近くに、さらに六つも着陸帯を新設する計画を座視できるはずはない。
 力のない市民の最後の抵抗である「座り込み」を「通行妨害」で訴える手法を社会が容認するなら、「座り込み」は「禁じ手」にされてしまう。「禁じ手」にすべきは、権力や財力のある国や企業が反対意見を持つ個人を報復的に訴える「SLAPP訴訟」の手法である。
 この口頭弁論の日、関係者がみな那覇に行った隙を狙うように、(高江の)現場に大人数の作業員が投入された。開廷中にその情報が入り、法廷は騒然とした。「これが国のやり方か?」弁護士らも立ち上がって抗議した。
 法廷にいた私たちは「これこそSLAPP訴訟。その概念の説明がトップニュースだ」と決めた。放送後、内部では「刺激的すぎる」と批判もあった。
 一方反響も大きく、(QABの)HPへのアクセスとFAXの数は群を抜いていた。同じく、住民運動がSLAPP訴訟にかけられている山口県上関の原発問題関係者からの反応も速かった。
 上関では、原発建設の埋め立てを阻止している漁師とカヤック隊が4800万円の損害賠償を求められている。そのカヤック隊員の若者達が2月上旬高江にやってきた。そして3日間、当たり前のように住民とともに(工事を続ける沖縄)防衛局員を説得し、建設作業を止めていた。中には山口県庁前で10日間のハンストを決行した、大阪出身の19歳の少年もいた。彼は、上関も高江も自分の問題だという。
 「原発のごみは自分達世代の問題。上関の現場で命をかけている人をみて魂が動いたから、自分の問題になった。自分のことだからやっている」
 高江と上関、この二つの現場のニュース映像は不思議なほど流れない。
 しかし彼らの世代はテレビよりネットを見る時間が長い。テレビがやらない原発の問題や高江・辺野古のSOSをリアルタイムでキャッチし、自分の問題と捉え、ツイッターで呼びかけて、みんなでUストリームで現場の生映像を見る。
 環境破壊のSOSを発している現場があればただ、「行って止める。問題の根っこはどこでも同じでしょう?」と見抜いている。ベテラン記者が基地建設の経緯や過疎と原発のしがらみから問題を読み解こうと足踏みする間に、彼らは「地球を壊さないで!」と直球で動く。
 これまで分断されていたそれぞれの現場の壁がネット世代によって融解し、新たな解決の地平が見えてくるのではないか。そんな時代の流れを目の当たりにした。
 いま、QABのHPでは高江の報道ばかりにアクセスが集中している。一度も全国ニュースになっていない二つのSLAPP裁判の現場を、国民はネットで知っている。
 大事なことに限って地上波は伝えない。それが常識になりつつある。

 以上が三上智恵さんによるレポート全文である。(ただし、( )内は、私が補足したもの)。

 多少、説明しておこう。
 「SLAPP訴訟」とは、Strategic Lawsuit Against Public Participation の略。日本語では「恫喝訴訟」と恐ろしげに訳されることもある。
 しかし、この訳語は的を射ている。国家や行政、大企業など権力と財力を背景にした団体が原告となり、彼らの施策に反対する勢力を被告として恫喝的に訴える形が多いためである。日本では、サラ金問題で「武富士」が被害者や弁護士を逆提訴した件が有名だ。
 裁判によって被告にされると、訴えられた側は訴訟費用や時間的拘束など、個人ではふつう背負いきれないほどの、大きな負担を強いられることになる。だから、たとえ企業や国側が敗訴したとしても、反対する個人への「いやがらせ」は裁判それ自体で達成されることになる。つまり、裁判結果そのものより、裁判自体で個人を疲弊させ、反対運動の芽を摘み取ることが目的なのだ。
 このようなことが、ほとんど全国ニュースにならない一地方の出来事として、いま進行中だ。全国ニュースとしては流れないけれど、ネットを通じて、高江や上関の状況は、日々生中継されている。

 付け加えておく。
 現在、全国ネット地上波テレビのほとんどの「ニュース番組」のスポンサーに、「電力会社」「電気事業連合会=電事連」が名を連ねている。当然のことながら、これは原発批判を行わせないためだ。
 テレビの最弱点「スポンサー様のご意向」を、ニュース番組ディレクターたちは、もはや突破する意欲を持っていない。

 今回は、いつものお気楽な「お散歩写真」を掲載するような気分ではない。次に上げる、3つのサイトを見てほしい。それで、今回のこのコラムの意図を汲みとってもらいたい…。

▼高江 http://takae.ti-da.net/
▼上関 http://www.ustream.tv/channel/満月tv
▼QAB報道部 http://www.qab.co.jp/news/

googleサイト内検索
カスタム検索
鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

「時々お散歩日記」最新10title

バックナンバー一覧へ→