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癒しの島・沖縄の深層

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おかどめ やすのり 72年法政大学卒業後、『マスコミ評論』を創刊し編集長となる。1979年3月、月刊誌『噂の真相』を編集発行人として立ち上げて、スキャンダリズム雑誌として独自の地平を切り開いてメディア界で話題を呼ぶ。数々のスクープを世に問うが、2004年3月の25周年記念を機会に黒字のままに異例の休刊。その後、沖縄に居を移しフリーとなる。主な著書に『「噂の真相」25年戦記』(集英社新書)、『武器としてのスキャンダル』(ちくま文庫)ほか多数。HP「ポスト・噂の真相」

オカドメノート No.003

岩波・大江裁判勝訴

 沖縄では海兵隊による暴行事件以降、最近でも金武町の米軍訓練施設内で大規模な山火事が発生したり、うるま市の養護学校の敷地内に米軍車両が無断進入したり、トラブルが尽きない。本土マスコミはこの手の事故は報道していないのかもしれないが、沖縄県民にすれば日米両政府の怠慢により日々怒りの火種が日常的にばら撒かれているという現実があり、それが沖縄と本土のメディアの温度差にもつながっていると思われる。

 そんな中、いくらかホッとするニュースもあった。34年間も放置されてきた道路特定財源のためのガソリンの暫定税率廃止が決まったことだ。この道路特定財源が今日までヌエのように生き延びてきたのは、自民党による長期政権とそれに寄り添って甘い汁を吸ってきた道路族や官僚機構の怠慢と馴れ合いの結果である。

 こうした国の弊害はあらゆる官僚組織においてもみられることだ。行政ではないが、今や行政と一体化したような訴訟指揮や判決しか書かない裁判所にもいえる。三権分立の精神は今や完全に空洞化しているのが日本の司法の現実である。分かりやすい例を出せば、小泉元総理の靖国参拝や住民基本台帳をめぐる違憲訴訟である。例外なく憲法判断を回避した国家の守護神、代弁者みたいな判決しか出さないのが、日本の裁判所である。

 そんな中、意外ともいえる判決が出た。提訴されていた側の大江健三郎の「沖縄ノート」(岩波新書)が、勝訴した一件だ。訴えていたのは、戦時中に慶良間諸島で発生した集団自決を命令したとされてきた元戦隊長の梅澤裕氏と同じく元戦隊長故・赤松嘉次氏の弟の二人。集団自決を軍命として下したとの記述は事実無根なので名誉毀損に当たるという提訴に対して、大阪地裁は原告の訴えを退けて大江被告に「無罪」をいいわたした。正確にいえば、原告の梅澤氏の陳述書に対して信用性に疑問があると裁判所が判断し、大江氏が集団自殺があったことを真実と信じたことに相当の理由があったと認定したのだ。

 大江氏の本の中には二人の実名はいっさい書いていない。しかし、名誉毀損の訴えがあった場合、内容などから類推して本人であることが特定される可能性があれば名誉毀損は成立するというのが、日本の司法の判断。しかも、戦時中の極限的な状況の中で、この二人の戦隊長が住民に対してどう命令したかという具体的な事実関係じたいを、訴えられた側の大江氏が証明しなければならないというのが日本における名誉毀損裁判のやり方なのだ。アメリカの場合には、訴えた側が真実の証明をやるという実に合理的手法なのだが、日本ではメディアもしくは書いた側に立証責任を負わせる方式なのだ。分かりやすく、かつ簡略的にいえば、日本の裁判所は、憲法で保障された「表現・言論の自由」に厳しい条件を設けて、事実上メディア活動に言論規制をかけているのだ。戦後の民主化で憲法は飛躍的に進化したが、憲法に準じる民法や刑法、刑事訴訟法までは抜本的改正が行き届かなかったため、戦前の大日本帝国憲法の形式とメンタリティを基本的に踏襲した結果ではないかと思う。

 そんな制約を課せられた中で、数々の名誉毀損訴訟を体験してきた筆者から見れば、「誰が誰に、いつ、どこで軍命を下した」といった厳格な事実証明を裁判所が大江氏に求めれば、敗訴する可能性もあると見ていた。トンデモ系の裁判官ならば、状況証拠、間接証言は「真実性の証明がない」として退けるのが裁判所の常套手段だからだ。

 しかし、この裁判が起こされたという事実をもとに、文部科学省の調査官は教科書検定委員に対して集団自決における軍の関与はなかったとの誘導をはかり、その結果、高校の歴史教科書からの沖縄戦での集団自決において軍の命令・関与という記述が削除された。このことが、沖縄県民の怒りに火をつけて11万人が参加する県民大会になったことは周知の通りだ。その結果、教科書記述において軍の関与が復活したという経過もある。

 裁判官もそうした世間の動きは知っていただろうし、この訴訟の背景にも「新しい歴史教科書をつくる会」などの戦争肯定派の政治的策略を見抜いていたのかもしれない。当然、大江氏のノーベル賞作家という社会的ステータスに対して配慮した部分もあったのだろう。ついでにいえば、大江氏の弁護を引き受けた秋山幹男弁護士も、名誉毀損訴訟においては評価の高い人物であることも、勝訴した要因のひとつだろう。

 ともあれ、一審判決は大江氏の勝訴で、この訴訟の背後で蠢く曽野綾子のようなタカ派文化人たちの策謀に歯止めが掛かったことは、沖縄県民にとっても実に喜ばしい限りである。しかし、こうした日本軍を美化し続ける連中が消えたわけではない。折につけ、雨後のタケノコのように今後とも姿を出してくるだろう。それが、南京虐殺、従軍慰安婦、集団自決に次ぐ歴史教科書の改ざんを狙ったものである可能性もある。それだけではない。大阪高裁が、二審でこの大江勝訴判決をひっくり返す可能性も否定できない。いっちゃ悪いが、質の低い国家の御用裁判官タイプは他にいくらでも控えているから、その点では勝訴に安住することなく、さらなるファイティングポーズが必要だろうと思う。
司法の「行政との一体化」を感じざるを得ない判決が続く中、
画期的ともいえる今回の判決。
けれど、岡留さんも指摘しているとおり、
上級審でそれがひっくり返される可能性も多々あります。
沖縄県外からも、しっかりとウォッチしていきましょう。
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