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2010-07-28up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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暑苦しい“ゾンビ機関”の提言

 暑いですねえ、と言い疲れてしまうほどの暑さです。誰と会っても、挨拶は「暑いですねえ…」。他の言葉が浮かびません。
 なんだか、年々暑さが増してくるような気がするのは、私が年取ったからでしょうか?
 こんな暑さでは、とても日中の散歩には出かけられません。それこそ熱中症で倒れてしまいそうです。とは言いながら、じっと部屋の中だけにいるのでは、体もなまってしまいます。それに、少しは体を動かさなければ、原稿を書く意欲も湧きません。
 そこで、ちょっと涼しげなところへドライブに出かけました。私がとても好きな山あいの村です。今年は、いろいろな事情から、夏の旅行ができそうもないので、その代わりの“小さな日帰りの旅”です。気分転換も必要ですからね。

 中央高速道に乗り、大月で降ります。そこから延々45キロ、国道139号線に入ります。国道とは言いながら山奥の狭い道を、くねくねのドライブです。行き先は、山梨県の丹波山村。
 道の途中には、新しく出来た深城ダムがあります。ダム湖の上の公園で涼みます。山奥の湖の上を渡る風。都会ではとても味わうことのできない至福の刻です。
 「ここに、こんなダムが必要なのかなあ?」という疑問はさておき、しばしの休息を楽しみました。山の上の入道雲、ああ、かつての日本は、どこへ行ってもこんな空が広がっていたんだろうなあ…。
 この道のもっとも高いところが「松姫峠」です。ここで車を停め、またもしばしの山道散歩です。尾根道は、木漏れ日のトンネル。名も知れぬ小鳥の囀りと木々のそよぎ。うむ、極楽ですなあ。

 小菅村を通りすぎ、やがて山道は下りです。大月から2時間弱のドライブで、丹波山村に到着です。丹波山は“たばやま”と読みます。兵庫県の“たんばささやま(丹波篠山)”とは、読みが違います。
 それはともかく、私はここの「村営そば処・やまびこ庵」の手打ちそばが大好きなのです。別に、天下に名だたるそば打ち名人がいるわけじゃありません。多分、近所の農家のおばあさんやおかみさんが、仕事の合間に打っているのでしょう。
 この日も、60歳ぐらいの女性が、ガラス越しのそば打ち台で、なれた手さばきでそばを打っていました。その手つきの鮮やかなこと。都内の有名そば店のそば職人よりも、私には、やまびこ庵のおばあさんたちの、コマ木さえ使わずそばを切っていく姿のほうが美しいと思えるのです。そばつゆも、なんだか少ししょっぱめの素朴さ。これもいい(写真はそこの“もりそば”500円です。美味そうに撮れていなくてすみません)。
 この「やまびこ庵」のすぐ脇は、多摩川の源流です。お金(入漁料)を払えば、鱒釣りが楽しめます。子どもたちが、裸で遊びまわっている横で、大人たちがキャアキャアと、子ども以上にはしゃぎながら、釣りを楽しんでいました。ああ、夏です。
 多摩川源流の清流。やっぱり東京とは数度、温度が違います。川風がほおをなでて過ぎます。

 そんなわけで、1日、久しぶりに楽しんできました。
 というところで今回は、幸せな「お散歩日記」で終わるはずでした。こんな楽しい原稿を書いていた26日の深夜、突然の電話。大阪在住の知人のジャーナリスト・Iさんからでした。
 「清美ちゃんが社民党を離党するそうですよ!」と、電話の向こうからの大声でした。辻元清美衆院議員のことです。うーむ、また下界の政治問題ですか…。
 「ああ、そうなの」と私はそっけない。
 Iさんには申し訳ないけれど、実は、その気配は感じていたのです。辻元さんが国交省副大臣を辞任して間もなく、彼女の旧知の人たちが10人ほどで彼女を囲んでの慰労会を開きました。少人数で、しかもかなり辻元さんとは親しいメンバーばかりだったので、なかなか深い話も出ていたのです。
 その時に(詳しくは書けませんが)、そういう気配を私は感じていた、というわけです。
 さて辻元さんは、離党後はどうするのでしょうか? しばらくは無所属で頑張るそうですが、次回の衆院選には、民主党入りの噂も飛び交っています。そうなれば、民主党内のリベラル派にとっては大きな戦力になるでしょうが、社民党には大打撃です。
 今回の参院選で惜しくも落選してしまった保坂展人元衆院議員は、辻元さんの盟友でした。彼は、この辻元さんの離党をいったいどう思うのでしょうか。
 いずれにしろ、沖縄以外では凋落傾向の激しい社民党にとって、辻元さんの離党と保坂さんの落選は、党再生の希望を一挙に奪ったといっていいのかもしれません。あのおふたりがいなくなれば、国会内での社民党の影響力は、その議席数以上に低下するでしょう。
 こうなれば、沖縄の地域政党・沖縄社会大衆党(社大党)と組んで、沖縄社会党とでも改称して、地域政党として生き残るしか道はないか?
 なんとも切ない話です…。

 折りも折り、朝日新聞の7月27日付の一面トップニュースは、なんともキナ臭いものでした。またしても、国家の根幹に関わる政策への見直し提言です。大きな見出しは、こうです。

<「核持ち込ませず」原則の見直し提言
 新安保懇が報告書
 自衛隊 均衡配備転換も>

 見出しを見ただけで、頭に血が上りました。記事を抜粋します。

<(リード) 菅直人首相の私的諮問機関「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長=佐藤茂雄・京阪電鉄最高経営責任者)が首相に提出する報告案の全容が26日、明らかになった。日米同盟の深化のため、日本の役割強化を強調。非核三原則の見直しにも踏み込んだ。必要最小限の防衛力を持つとする「基盤的防衛力構想」を否定し、離島付近への重点配備を強調した。>

 書き写すのも不愉快になるのでこれくらいにしますが、この記事を要私なりに要約すれば、

1・日米同盟強化のため、自衛隊の武力を増強する
2・米の核の傘はアジア安定のために必要
3・そのために非核三原則を緩め、米側の日本への核持込みを認める
4・アジア安定のため自衛隊を離島(特に沖縄周辺)へ重点配備する
5・武器禁輸三原則を国益のために見直す
6・ミサイル防衛に関しては、敵基地攻撃能力も必要

 というようなことになります。いったいこれは何か。なぜ、今の時期にこのようなキナ臭い提言が出てきたのでしょう。
 こんな自民党内閣そのままの財界主導の諮問機関を、民主党の菅首相も持っていたとは驚きですが、ここまでひどい軍備強化路線を打ち出してくるとは、それ以上の驚きです。
 自民党とともに消え去ったはずの軍拡指向むき出しの私的諮問機関が、まるでゾンビのように生き返ったとしか思えません。そうです、まるで“ゾンビ機関”です。
 特に、日本の国是でもあるはずの「非核三原則」を解体し、アメリカの核の傘にすっぽりと入り込むなど、日本の主体性を捨て去る。
 “国益”のためには、武器禁輸を緩めようとも提案しています。とにかく“国益”を持ち出せば何でも通るとでも思っているようですが、これは国益でもなんでもない。諮問委員たちの会社のための「社益」であり、資本家たちの利益「資益」ではないですか。
 しかも、ミサイル防衛にかこつけて、敵基地攻撃能力まで持とうというのです。“アジアの安定のため”とは言っていますが、逆にアジア諸国に警戒感を持たせることになるのは、火を見るより明らかではありませんか。
 歴史に学ぶ姿勢が、この諮問機関にはまったくありません。
 「東亜平和のためならば…」との御旗を掲げてアジアへ進出していったのは、どこの国だったでしょう。いつだって「平和」を標榜して戦争は始まるのです。そんな昔のことに言及しなくてもいい。イラク、アフガンの例を見れば一目瞭然です。

 「菅首相がメディアの集中砲火で弱っている。今ならかなり踏み込んだ提言をしても、菅首相はあっさりとは拒否できないだろうし、メディアもこの提言を反菅首相の立場から好意的に扱ってくれるのではないか」
 そんな思惑が、この私的諮問機関にあったのだとすれば、菅首相も舐められたものです。
 弱っているからといって、こんなひどい“軍拡提言”を受け入れてはいけませんよ、菅さん。というより、こんなひどい諮問機関など、さっさと解散させてしまいなさい。それが私からの“提言”ですっ!

 辻元さんは、菅直人さんとは個人的にもとても親しい間柄です。辻元さんがこれからどうするのかは分かりませんが、もし次回総選挙以降に、民主党へ入党ということにでもなったら、このような菅さん周辺のキナ臭さに、きちんと楔を打ち込んで欲しいものだと、私は願っています。

 なんだか最後は、またしても、生臭い話になってしまいました。
 あまりの暑さに庭の草木もしんなりしています。そこで水撒きに庭へ出てみたら、ゴソゴソ動く黒い塊。あれっ? よく見たら、なんとでっかいカブト虫でした。それもオオクワガタがゾロゾロと…。最初は2匹、その周辺を探したら、なんと8匹ですよっ。
 庭のフェンスに渡したブラックベリーの実のジュースを吸いに来ているようです。
 これは、さすがに近所の少年少女には教えないことにしました。せっかく外で自由に飛び回っているのに、虫かごに閉じ込められてしまってはかわいそう。
 ゴソゴソゴソゴソ…。
 カブト虫を見ていたら、少しだけ暑さも、暑苦しいニュースも忘れていました。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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