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秋葉原での無差別殺人事件について、数多くの報道がなされています。
しかしその中でも、あまり伝えられていないこと、指摘されていない事実がちらほら。
事件の背景にあったものは何だったのか、森永さんが読み解きます。
6月8日に秋葉原で17人が死傷した通り魔殺人事件は、さまざまな社会問題を投げかけた。なかでも私が一番気になったのは、メディアが事実をきちんと伝えなかったということだ。
犯人の加藤智大容疑者は、関東自動車工業で派遣社員として働いていた。関東自動車工業はトヨタ自動車が過半の株式を保有し、会長も社長も副社長もトヨタ自動車出身者が就任し、トヨタの乗用車を組み立てる完成車工場だ。事実上はトヨタの工場と言ってもよいくらいトヨタと密接な関係を持つ工場なのだ。
ところが、多くのメディアが、関東自動車工業という名前を出すことがなかったし、「自動車部品工場」と報じた新聞もあった。また、工場がトヨタ系であることを報じたメディアはほとんどなかった。
問題は、メディアがトヨタの顔色をうかがって、トヨタの名前が出ることを避けようと「自主的に」行動したことだ。関東自動車工業は、毎年成長を続け、昨年度も増収増益を達成した超優良企業だ。トヨタ系の超優良企業で働いていた労働者が、なぜこのような凶行に及んだのかということが、考えなければならない最も重要なポイントなのだ。
私は犯行の背景には3つの問題があったと考えている。
第一は、リストラ通告だ。事件前、加藤容疑者は、同僚と2人で工場長に呼ばれ、契約を6月一杯で打ち切ると通告されたことを、彼の同僚が証言している。一部の報道では、加藤容疑者が自分のツナギがないことに腹を立て無断欠勤に至ったとして、加藤容疑者個人の勤務態度に疑問を投げかけている。だが、ツナギ事件はリストラ通告の後で発生しており、加藤容疑者を自暴自棄に追い詰めたきっかけは、リストラ通告にあったと考えるべきだろう。加藤容疑者のリストラは、その後撤回されたようだが、一部のメディアは「加藤容疑者はリストラの対象とはなっていなかった」と報じてリストラ通告に触れなかった。
派遣労働者が一番恐れているのは、仕事が打ち切られてしまうことだ。もし、次の仕事が見つからないと、あっと言う間にネットカフェ難民やホームレスに転落してしまうからだ。その最も恐れる事態が目の前に現れたことが、加藤容疑者の心に潜む悪魔を目覚めさせてしまったのではないだろうか。
第二の問題は、加藤容疑者の処遇の低さだ。加藤容疑者は時給1300円で働いていたという。仮に年間2000時間働いたとしても、年収は260万円に過ぎない。一方、ヤフー!ファイナンスの企業情報によると、関東自動車工業の従業員の平均年収は740万円となっている。もちろん、仕事の内容が違うから、ある程度の賃金格差があっても仕方がないのだが、それでも3倍近い年収格差があったら、加藤容疑者が不満を持っただろうことは容易に想像できるのだ。
賃金だけではない。一般に派遣労働者には、能力開発の機会が与えられず、もちろん昇進の見込みもない。その他、福利厚生面も含めて、正社員とあらゆる場面で格差があるのが普通だ。加藤容疑者が書いたとみられる携帯サイトには、次のような書き込みがあった。「それでも人が足りないから来いと電話がくる。俺が必要だから、じゃなく、人が足りないから。誰が行くかよ。誰でもできる簡単な仕事だよ」。この書き込みから、少なくとも、加藤容疑者は、労働者としての人権を尊重されていないと感じていたことが分かる。
第三は、加藤容疑者の話を親身になって聞いてやれる人が誰もいなかったということだ。家族も同僚も上司もそれをしなかった。そして彼には親友も恋人もできなかった。お金を持っている人の周りにはたくさんの人が集まる。正社員であれば、会社の同僚や上司が相談相手になれる。しかし、彼は相談相手のいない派遣社員だった。
いわゆる「負け組」は、孤立しやすい。彼が携帯サイトに書き込みを続けたのも、誰かに自分のことを理解して欲しいという心の叫びがあったからだろう。
私は加藤容疑者を擁護するつもりはない。同じような境遇にいる若者はたくさんいる。それでも彼らは、他人を恨んだりせず、必死に生きている。
ただ、加藤容疑者がリストラを通告されなければ、彼の処遇がもう少しまともであれば、彼の話を聞いてあげられる人がいたら、このうち一つでもあったら、今回の凶行は避けられたのではないだろうか。
日本社会の問題として、加藤容疑者のような環境に置かれる人をなくしていく努力をしないと、今回のような事件が繰り返されるのではないだろうか。
一つでも条件が違っていれば、事件は起こっていなかったかもしれない。
「ふたたび」を防ぐためには、「なぜ」の冷静な検証が、
何よりも必要なのではないでしょうか。
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