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2011-01-19up

時々お散歩日記(鈴木耕)

31

「売却」を「移転」と言い換えるデタラメさ

 寒い。北国や雪国にお住まいの方たちには比べられないが、東京もそうとうに寒い。
 センター試験の受験生たちは、こんな寒い中、実力をきちんと発揮できただろうか。自分の若いころを思い出して、少しだけ感傷的になる(私の受験期には、センター試験なんかなかったけれど)。
 この寒さ、いつものように散歩に出るのが、ちょっと辛い。だから、窓越しに小さな庭を眺めている。庭のバケツの水も、ほら、こんなに凍りついているよ。

庭のバケツに張った氷

 小鳥の餌台が、崩壊寸前になったので、先週、ホームセンターへ行って材料を買い込み、頑張って新しい餌台を作った。どう? かなりの腕前でしょう。
 まだ、新しい餌台にあまりなれていないとみえて、小鳥たちの姿は前より少ないが、もうスズメやメジロ、ヒヨドリなどはやって来た。ムクドリやオナガ、シジュウカラなども、もうじき現れるだろう。

日曜大工で作った小鳥の餌台、なかなかの力作

 秋の木の実がたくさん実って餌が十分にあるころには寄りつかなかった小鳥たちも、この寒さ、選り好みはしていられない。残ったご飯や、パン粉など、懸命に食べている。メジロとヒヨドリは特に果物好きで、ミカンやリンゴがあれば大喜び。ヒヨドリは「イーヨイーヨ」と甲高く鳴く。なんにでも温かく「いいよ」と言ってくれているように…。
 庭の片隅の沈丁花は、ようやく蕾を膨らませ始めた。春は近いよ、小鳥たちも受験生諸君も…。

やっと膨らみ始めた沈丁花の蕾

 庭を眺めている分には穏やかな気持ちでいられるが、新聞やテレビニュースを観ていると、どうにも気分がざわついてくる。
 たとえば朝日新聞(1月13日夕刊)のこんな記事。政府の言葉遣いをそのまま紙面にする。そこに、何の批判精神も感じられない。いつから新聞は「政府広報」に成り下がったのか。腹立たしい。

(見出し)
ミサイル移転「年内結論」
防衛相、欧州など念頭

(記事)
来日中のゲーツ米国防長官は13日午前、北沢俊美防衛相と防衛省で会談した。日米で2014年をめどに共同開発中の会場発射方式の迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」の日米以外の国への移転について、北沢氏は今年中をめどに結論を出す考えを伝えた。これに対しゲーツ氏は「経済的に考えて第三国移転は有意義だ」と述べた。
ミサイルの共同開発にあたっては、自民党政権時代の日本政府が「厳格な管理」を行う前提で武器輸出三原則の例外扱いにした経緯がある。その際、第三国移転の際に、日本の「事前の同意」が必要となっていた。米側はイランの弾道ミサイルに備えて、ブロック2Aを欧州に輸出したい考えだ。(略)

 読み流せば、ああそうか、と思うだけかもしれない。しかし、この「言葉遣い」の怪しさを、あなたは感じないか?
 日米が共同開発しているミサイルを、ヨーロッパへ「移転」するというのだ。「移転」とはいったい何か。ここに言葉のトリックがある。ゲーツ長官も述べているように、これは「経済的に有意義」、つまり「儲かる」ということだ。
 日本には「武器輸出三原則」があり、かの自民党政権でさえ「事前の同意が必要」と一定の歯止めをかけていたのに、それをなし崩しにして「武器売却」への道を開こうというわけだ。しかしこれまでの経緯もあり、直接的に「武器売却」とは言えないから、「移転」などというまやかしの言葉を使う。いつもの官僚用語の一種である。
 民主党政府は、財界の強い要請も受け、なんとかして「武器輸出」への道を開きたい。しかし直接的に「武器輸出解禁」などと言えば、かなりの反発を招くことも予想される。そこで、「武器輸出=外国への売却」を「海外移転」などと言い換えた。
 むろん、このことは大問題だけれど、それと同じくらい問題なのは、この朝日新聞の報道である。政府が「移転」といっても、〈これは政府発表では「移転」とされているが、実際は「武器売却」、すなわち日本の国是である「武器輸出三原則」に抵触するおそれがある〉と、なぜきちんと書かないのか。それがマスメディアの役目ではないか。
 政府の言葉遣いそのままに、「売却」を「移転」と言い換えて報道する。そこに何の疑いも持たない。マスメディアの劣化現象がここまで及んでいるのか。朝日新聞は翌日(14日)朝刊でも同様の記事を掲げた。タイトルのみを挙げておく。

中朝にらんで「日米同盟深化」
戦略見直し優先 普天間棚上げ
ミサイル移転へ詰め

 前日の記事と大差ない。「移転」という言葉に疑問を持った気配すらないのだ。
 かつて、国会が自民党と社会党の1.5党体制(55年体制)だったころ、自民党政府が「日米同盟」などと言おうものなら、「同盟とは何か、それは軍事協定を指す言葉ではないか、撤回せよ!」と社会党が迫り、国会が大揺れになったものだ。それほど「同盟」という言葉のキナ臭さは、国民にとっては切実な響きを持っていたのだ。
 だがいまや、政治家はもとより、報道機関もジャーナリストも評論家たちさえも、何の疑いもなく「日米同盟」を連発する。もう一度、「同盟」という言葉の内実を検証すべきではないか。このところ、「日米同盟」が、どんどん軍事同盟化しているように思えて仕方ない。

 そして、その「日米軍事同盟化」をより強く推し進めるために、民主党政府は、沖縄を人身御供としてアメリカに差し出すつもりらしい。
 これも朝日新聞(18日)だが、一面で大きく報じている。

(見出し)
辺野古V字案で調整
I字断念へ 沖合移動も検討

(記事)
(略)このため日本側は、米側が「最善」としているV字案を優先し、昨年春以降に自ら提案したI字案の断念もやむを得ないと判断を強めている。今春の菅直人首相の訪米を成功させるためにも、その前に開かれる予定の日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)をめどにV字案での合意を目指す構えだ。(略)

 菅首相のアメリカ訪問の「手土産」に、何度も示された沖縄県民の辺野古移転反対の意志を踏みにじり、しかも、民主党政権自らが提唱していたI字案(滑走路が1本)をすら引っ込め、アメリカ側の言うままにV字案(滑走路が2本)に合意するのだという。
 そこまでしてアメリカの意を迎えなければならない理由はどこにあるのだろうか? 厭な言葉だが、こういうのを「朝貢外交」という。貢ぎ物をして、なんとか相手国のご機嫌を取り結ぼうという卑屈な外交。
 もっとも、琉球新報(18日電子版)は、次のように伝えている。

北沢俊美防衛相は18日の記者会見で、米軍普天間飛行場移設で13日にゲーツ米国防長官から、名護市辺野古への移設案をV字案かI字案か早期に決定するよう求められたことを明らかにした。その上で「沖縄がまだ県外国外と言っている中で、日米で辺野古崎の移転の形容や位置を決定する時期には至っていない。沖縄を頭越しで日米だけで決めるような稚拙な対応はしない」と述べ、沖縄側の理解が前提だとの認識を強調した。

 北沢防衛相は、「まだ決めてはいない。沖縄の頭越しの決定はしない」と語ったのだ。しかし「それはまやかしだ」と、知人のジャーナリストは解説してくれた。
 「朝日の『米側の意向を汲んで、米の主張どおりのV字案で合意する』という報道が伝わって、沖縄では新たな反発が起きている。それを鎮静させようとしての北沢発言だ。実際には、政府の腹は『V字案』で固まっているようだ」
 ようするに、アメとムチでだらだらと決着を先延ばしにして、沖縄の疲弊と諦めを待つ、というのが政府の本音、というわけだ。

 チュニジアでは「民衆革命」が起きた。これは別名「インターネット革命」とか、国花から「ジャスミン革命」とも呼ばれているという。フェイスブックやツイッターを用いて独裁政権の裏をかき、デモや反政府運動を盛り上げ、ついに独裁者ベンアリ大統領を亡命へ追い込んだことから、そう呼ばれるのだという。

 実はチュニジアのベンアリ大統領も、1987年に無血クーデターで時の独裁政権を打倒し、以来、教育改革や社会保障制度の充実など、一定程度の民主化を進めてきた。しかし、その改革もやがて独裁色を帯び、ついには終身大統領制に道を開くまでになった。「革命は成っても、革命を持続することは難しい」という教訓の典型例である。

 日本でも、あの政権交代は一種の「民衆革命」だったと思う。何しろ、戦後ほぼ一貫して(短期間の非自民連立政権などはあったが)続いてきた自民党“独裁”政権を下野させたのだから、確かに「革命的」出来事ではあった。だから、多くの人たちが「ワクワク感」に酔ったのだ。しかしその“革命的”政権交代の熱気は、あっという間に萎んだ。
 民主党政権が、ある意味で革命的とも言えた政策を、次々に捨て去ったからである。
 その象徴こそが、沖縄なのだ。
 沖縄を、菅訪米の貢ぎ物などにしては、絶対にいけない。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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