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2010-09-15up

時々お散歩日記(鈴木耕)

16

「沖縄独立論」が出てくる日

 日曜日(9月12日)、ちょうど昼時に、ドーンドーンッと花火の音がしました。あれっ、なんの花火かな?
 すぐに忘れてしまいましたが、午後3時、またしてもドーンドーンドーンッ!! それとともに、かすかに太鼓の音らしきものも聞こえてきました。ああ、お祭りなのだなぁ。
 気温がまだ夏真っ盛りの35度だったものですから気がつきませんでしたが、そうです、もう「秋祭り」の季節だったのですねえ。9月ももう中旬なのです。
 夕方、少し涼しくなったころを見はからって、散歩がてらのお祭り見物に出かけました。お祭りの太鼓が響いてくるのは、我が家から線路を挟んで向こう側、つまり我が家のあたりとは違う地域の神社の秋祭り。いつもの散歩コースの道筋のひとつに、「八幡神社」があるのは知っていました。今日はそこの例大祭なのでした。

 顔なじみの八百屋のオヤジさんが、見慣れぬきらびやかな衣装に身を包んで「こんちはぁ」と声をかけてくれました。あのオヤジさんもこの神社の氏子さんだったわけです。知らなかった…。
 神社に近づくと、ちょっと祭囃子とは違う響きの太鼓と掛け声が聞こえてきました。アレッ? 沖縄の「エイサー」ではないか…。
 「エイサー」とは、沖縄でお盆のころに演奏され踊られる伝統芸能であります。なんで、こんな場所でエイサーが…?

 八幡神社の境内で、10人ほどの踊り手がそろいの衣装をまとい、体の前に抱えた小太鼓を打ち鳴らしながら、エイサーを踊っていたのです。まわりの祭り見物の人たちも、体を揺らしながら手拍子です。私も近づいて、思わず携帯写真のシャッターを切ってしまいました。例大祭にゲスト出演した沖縄出身の方たちのグループだそうです。
 なにしろ動きが激しいので、あまりきちんとは写っていませんが、なかなか楽しいゲストだったようです。
 最後は、見物のおねえさんや子どもたちも巻き込んでの「カチャーシー」。バックの曲は「BEGIN」でしたね。リーダーの指笛が、踊りによくマッチしていました。
 こんな場所で思いがけず沖縄に触れられて、私はとても嬉しくて、境内の露店を冷やかしたあと、ヒューヒューッとうまく鳴らない指笛の真似をしながら、散歩を続けたのでした。

 帰りがけに多摩川の岸辺に出てみたら、もうススキが少しだけ、穂を風に揺らしていました。バッタもいました。 確実に、秋はそこまで来ています。

 同じ日曜日、沖縄では重要な選挙がありました。みなさんご存知でしょうが、沖縄県の統一地方選です。その中でも特に注目されたのが、普天間飛行場の移転先と目されている辺野古地区を抱える沖縄県北部の名護市市議選でした。
 名護市の稲嶺進市長は「辺野古移設絶対反対」を旗印にして今年1月に当選しましたが、実は名護市議会はこれまで、条件付移設容認派と思われる議員と反対派が拮抗していたのです。定員27名で、容認と反対が12対12、そして中間派(?)が3名。つまり、市長と市議会の間にも、小さな「ねじれ現象」が起きていたわけです。ま、「ねじれ」はどこにでも存在するようですね。
 ところが今回の市議選で、この小さな「ねじれ」は見事に解消されました。「移設絶対反対」を掲げる候補者たちが、定員27人のうちの16人も当選してしまったのです。つまり、移設反対派の圧勝です。容認の島袋吉和前市長派は惨敗です。
 この結果によって、日本政府はかなり苦しい立場に追い込まれました。普天間飛行場の代わりに、何が何でも辺野古沖に新基地を建設するという、地元住民抜きの「日米合意」は、その立地点の市長及び議会によって、完全否定されることが確実になったからです。
 選挙結果を受けて、北沢俊美防衛大臣は「示された民意は重く受け止めるが、日米合意に基づいた辺野古移設案を基本路線として、地元の方々の理解を得られるよう努力していく政府の方針に変わりはない」と、記者会見で述べました。
 これは言い換えれば「政府が決めた以上、選挙で示された民意はともかくとして、政府案を推進していく」ということです。つまり、「地元住民が何を言おうが関係ない。お上の言うことを黙って聞きなさい」という、まさに上意下達の権力政治です。まるで徳川幕府でしょう。相手が幕府ならば、それに対しては「一揆」で対抗するしか、もう方法はないのかもしれません。
 「一揆」はいつだって、起こしたくて起すわけじゃありません。起さざるを得ないところまで追いつめられて、やむを得ず立ち上がるのです。起させるのは権力側です。日米両政府は、そんな事態まで果たして想定しているのでしょうか? 少なくとも、日本政府は住民意志を見誤っていたようです。

 現地紙の琉球新報は、13日の記事でこう書きました。

〈見出し〉
「統一地方選」名護市議選 与党圧勝 「想定外」政府に驚き

〈記事〉
 米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する勢力が圧勝した名護市議選の結果について、移設を推進する政府内には大きな驚きと衝撃が走った。移設作業が停滞するとの見通しも出ており、移設作業に当たる責任者らは口々に「想定外だ。辺野古はより状況が厳しくなった」と驚きの言葉を重ねた。普天間の返還に向けた戦略の見直しも迫られそうだ。(中略)
 政府方針に与える影響について防衛省幹部は「(辺野古への)代替施設建設は容易に進まなくなった。滞るだろう」と作業の遅滞は避けられないとの見方を示した。一方で「だからといって政府としてすぐ県外を目指すということにはならない」と述べ、引き続き負担軽減や振興策の話し合いで沖縄側の理解を得ていく考えを強調した。
 ただ「仲井真弘多知事も一時的にせよかじを切り、(辺野古反対を)強く言うことになるのではないか」と予想。11月の知事選の推移を見守る姿勢も見せた。
 別の政府関係者は米政府への影響に言及。「米政府も名護なら現実的に進められるという思いがあり、今年に入って『辺野古』と繰り返してきた。今回の結果で難しくなったと認識するのではないか」と見通しを示した。(後略)

 この記事で、私が引っかかったのは政府関係者が発したという「想定外」なる言葉でした。
 実はこの選挙直前に、政府高官やある閣僚が移設容認派の島袋前市長や地元建設業界の大物に密会して、市議選への資金提供を約束、さらに市議会で容認派が多数を占めれば、振興策資金の更なる積み上げも保証する、という言質を与えた、という情報が流れました。
 資金提供については確実ではありませんが、振興策資金の上乗せについては具体的な金額まで示されたといいます。ある意味で、日本政府は「民意」をカネで買おうとしたのです。
 そのために投下された(もしくは投下しようとした)金額はそうとうな額だったのでしょう。だからこそ“政府関係者”は、名護市議選では前市長派の基地建設容認派が勝つという「想定」をしていたのです。「勝てるだけのカネはつぎ込んだはず」という思いが、政府サイドの自信につながっていたのです。それが思いもよらぬ大惨敗。そこで、つい口走ってしまったのが「想定外」という言葉だったというわけです。
 もはや民意はカネでは動きませんでした。以前より反対派を4名も多く当選させるという形で、政府の“札ビラ政策”にしっぺ返しを食らわせたのです。まさに見事というしかありません。政治家も官僚も、あまり住民をバカにしないほうがいい、という『教訓』(加川良→フフ、分かる人には分かる)であります。

 「これで、普天間基地の移設は暗礁に乗り上げた。このままでは、普天間基地はそのまま居座り、周辺住民の危険性除去はむしろ遠のいてしまったではないか。それでいいのか」などと、今回の結果を受けて、訳知り顔で沖縄県民批判をする“評論家”や“識者”、“ジャーナリスト”たちが、さっそくテレビで幅を利かせ始めています。
 なぜそんなことが言えるのか。
 普天間飛行場が「世界一危険な軍事基地」であることは、すでに世界中に知れ渡っています。ならば、それをなくすのが政治の努めでしょう。そのための提案をすることが、識者やジャーナリストの責務でしょう。一挙になくすことが無理ならば、段階的に日本本土へ分散移設させることだって考えなければなりません。

 かつて沖縄の人たちは、「危険な思いを本土の人たちにまで味わわせたくない。だから本土移設にも賛成できない」との理由で、在沖縄米軍基地の本土移転にも反対しました。心優しさからの反対でした。
 しかしいまや、沖縄県民の口から「沖縄差別」とか「沖縄の屈辱」「第2の琉球処分」などという激しい言葉が飛び出すようになりました。それほどまでに、沖縄に“危険物処理”を押し付けてのうのうと暮らしてきた本土人(!)への怒りが、沖縄県民に充満しつつあるのです。 そろそろ、沖縄に押し付けてきた危険のツケを、我々本土の人間が自ら引き受けるべき時期が来たと思うのです。
 「普天間基地は居座らざるを得ない」などと、知ったような口を利くのではなく、「それを、こちらで引き受けようでないか」と勇気ある提案をするような評論家や学者、ジャーナリストが出現してもいいころです。
 沖縄の知念ウシさん(ライター)が、こんなことを言っていますよ。

本土には関空でも神戸空港でも佐賀空港でも、住民がそばにいない空港がたくさんありますよね。私たちは報道で「JALが路線廃止」と出るたびに「ここ、ここ」って言っていますよ。(朝日新聞8月24日)

 ほんとうにその通りだと思います。
 こんなことを書いたら、またすごい批判が殺到しそうですが、
 「東京の豊洲に、普天間のヘリ部隊の一部を引き受けたらどうか。どうせ豊洲は汚染されていて、築地市場の移転先としては適さないことが分かっている。もう諦めて米軍ヘリ部隊に提供したらどうですか、ね、石原都知事さん」と、私はなかば本気で思っているのです。
(少し前に同じようなことを書いて、ツイッター上でやたらと絡まれた経験があります、苦笑)。
 「オレたちも引き受けるから、沖縄もそれまで、もう少しだけ待ってください」というのなら、まだ言葉も通じます。そうでなければ、いよいよ「沖縄独立論」が具体的に語られる日が来るかもしれません。
 実際、「独立論」はすでに、かなり燻り始めていますよ。

 民主党の代表選挙は本日(9月14日)、ついに決着。予想以上の大差で菅直人首相が再選されました。
 菅さんは「日米合意重視」を繰り返しています。しかし、それが原因のひとつとなって鳩山由紀夫さんは首相を辞任せざるを得なかったことは、菅さんだって先刻承知のはずです。菅さんも、日米合意一辺倒ではすぐに行き詰るでしょう。
 考え直すのは恥ではありません。過ちにしがみついて自らを省みないことのほうがよっぽど恥ずかしいのですよ、菅さん。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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